境界性パーソナリティー障害に対する共感的・受容的なカウンセリングの難しさ:対人関係のトラブルを起こす要因

境界性パーソナリティー障害とカール・ロジャーズのクライエント中心療法

オットー・カーンバーグの境界性パーソナリティー構造と自己・他者の境界線の曖昧さ

境界性パーソナリティー障害とメラニー・クラインの妄想-分裂ポジションの類似性

境界性パーソナリティー障害に対してなぜ共感・受容のカウンセリングが効きにくいのか?:構造化された状況への適応

境界性パーソナリティー障害(borderline personality disorder)(別ページ)

境界性人格障害の“認知・感情・行動”のパターン(別ページ)

境界性パーソナリティー障害とカール・ロジャーズのクライエント中心療法

境界性人格障害(境界性パーソナリティ障害,BPD:Borderline Personality Disorder)は、『衝動性・攻撃性・空虚感・自己否定・自傷行為』『気分と感情の不安定さ・対人関係のトラブルの多さ・依存心の強さ』などに大きな特徴があります。

精神疾患や心の悩みに対するカウンセリング・心理療法では、一般的にカール・ロジャーズが創始した『クライエント中心療法(来談者中心療法)』にある共感的で受容的な態度がベースになりますが、境界性パーソナリティー障害に対しては有効ではなかったり症状をこじらせてしまったりするケースがあります。

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カール・ロジャーズのクライエント中心療法(来談者中心療法)で掲げられているカウンセラーの基本的態度は、以下のようなものです。

真実性(純粋性)……カウンセラーが、専門家であるという役割意識に基づく権威的なペルソナ(仮面)をかぶらずに、ありのままの対等な一人の人間としてクライアントと対話する『真実性(純粋性)』を示す。

自己一致……自己一致とは『自分がどのような人間であるのかという自己概念(自己イメージ)』と『自分の現実世界での経験と心理状態』が一致していて、矛盾や混乱がない状態のことである。

徹底的傾聴……クライアントが話そうとしている内容に対して、途中で遮ったり、自分の質問・意見・価値観を挟んだりせず、徹底的にしっかりと耳を傾けていく態度のことである。

共感的理解……想像力を働かせてクライアントの立場に立ち、話し合っている問題状況や人間関係において、クライエントがどのような感情・気分・思いを感じているのかを共感的に理解することである。想像力・受容性を働かせてカウンセラーとクライエントが感情の共有をすることによって、クライエントの感情的な苦痛を緩和させる効果がある。

無条件の肯定的尊重・無条件の積極的受容……カウンセラーは、クライエントのありのままの率直な感情や意見、考え方を無条件に温かく受容して肯定的に尊重することで、クライエントの自信・自己肯定感をサポートしていく。世間一般の価値観や倫理的な善悪判断から、クライエントの生き方や意見、価値感を批判するようなことはしないようにする。

カール・ロジャーズのクライエント中心療法にあるこれらのカウンセラーの基本的態度だけを見れば、境界性パーソナリティー障害(BPD)の人に適用しても大きな問題はないのではないかと思えるのですが、BPDにある『両極端な対人評価(賞賛とこき下ろし)・二分法思考・感情と気分の不安定さ・見捨てられ不安』が、中途半端な共感・受容に対する混乱・失望・落ち込みを引き起こしやすいのです。

境界性パーソナリティー障害の人本人が求める『自分に対する完全な共感的理解・長期的支持』に対して、カウンセリングの面接場面だけで向き合うカウンセラーは応えきれないのでどうしても中途半端になります。また、究極的には『完全な共感・永続的な支持・常に賛成で味方』というのは、誰が相手であってもまずできないことであり、そういった非現実的な高い理想や要求、愛情にこだわり続けてしまうことが境界性パーソナリティー障害の問題の現れであるとも言えるのです。

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ロジャーズのクライエント中心療法は、カウンセリングの中で“ラポール(相互的な信頼感)”に基づいた治療的な人間関係を構築していく技法としての側面がありますが、境界性パーソナリティー障害(BPD)は元々『対人関係のトラブル・他者への依存性や攻撃性』に悩ませられる人格障害です。そのため、『心理的に頼るような人間関係に基づいた治療』という方法論との相性の悪さもあるのです。

境界性パーソナリティー障害(BPD)の人は、現実の生活場面でもカウンセリングの場面でも『対人関係のトラブル』を起こしやすいというのはなぜなのでしょうか? 境界性パーソナリティー障害(BPD)の人間関係のトラブルの原因には『気分・感情のコントロール困難』や『両極端な対人評価(賞賛とこき下ろし)』、『見捨てられ不安と依存的なしがみつき』など色々とありますが、その根本にあるのが『自己と他者の境界線の曖昧さ(自他未分離な感覚)』です。

オットー・カーンバーグの境界性パーソナリティー構造と自己・他者の境界線の曖昧さ

アメリカの精神科医オットー・カーンバーグは、人間のパーソナリティー構造を病態水準の重い順番に『精神病性パーソナリティー構造』『境界性パーソナリティー構造』『神経症性パーソナリティー構造』の3つに分類しました。境界性パーソナリティー障害は、このうちの境界性パーソナリティー構造に当てはまることになります。

精神病性パーソナリティー構造とは、現実検討能力が障害されていて自己と他者の区別が混乱していたり自我の境界線が曖昧になっている人格構造のことです。境界性パーソナリティー構造とは、自己と他者の区別がある程度できているが、精神的ストレスを受けたり構造化されていない状況で他者と関わると、自己と他者の区別が曖昧になってくる人格構造のことです。神経症性パーソナリティー構造とは、自己と他者の区別はしっかりできているものの、抑圧された欲求・葛藤によって対人関係で不安・緊張を生じやすくなっている人格構造のことです。

境界性パーソナリティー障害(BPD)の人は、自分と他者の間にあるべき境界線が曖昧であり、自分の感じ方と他人の感じ方を混同したり同一化してしまいやすい。つまり『自分が好きなものは相手も好きなはず・自分が嫌いなものは相手も嫌いなはず』というように思い込んで、自分と相手の違いが浮き彫りになると怒ったり失望したりして対人関係が上手くいかなくなることが多いのです。頭では自分と相手が別の人間であること、別の考え方や価値感があることを理解してはいるのですが、実際の人間関係では『自分とのさまざまな違い・自分と相手との合わない部分』を受け容れることができずにこき下ろしたり喧嘩したりすることになりやすい。

特に自己と他者の境界線が曖昧になりやすいのは、強い精神的ストレスを受けた時、構造化されていない状況で親密な相手と依存的な関係性を結んでいる時です。つまり、依存や甘え、わがままが許されやすい『親・配偶者・恋人・親友』などに対して、自分と相手との境界が失われやすいのです。構造(枠組み)のない状況で、親しい相手を自分の思い通りに動かさないと気が済まなくなるというのが境界性パーソナリティー障害の一つの特徴になっています。

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自己と他者の境界線が曖昧になってきた時に生じやすいのが『他罰的な責任転嫁』であり、クライエント中心療法のような共感・受容に重点を置いたカウンセリングでも『問題のすり替え・小さなトラブル・ちょっとした不快感』などによって他罰的な責任転嫁(相手の過失や配慮の弱さを責める)が起こって、カウンセリングを継続するモチベーションがなくなることがあります。自分の視点と他者の視点を同一視しやすいので、『相手の価値感に基づく基準』というものが分からず、自分本位で物事を進めたり相手を責めたりして対人トラブルになりやすいのです。

自分と相手の境界が曖昧なことで、更に『自己と他者の感情の混同』が起こりやすくなり、相手の不快な感情に簡単に影響されて自分も不快になったり、反対に自分がイライラしたり不平不満を持っている時に、相手もイライラしていて不平不満を持っているはずだと思い込みやすいのです。自分が感じている不快・不安が周囲の他者に投影されやすく、疎外感・孤独感を感じているような時には(本当はそんなことをしていなくても)『相手が自分を排除している』と感じ、劣等感・自信のなさを感じているような時には『相手が自分を馬鹿にして見下している』と感じやすいのです。

自分と他者の境界線が揺らぐことで『他者の言動・感情からの影響』を受けやすくなるので、自己アイデンティティーが他人によって簡単に左右されたり拡散してしまったりします。その結果、『外界・他者』から自分の存在や自己アイデンティティーを常に脅かされているという被害者意識を持ちやすくなり、『基本的安心感の欠如』『社会的・心理的な居場所のなさ』といった問題が生じてきます。

境界性パーソナリティー障害とメラニー・クラインの妄想-分裂ポジションの類似性

対象関係論を前提に英国独立学派を立てた女性精神分析家メラニー・クラインは、『妄想-分裂ポジション(0~3、4ヶ月頃)』『抑うつポジション(3、4ヶ月~12ヶ月頃)』に分けた早期発達理論を提唱しました。妄想-分裂ポジションというのは、他者(母親)の全体性と主体性を認識することのできない未熟な発達段階であり、妄想的(自己中心的)な世界の中で『分裂(splitting)』の原始的防衛機制を使い、母親を『良い乳房』『悪い乳房』の部分対象に分裂させています。

自他未分離な乳児にとって、空腹時にタイミングよく授乳してくれる乳房が『良い乳房』であり、空腹時に現れずに授乳してくれない乳房が『悪い乳房』になりますが、乳児は良い乳房と悪い乳房が同じ母親に属するものであることを認知できず、二つの乳房を善悪に分かれる全く異なる部分対象として認識しているのです。『良い乳房』に対しては喜び・満足・快感・安心を感じて肯定するが、『悪い乳房』に対しては苦しみ・怒り・不快・不安 を感じて否定して攻撃するということになります。

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良い乳房も悪い乳房も、全体対象である一人の母親の部分であるということが理解できる段階になると、今まで悪い乳房の部分対象に対して理不尽にぶつけていた『自分の怒り・不満・攻撃』に罪悪感を感じて反省や抑うつ感を感じるようになります。部分対象を統合して全体対象(独立した人格を持つ母親)を認識できるようになると、『妄想-分裂ポジション』から『抑うつポジション』へと精神状態が発達します。

抑うつポジションに至ると、『幼児的な全能感・魔術的な思考』を脱却して、全体対象である他者(母親)の気持ちや立場を想像して共感することができるようになり、相手に対して過去に行ってきた理不尽な怒り・攻撃・非難に対して罪悪感や抑うつ感を感じやすくなるのです。相手がある対人関係において、自分が悪いことをしてしまったと『非(過ち)』を認めることができるようになるのが『抑うつポジション』への発達の特徴になっています。

しかし抑うつポジションは、自分の間違いや誤りを認めるという『自己否定の抑うつ的な苦痛を伴うポジション』でもあるので、気分を高めた強気な態度や傲慢な言動によって自分をハイテンションにして自己防衛しようとする『躁的防衛』が起こることもあります。躁的防衛が起こっている時には、いつも以上に強気で傲慢だったり異常に陽気ではしゃいでいたりするわけですが、躁的防衛は長続きせずストレスに対しても脆弱なので、限界がきて防衛できなくなると激しく気分が落ち込んでうつ病のような精神運動抑制になってしまいやすいので周囲にいる人達の注意が必要です。

境界性パーソナリティー障害(BPD)の人は、精神発達段階が自己中心的かつ他罰的(責任転嫁的)な『妄想-分裂ポジション』に退行しやすい特徴があります。相手が自分の欲求や寂しさを満たしてくれないと、それ以前に良くしてくれたり欲求を満たしてくれたりしていても関係なく、その瞬間瞬間の『不満・不快・怒り』ばかりに意識が囚われてしまい、激怒して暴れたり泣き喚いたりしてしまうのです。対人関係において相手が自分の思い通りにならない時(相手が自分に少しでもネガティブな感情を抱かせた時)に、すべての問題を『悪い存在』として決めつけた相手のせいにしてしまい、他罰的に振る舞って怒りを爆発させたり攻撃したりしてしまうのです。

自分の思い通りに反応してくれない相手に怒ったり攻撃したりしやすい境界性パーソナリティー障害(BPD)の行動パターンが、『共感的・受容的なカウンセリング技法』との相性の悪さと関係しています。メラニー・クラインの妄想-分裂ポジションから抑うつポジションへの早期発達理論を前提にすれば、境界性パーソナリティー障害(BPD)のカウンセリングでは、オーソドックスな認知行動療法と合わせて他者を『良い所も悪い所も併せ持っている一人の人間(人格)』として尊重でき、『相手に対する自分の好ましくない言動』を反省できるようになる抑うつポジションへの精神発達のサポートが重要になってきます。

メラニー・クラインは良い部分も悪い部分も含めた全体的・統合的な対象(他者)との関わり合いを『全体対象関係』と定義していますが、境界性パーソナリティー障害(BPD)のカウンセリングの最終目標の一つがこの『バランス感覚・適度な距離感のある全体対象関係の構築』になってくるのです。全体対象関係の構築ができるということは、自己と他者の境界線が明瞭になるということであり、『(自分とは異なる)相手の都合・事情・立場』を推測した共感的なやり取りができるようになるということなのです。

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境界性パーソナリティー障害に対してなぜ共感・受容のカウンセリングが効きにくいのか?:構造化された状況への適応

境界性パーソナリティー障害(BPD)の人に、C.ロジャーズのクライエント中心療法のような『共感的・受容的なカウンセリング』を実施すると、効果がでなかったり逆に問題状況が悪化したりしてしまうことがあります。その理由は上記したように自己と他者の境界線が曖昧になりやすく、『他者を一人の独立した人間(全体対象)と見なした関係を構築することが難しいから』であり、『自分の感情・気分・過去の記憶をセルフコントロールすることができないから』です。

一般的なカウンセリングでは、クライエントの発言や話題をできるだけ妨げずに傾聴して共感的な理解や無条件の受容を進めていくことで、回復・成長に向かう実現傾向を促進していくのですが、境界性パーソナリティー障害(BPD)のケースでは『一時的な共感・受容が、クライエントのネガティブな感情を発散したいという欲求をエスカレートさせてしまうリスク』があります。

かつての精神分析では境界例(ボーダーライン)の患者に対して、共感的・受容的な対応をやりすぎると『パンドラの箱が開く(悪感情や依存性が暴走してどうにもならなくなる)』というメタファーで表現していましたが、患者のネガティブな感情や他者に対する不平不満、自分の苦しみ・つらさが終わりなく噴出してきて収拾がつかなくなる恐れもあるのです。

境界性パーソナリティー障害(BPD)の人に対して『共感的な理解・無条件の受容』を用いた対応をやりすぎると、自分の話を何でも聞いてくれるこの人は『良い人』という二分法思考が強化されて、『聞いてもらいたい不平不満・怒り・憎悪・攻撃衝動』などが溢れ出して止めにくくなることがあり、こういった感情暴走と依存性の強化がカウンセリング効果を無くしてしまうことになりやすいのです。

いくら共感的に話を聴いても、『取り留めのないネガティブな話の繰り返し』になりやすく『カウンセラー(聞き手)の人に対してもっと親身に聞いて欲しいという要求水準』も高くなりやすいのです。そして、自分の思っていたような共感的な理解や受容的な態度が返ってこなくなると、不満・批判・怒り・憎悪といった今までとは正反対のネガティブな言動を取ることになってしまいます。

境界性パーソナリティー障害(BPD)の人は、学校生活や会社の仕事など『規則・手順・方法・目的』がしっかりと定められた『構造化された状況』で適応が良くなることが知られています。反対に、細かな規則や決められた目的がなくて、『自分で何をするか自由に決められる状態・甘えや依存が受け容れてもらいやすい人間関係』になると、自分の気分・感情・欲求を上手くコントロールできなくなって、相手に非現実的な過大な要求をしたり、思い通りにならないと怒って暴言を吐いたり暴れたりしやすくなってしまうのです。

境界性パーソナリティー障害(BPD)の人は、何時に何を目的にして何をするかといった構造がはっきりしている『構造化された状況』では、情緒が安定して物事を正しく認識し適応的な行動を取ることができやすい。こういった境界性パーソナリティー障害(BPD)の特徴を生かした『構造化されたカウンセリング』の取り組みも行われていて、『時間の設定・カウンセリングの目的と方法・話し合う話題の内容・カウンセリングの進め方の具体的手順』などをあらかじめクライエントに説明して同意を貰ってから進めると良いでしょう。

現時点では、もっとも目的・手順・方法を構造化しやすい心理療法の技法として『認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy)』がありますが、ワークシート(出来事や思考内容の記入表)を用いた認知行動療法は特に『今日のカウンセリング面接で話し合うべき内容・話題』を分かりやすく構造化するのに向いている技法だと言えるでしょう。

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