漢方医学における漢方薬・養生学

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漢方薬の歴史と患者の『証』に合わせたオーダーメイドな処方の特徴


漢方の養生学と自然治癒力の回復:『一に養生・二に漢方』の発想

漢方薬の歴史と患者の『証』に合わせたオーダーメイドな処方の特徴

漢方全般についての解説では、漢方(中医学・東洋医学)の大まかな歴史を振り返り、『心身一如の漢方』『心身二元論の現代医学(西洋医学)』との違いを説明しました。漢方は心身の全体のバランスを調整して、『自然治癒力・自己免疫力』を高めることによって“全身の不調・慢性的な症状”を地道に改善してくれます。現代医学(西洋医学)は医学的検査によって病気の種類・原因を特定して、『病変部の手術・化学的な薬剤投与』によって“心身の病気・特に急性の症状”を効率的に治療してくれます。

漢方の治療方法の中心にあるものは『漢方薬』『養生学(ようじょうがく)』です。漢方薬(漢方方剤,かんぽうほうざい)は草根木皮や動物の骨、石膏などの天然由来(自然由来)の『生薬(しょうやく)』を材料にして調合したものです。漢方薬は元々は調合したものをお湯で煎じた『煎じ薬(せんじやく)』として服用するものでしたが、近年は製薬会社が粉末状に精製して飲みやすくなった『エキス剤』として服用することが増えています。

漢方薬(漢方方剤)の調合の知識や経験には、中医学(漢方医学)の約4000年の歴史があるとされますが、材料となる自然由来の『生薬』は約365種類あり、この中から異なる効用を持つ生薬を数種類以上配合して、患者の『証(しょう,気質体質・症状)』に合わせた処方を行っていきます。漢方薬の処方の最大の特徴は、『証』と呼ばれる患者個人の症状・気質・体質・経過をしっかり観察した上で、その患者に最も適した漢方薬の選択・処方をするという『オーダーメイドな処方の経験知』にあるとされています。

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現代医学(西洋医学)は、体力や年齢の違いは確認しても、人間ひとりひとりの気質体質の個人差である『証』までは考慮しないことが多いので、『同じ病名・同じ症状の患者』に対しては、よほど体力が弱っているか高齢・妊婦でない限りは基本的に『同系統の治療薬』が処方されることになります。患者の『証』を考慮したオーダーメイドな漢方薬の処方をする中医学(東洋医学)では、西洋医学の診断名が同じ患者に対しても患者の個別の証に合わせた『異なる種類の漢方薬』が処方される可能性があるのです。

漢方薬は天然由来の生薬を組み合わせて作られたものだから『副作用が全くない』と思われていることがありますが、これは間違った認識です。自然界の動植物にも毒性を持ったものが多くあるように、自然・天然の動植物に由来するものだから絶対に安全で毒性・副作用がないというわけではないのです。漢方薬の原材料となる薬効のある生薬には『一定の副作用』があり、『患者の証』の現状と経過に合わせた適切な処方をしていかなければ、西洋薬と同じように副作用が出てしまう恐れはあります。

視点を変えれば、漢方医学の約4000年の歴史というのは、多くの生薬の組み合わせと患者の証との相性について『試行錯誤』を重ねてきた歴史であり、漢方理論というのはできるだけ副作用が出ないようにするための処方を考えてきた『経験主義的な理論体系』になっているのです。

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漢方の養生学と自然治癒力の回復:『一に養生・二に漢方』の発想

漢方は『漢方薬(漢方薬を用いた治療体系)』そのものを意味することもありますが、本来の漢方は古代中国医学(古代中国医学書)を原点にした総合的な医学体系であり、根本に『養生学(ようじょうがく)』の考え方があります。漢方は薬の成分・作用だけで病気を治してしまうものではなく、陰陽五行説の自然哲学的な調和(バランス)が基盤にあり、健康的な生活習慣の積み重ねによって健康(全体のバランス)を維持・回復するという『養生学(ようじょうがく)』が重視されています。

漢方(中医学)の根幹には、食事・睡眠・運動・精神状態・生活習慣をまずバランスの良い状態に整えなければならないとする『一に養生・二に漢方』の考え方があります。健康・生命を維持する『養生学』は、端的には生命を養って健康の増進を図り衛生状態を良くするということを意味しています。漢方を包摂する東洋医学は、養生に『漢方薬・鍼灸・指圧(按摩)・気功・薬膳』といった治療法を組み合わせることで『全人的医療』を志向しているのです。

病気になったら症状に合わせて医療・薬物によって治療すれば良いという考え方ではなく、漢方は最近言われる『セルフメディケーション』と同じく、自然哲学と生活習慣改善に基づいて『自分の健康は自分で守って作っていくという発想』に依拠しています。漢方は自分で自分の心身の健康を『養生学』でセルフコントロールして改善する方法論であり、未病以前の段階でできるだけ病気に罹らない生活習慣(自然治癒力)を確立するという『予防医学』に似た考え方があります。漢方は西洋医学で『病気(疾患)』としては診断されない体調不良の状態を、病気(疾患)になるかもしれない状態である『未病(みびょう)』として定義しています。

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『自然治癒力・自己免疫力』を高める『養生学』の実践でまず重要なのは、症状・不調も含めた自分の体質を知ることであり、漢方は生命体が本来の健康な状態に戻って調和を取ろうとする自然治癒力を高めることを大きな目的にしています。患者の『証』に合わせたオーダーメイドな漢方薬の処方が行われるように、患者の気質・体質・症状・経過によって適切な漢方薬の処方や健康に戻るための食事内容が変わってくるということです。

西洋医学と異なる漢方(中医学)の治療メカニズムを象徴する言葉として『同病異治(どうびょういち)』『異病同治(いびょうどうち)』があります。これは同じ病気の人でも治療法(処方する漢方薬)が異なることがあるということであり、逆に一つの同じ漢方薬でも異なる病気が治ることがあるということを示しています。一つの病名だけに囚われず、心身全体の不調の原因を『証』を手掛かりにして模索していく漢方では、『同じ気質・体質の患者』であれば『悩みの出方(症状の出方)』が違っても、『同じ養生・漢方薬』で治ることがあるということなのです。

漢方が体質改善の根本治療に役立つことがある理由が『一に養生・二に漢方』という考え方にあり、症状がでて具合が悪くなったらすぐに薬に頼る対症療法的な治療法ではなく、生活習慣・生き方全般を見直す養生の基盤・土台があってこそ、漢方薬の自己回復力の促進作用がいっそう高まるのです。対症療法の薬で一時的に体調が良くなったとしても、症状を生み出す『心身の全体的なバランスの崩れ(それによる自己回復力の低下)』が癒されていなければ、再び簡単に症状が再発を繰り返してしまうというリスクがあります。

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生命を養って維持していく基本はやはり『食事』にありますから、漢方の養生学でも『食養生(しょくようじょう)』が重視されています。朝食を抜いたり深夜に大量の間食をしたり、肉ばかりで野菜を全く食べなかったりといった『不規則な食生活の習慣』を続けていると、かなりの確率で心身のバランスをいずれ崩して未病・疲弊・病気の状態になってしまうからです。

漢方の『食養生』は漢方薬と同じで『オーダーメイドの食材と料理(調理法)の選び方』に特徴があり、現代の管理栄養士の仕事のように細かなカロリー量や栄養価の組み合わせの計算をするものではありません。その人の気質・体質・症状に合わせて、心身の健康のバランスを整えてくれる『相性の良い食材・食品・料理(調理法)』を選ぶことがメインであり、病気に対抗する治癒力・抵抗力(免疫力)を自然な食事を通して高めることを目的にしています。

漢方方剤の漢方薬(煎じ薬)には一般に苦くて不味いという先入観がありますが、漢方の食養生は食べ物(生命を元にした食材)すべてに栄養があり無駄な部分などないとする『一物全体(いちもつぜんたい)』の概念を前提にして、『健康改善・自然治癒に役立つ美味しい食生活』を整えていくものになっています。いくら体に良いとされる食材や料理であっても、美味しく食べられなければ、心身の抵抗が強くなってせっかくの食養生が続かなかったり、逆に不味くて受け付けないものを無理に食べればストレスで体調を崩すことにもなるからです。

漢方の食養生の基本コンセプトとして押さえておくべきこととして、『一物全体(いちもつぜんたい)』『身土不二(しんどふじ)』があります。一物全体は、動物・植物の生命を元にした食材・食品には無駄な部分が一切なくてすべてに栄養があるということであり、野菜であれば皮も葉も根もすべて食べて無駄なく活用することができ、魚も肉も頭・内臓・骨まですべて食べることができて有効な栄養にもなるということです。

『身土不二(しんどふじ)』という言葉は聞きなれないかもしれませんが、身体(動植物)と土地は切り離して考えることができず、その土地で取れたものは身体・健康に良いといった意味です。身土不二は元々は『因果応報』を示す仏教用語であり、『身(今までの行為の結果=正報)』と、『土(身が依拠している環境=依報)』は切り離せないといった意味でした。

食養生における身土不二は『地産地消・旬の食材を食べる・伝統食は健康に良い』ということにも近い概念です。すなわち、住んでいる土地で育った農作物、住んでいる土地で収穫された魚・肉、旬の季節に取れた食材、伝統的に行われてきた食材の調理法を『健康に良い・自然法則にのっとっている・自己回復力を高める』として肯定的に評価することが、身土不二の考え方につながっているのです。

日本人は近代化以前は、雑穀・米を主食にして豆・野菜・魚・海藻を中心とする食生活を長く行ってきたので、欧米人よりも小腸・大腸が長くなって雑穀・米・豆・海藻などを消化しやすい身体構造を持っていますが、食事内容の急速な『欧米化・ジャンクフード化』によって『身土不二の食養生を実践できない不健康な食習慣』に陥りやすくなっています。漢方の理論や実践を前提にした『食養生』の考え方については、もう少し補足記事を書きたいと思っています。

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