トラウマと自傷行為の相関関係

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乳児期や幼少期に、両親(養育者)から各種の児童虐待を受けた子どもは、自己否定的な認知や将来に対する悲観的な予測が強くなり、自己破壊的な行動(リストカットやODなどの自傷行為)や自己破滅的な逸脱(反社会性のある行為や性的逸脱、暴力、非行など)を行うリスクが高くなる傾向があります。しかし、幼少期に虐待や愛情不足があって内面的な苦痛やトラウマが残っていても、性格的な歪みが起こらず、良好な信頼関係を他者と結べる人も数多くいます。

幼少期の外傷体験は、確かに各種精神疾患や生活不適応のリスクファクターとなり得ますが、職業活動や家族形成などの人間関係に何の支障も来たさないケースもあり、被虐待者やアダルトチルドレンであるからメンタルヘルスに障害を起こすとは一概には言えません。ですから、トラウマ関連事象の記憶を無理矢理に思い出して、それに原因を帰属させるような対処はかえって逆効果となる恐れがありますし、日常生活や社会活動に特段の支障がない場合には過去のトラウマに関連する記憶よりも現在の生活行動の問題の解決に注力したほうが良いケースが多くあります。

ここでは、『トラウマの影響の個別性と相対性』を前提として以下の記事を書いていきますので、トラウマの体験があっても必ずしも世代間連鎖や人格上の問題が起こるわけではないという事を理解することが大切です。トラウマがあるから、自分は将来、子どもを虐待してしまうのではないかとかトラウマのせいで依存的で回避的な性格になってしまうのではないかといった『将来に対する過度に悲観的な予測』を行うべきではありませんし、予期不安への意識集中を行って精神交互作用の悪影響(心身症状)を引き出すべきでもないということです。

トラウマが人間の精神や行動に与える悪影響の本質は、『自己否定的認知と自尊感情の欠落』ですが、トラウマにまつわる記憶や感情の要素を排除しようとする『否認の防衛機制』によって解離現象が精神症状として起こってくることもあります。

人生を生きる過程で遭遇した事件・事故・犯罪・虐待などの強烈な外傷体験が何らかの影響を与えて発症する精神疾患として良く知られているものにPTSD、境界性人格障害、自己愛性人格障害、演技性人格障害、解離性障害摂食障害うつ病統合失調症(精神分裂病)などがあります。

ここでは、トラウマと相関関係のある全ての精神疾患についての説明をする余裕はありませんが、『トラウマの再現性』をキーワードとして、リストカット症候群やODに象徴的な『自傷行為』とトラウマの防衛機制の過剰や歪みとして発症する『解離性障害』について記述してみたいと思います。

執拗なトラウマの再現性
虐待に典型的なトラウマの連鎖
繰り返されるトラウマの状況と人間関係
自己否定の認知と自己破壊行為(自傷行為)
自傷癖の意味するもの

執拗なトラウマの再現性

トラウマの最大の特徴は、鮮度を保った恐怖や苦痛を伴う過去の体験が、生々しく何度も甦ってくるというフラッシュバックに代表される『再現性』です。長期間にわたって継続する固定化したトラウマは、精神・身体・行動・対人関係に悪い影響を与えて、DSM-Ⅳに定義されるPTSDの症状や病理を引き起こし、更にはそれを超える苦痛をトラウマ体験者にもたらします。

以下に、トラウマの再現性を基軸としてトラウマによって発症する心理的問題や精神疾患とはどういうものなのかについて考察を進めてみます。

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虐待に典型的なトラウマの連鎖

反社会的な犯罪行為や暴力的な他者を傷つける言動を取る人の中には、アダルト・チルドレンと呼ばれる機能不全家族の成育環境で育った人が少なからず見られます。
アダルト・チルドレンは、うつ病(気分障害)や不安障害、嗜癖(依存症)といった精神疾患を発症しやすいことが知られていますが、その中でトラウマ体験と密接な関係を持っているのは家庭環境における『幼児虐待(child abuse)』です。

実際、心理療法やカウンセリングなどの心理的援助を必要とするトラウマの原因となっているものの多くが、幼少期の外傷体験や児童期の学校におけるいじめや暴力の問題です。特に、身体的虐待や性的虐待、性犯罪の被害を受けること、集団からの排除(仲間外し)による不登校などが、深刻なトラウマを生み出す原因になりやすい体験です。

親から子への世代間連鎖が問題となってくるのは、幼児虐待という家庭の病理であり、親から日常的に身体的・精神的・性的な暴力を受けて深いトラウマを心に持った子どもは、大人になってから自分の子どもに虐待を加えるリスクが高くなります。ウィダム(Widom)などは、この家庭内の虐待や暴力の世代間伝達を、『暴力の循環』と呼んだりしています。

幼少期の虐待や暴力によって強烈なトラウマ体験をした子どもは、思春期になって反社会的な非行行為や暴力的な問題行動を起こしやすくなるという統計調査があります。しかし、虐待を受けた人やアダルト・チルドレンの人全員が、そのような反社会性・暴力性の問題を抱えるわけではなく、自分の虐待を受けた過去を必死に抑圧して否認しているほど精神的な問題や症状を引き起こしやすくなります。

繰り返されるトラウマの状況と人間関係

幼少期に深い心の傷を受けた人は、何故か大人になってからも自分を侮辱したり暴行したりする相手を恋人や配偶者に選んだり、自分から危険な状況に飛び込むリスク・テイキングな行動を取ったりしやすいという調査があります。
性風俗産業で働いている人の中には、子ども時代に性的虐待を受けてそれがトラウマになっている人や過去に受けた理不尽なレイプなどの性犯罪が誘因となって性風俗業界に入ったというような人が少なからずいます。性的虐待や性犯罪の被害に遭うことは、トラウマの再現性を強化する要因になりやすいことが臨床的に知られていますが、これは普通に考えるとなかなか理解し難い行動です。

トラウマ状況やトラウマの原因となった被害を、無意識的に繰り返し再現してしまうという現象は、どのような精神的力動によって説明できるのでしょうか?この疑念に的確に答えることは非常に難しく、当事者であっても『何故、自分がトラウマを受けた状況や人間関係をひどく恐怖し嫌悪しているにも関わらず、同じような状況を自分で再現してしまいやすいのか?』という理由について明確に気付くことができるわけではないのです。

とりあえず、一般的に理解しやすい『トラウマの再現性の理由』としては、以下のような理由が考えられます。

  1. トラウマ体験の希釈化(希薄化)……過去に体験した非常に苦痛で恐ろしいトラウマ体験と似た体験を、何度も何度も反復して繰り返すことで『あの体験は特別な出来事ではなかったのだ』という事を確信しようとすること。一般的に、ある出来事や体験は繰り返せば繰り返すほど、新鮮味や刺激感が希釈されて弱まっていくので、その『反復による体験の希釈化(希薄化)』の効果によって恐怖や不安を和らげようとしている。
  2. トラウマ体験の精神的克服の試行……強烈な癒されないトラウマを抱えている人は、いつも心のどこかで『もしも、あの時、私がもっと適切な行動や有効な反応をしていたら、トラウマを負わずに済んでいたのではないか?自分が油断していて迂闊な面があったからこんな目に遭ってしまったのではないか?』という後悔や自責の念を抱えている。そこで、トラウマ体験と類似した体験を再現して、『以前とは違う行動や反応をとってそれを回避できるかどうか』を試し、それを回避することで自己効力感を取り戻し圧倒的な無力感を克服しようとしているのである。
  3. 人間関係の再現と変化への期待……幼少期から両親に残酷な虐待を受けた人でも、『大切な唯一の両親からの愛情や保護を受けたい。本当は両親はもっと善良で優しい人だったはずだから、私が変われば相手も変わってくれる』という願望を無意識的に持っている。そこで、虐待状況と類似した人間関係や家庭環境を再現し、自分が変化することで相手も変わるかどうかを確認したいという誘惑に駆られるのである。

これらの『トラウマの再現性の理由』を頭で理解することにそれほどの治療効果はないですので、トラウマを原因とする逸脱行動や精神症状を改善するためには、トラウマを『自分の過去の歴史』として認識し受容するためのカウンセリングや治療を実施することが必要となってきます。

トラウマの場合に問題となってくる再現性は、再被害を誘発するような『リスク・テイキングな行動』だけではなくて、『支配・服従という力関係に規定される虐待的な人間関係』となっても現れてきますので、トラウマのカウンセリングの目標の一つとして『トラウマの自己否定的な再現性を消去すること』が挙げられます。

トラウマとなった人間関係や家族関係の再現は繰り返せば繰り返すほど、原型のトラウマの悪影響を強めていきます。その結果、行動や関係性の再現から性格構造の異常(人格障害)に至る可能性もありますので、早期の実践的な対応や治療が大切になってきます。

自己否定の認知と自己破壊行為(自傷行為)

虐待によるトラウマの影響は、上述したように『他者への攻撃性・暴力性』といった外向型の行動化として現れる一方で、境界例(境界性人格障害)に見られるような『自分自身に対する衝動的な破壊性・否定性』としても現れることがあります。
究極的な自己否定の行動化としては、実際に自殺計画を実行に移そうとする『自殺企図』があり、自殺企図の前段階として、日常生活の中で漠然と「早く死んでしまいたい、跡形もなくこの世から消えてしまいたい」と考えてしまう『自殺念慮・希死念慮』があります。

苛酷な家庭内の虐待状況において子どもの心に深く刻み込まれるトラウマ(心的外傷)は、『自分は父親からも母親からも愛されることのない生きている価値のない人間なのだ』『自分にはこの世界に安心してくつろいでいられる場所などないのだ』といった自己否定的な認知を生み出しやすくします。

『自分自身に対する衝動的な破壊行動や自傷行為』として最も顕著に見られるのは、思春期の虐待経験者に多いリストカットやOD(オーバードーズ:薬物の過剰摂取)です。
リストカットは、特に10代の(精神疾患や心理的苦悩を抱えた)女性に多く見られる自傷行為で、精神医学領域では、『手首自傷症候群』や『リストカッティング症候群』という名前で呼ばれることもあります。また、その他にも、様々な方法や種類の自傷行為があります。

例えば、『自分の腕や足を強く血がでるほどに噛んで負傷する行為、頭を強く前後左右に振るヘッド・バンギングを意識朦朧となるまで続ける行為、ヘッド・バンギングが悪化して壁や床に頭を打ち付ける行為、固いコンクリートの壁やガラスなどを拳で殴ったり足で蹴ったりして負傷する行為、尖ったものや鋭い刃物で自分の身体を突いたり切ったりして傷つける行為、暴力的な性行為を誘発するような性的逸脱によって自分の心身を傷つける行為などがあります。

トラウマの悪影響の最大の特徴は、その『反復性と再現性』にあります。自己破壊的な行動や自傷行為の根本原因も、他者から与えられた苦痛や悲しみの抵抗しがたい再現性にあると言えます。
自傷行為をしている本人に、『何故、痛い思いをしてまで、そんなに自分を傷つける行為をするの?』と聞いても、明確にその理由を答えることが出来ない場合が殆どですが、その根本に虐待に限らず何らかの心的外傷体験が潜んでいる場合があります。

リストカットなどの自分を傷つける行為は『明日からは絶対にやめよう』と思ってもなかなか止められないことが多いのですが、自傷行為にはある種の依存性や強迫性のようなものがあります。なかなかやめられない習癖という意味で、習慣的に行われる自傷行為のことを『自傷癖』と呼んで嗜癖問題の一つと考える立場もあります。

自傷癖の意味するもの

自傷癖と呼ばれる一連の習慣的・継続的に行われる自傷行為を何故、行うのかという事について単一の理由を挙げることはできません。自傷癖は、過去に受けた深刻なトラウマ体験と関係していたり、他人との人間関係で感じる強烈な孤独感や見捨てられ感によって誘発されたりします。

自分で自分の身体や精神を傷つける自傷行為が実行されることは、どのような時に多いのでしょうか?

リストカットやOD(オーバードーズ:薬剤の過量服用)を慢性的に繰り返している人の話を聞くと、大体、自分で自分を傷つける時には、『自分の弱さに向けられる怒りや嫌悪・他者に向けられる憤りと不満・世界に対する絶望と諦め』が強まっている心理状態にあるようです。

つまり、『自己否定的な観念で頭がいっぱいになった時』『自己批判的な感情によってパニックになった時』『家族・恋人・友人との人間関係がうまくいかず強い孤独感を感じた時』『強烈な虚無感に襲われ生きている意味が分からなくなった時』に、自傷癖を持っている人は自分で自分を傷つけてしまうのです。

ナイフや剃刀で自分の手首や腕を切りつけたり、爪で皮膚をかきやぶったり、頭を固い壁に打ち付けたりと自傷行動の方法は様々ですが、多くの自傷癖者は、自傷を行った後にある種の自己陶酔感や鬱屈した感情の浄化作用(カタルシス効果)を感じると語ります。
自分で自分を傷つける事によって、もやもやとした不安定な気持ちが安定したり、塞ぎこんでいた精神が爽快感を感じたり、混乱したパニック状態が鎮静したりすることがあります。また、こういった精神的効果を無意識的に欲求することで、自傷行為をやめることが出来ないという人が数多くいる事実にも注意する必要があります。

自傷癖や自傷行為は、一般に共感不能な抵抗のあるものとして認識されがちですが、自傷癖は悪い部分だけでなく(最終的には自傷をやめる事をカウンセリングの目標とすべきではありますが)、本人の精神的苦痛の緩和や混乱や抑うつの改善といった効果をもっています。

これらの事から推測できるのは、自傷行為を繰り返す人の性格構造には、『不安定な対人関係を作りだすコミュニケーション類型や衝動性を制御できないストレス耐性の弱さ、特定の習慣にこだわって苦痛を忘れる傾向性、自傷によって感情の混乱を解決する嗜癖』があるということです。
『対人関係に対する過敏性と不信感』の根源には、『見捨てられ不安』があり自傷癖を持つ人の中には、対人関係の維持や発展に関して強迫的なこだわりや執着を見せる人もいます。

どんなに安定した精神構造や強いストレス耐性を持つ人であっても、大切な恋人や親密な友人と別れる状況では、つらくて悲しい気持ちになるものですが、自傷癖を持つ人の中にはこの『親密な人間関係の変化』が絶対に許せない、認められないという人がいます。
人間はある人への感情を永続的に維持することが難しい不完全な精神構造をもちますから、永遠不滅の親密な人間関係を意識して維持することはなかなか出来ることではありません。親しかった友人とも知らず知らず疎遠になることはありますし、愛してやまなかった恋人から裏切られたり、自然に別れへと向かう可能性もあります。

こういった人間の気持ちの変化や人間関係の終わりを柔軟に受け容れて諦めることは、確かに、健全な心理状態の人でも難しいものです。多くの人が、大切な相手との人間関係を失った場合に、強い抑うつ感や悲哀感を感じて、軽い人間不信や無気力に陥ります。一定以上の時間が経たないと、対象喪失の悲哀からは、なかなか立ち直ることが出来ないというのは普通のことなのです。

しかし、境界性人格障害の人や見捨てられ不安の強い人の場合には、何年間経ってもその裏切られた怒りや孤独感が癒えず、その見捨てられたように感じるショックによって、過去のトラウマが更に強固なものへと変質することがあります。そして、『終わりのない完全な愛情と強固なつながり』を求めて、過剰な人間関係への執着心を見せ続けることになります。

しつこく相手を追い掛け回すと反対に相手が距離を取って離れていくという現象は、日常的によく見られるものです。皮肉なことに、人間というものは『何があっても絶対に裏切らない、永遠に離れないことを過度に強制される』と、相手から自分の意志や行動を拘束されて支配されているという圧迫感や息苦しさを感じるようになり、相手との間に距離を置きたいと思い始めます。

ですから、相手との人間関係を長期的に長続きさせるためには、『相手に完璧な愛情や永遠の関係性』を求めすぎず、相手の自由な選択や主体的な決断を尊重することが大切になってきます。過剰な見捨てられ不安を前面に出して、関係の維持に対する異常な執着を見せるのも、多くの場合、相手に恐怖感や束縛感を与えます。どちらかというと相手の行動や時間を束縛せずに、心の余裕を持って相手の感情や態度に対する適切な配慮をしながら緩やかなつながりを維持しようとするほうが結果としてうまくいくでしょう。

少し、境界性人格障害に特徴的な『見捨てられ不安の強さ』『極端な対人評価の変化(賞讃とこきおろし)』の問題に脱線しましたが、自傷行為の持つ心理学的意味には、以下のようなものがあります。

  1. 感情調節機能……自分を傷つけることで、混乱したパニックの感情を収束させ、喪失体験の悲哀を緩和し、鬱屈した無気力感を改善するというように、自傷行為にカタルシスなどの感情調節機能を期待する意味がある。この場合、自傷をして『混乱した気持ちがすっきりして落ち着いた』『ある種の快楽や陶酔を感じた』というような感想を漏らすことがある
  2. 危機・苦痛の伝達(クライシス・コール)……『自分は極限の苦しみや悲しさ、孤独感を感じていて、もうこれ以上耐えることが出来ない限界状況にあるんだ』という事を周囲の人々に自傷行為を通して伝えるという意味。そこには『何とかしてこの状況から私を救い出して欲しい』という悲痛な願望と思いが込められている。
  3. 復讐・攻撃の代理行為……自分を裏切った人たち、自分を傷つけた人たち、自分を侮辱した人たちに対して『自分の苦悩や絶望の大きさ』を思い知らせたいという欲求が内包されているという意味。自分を絶望させ酷い目にあわせた人たちに、自分が死ぬほど苦しんでいることを明示的に示し、何とかして相手に罪悪感や後悔、謝罪の念を起こさせたいという復讐の代理行為として為される自傷行為である
  4. 理想自我と現実自我の乖離……『こうありたいと思う理想自我』と『こうであるという現実自我』の間に余りにも大きな格差や違いがあるために、自己嫌悪や絶望感が高まり『こんな無意味な自分なんて消してしまいたい』という欲求が生起して行う自傷行為である。象徴的に『自己を否定して消し去る』という意味をもつ。
  5. 現実逃避の手段……自分の手首を切ったり、頭を壁にぶつけたりすることで得られる感覚的な痛みを強化することで、現実の問題や苦悩を忘れたり、過去のトラウマや絶望から離れようとする現実逃避の意味がある。
  6. 精神的な弱さの否定……他者との人間関係で感じる見捨てられ不安や生きていく気力の乏しさといった自分の精神的弱さを否定するために、肉体的な苦痛や流血に耐えようとする。誰も耐えられないであろう痛みを耐えている自分は、何者にも負けない強さがあるのだと自己暗示に掛けているような効果がある。
  7. 自己の存在感の認識の強化……過去の幼少期のトラウマなどによって解離症状が発症している場合、『自分が現実にこの世界に生きているという生き生きとした実感(リアリティ)』を喪失することが多い。そういった場合に、自分で自分を傷つける感覚的な痛みによって、自己の存在を確認し、現実感覚を取り戻そうとする意味がある。

時折、『リストカット・シンドローム(リストカット症候群)や自傷癖は、本当の希死念慮に基づく自殺未遂ではないのだから、死ぬ心配はしなくてよい』という自己流の自傷行為の解釈をする人もいますが、これは正確な情報ではありません。大多数の自傷癖を持っている人は、本気で死にたいのではなく、苦痛な孤独感や虚無的な無意味感から助けて欲しいというメッセージを出しているクライシス・コールとして自傷をしているのは確かですが、中には重篤な解離性障害を併発していて現実感覚を喪失しかかっている人もいますので余りに楽観し過ぎるのは危険です。

特に、『どうせ死ぬ勇気もない癖に、周囲に迷惑を掛けるのはやめなさい』というような叱責や批判をすることには、漠然とした『死にたいという願望』を強化する恐れや『見捨てられ不安』を強めて人間不信に陥る危険があるので怒ったり叱ったりする対応は控えましょう。
出来るだけ自傷行為をしたこと自体を責めずに、手首を切ったり、自分を傷つけずにはいられなかった本人の耐え難い孤独感や苦しみに寄り添って共感的に粘り強く話を聞いてあげることが大切です。

しかし、専門的に話を聞く訓練が出来ていない人の場合には、自傷癖のある人の憂鬱でつらい話を聞くこと自体が、非常な重荷やストレスになることがあります。そういった場合には、心理カウンセラーや精神科医などの助力や支援を得たり、トラウマに対応したカウンセリングを受けることを本人に勧めるほうが、結果として自傷からの立ち直りを早めることになると思います。

自傷癖は、多くの場合、過去のトラウマ体験を根本的な原因として持っているものですが、そのトラウマから派生する精神的問題として『解離現象(解離症状)』が見られることがあります。解離とは、本来、統合されているべき自我機能がバラバラに断片化している状態を意味します。つまり、一貫しているはずの自我意識のアイデンティティが障害されて幾つかの自我意識が生まれたり、連続しているはずの過去から現在の記憶が細分化されてバラバラになったりするというのが解離現象(解離症状)です。

自傷癖を持っている人に解離現象が見られる場合、『外界や自分の身体に対するリアリティ(現実)が失われて、何だか薄い靄に覆われているような幻想的な感覚』を感じます。
更に自傷を行った時に解離症状を呈している場合には、『自分の手首を切っても痛くも何ともないという感覚機能の麻痺・喪失(analgesia)』『自分の身体が自分のものではないような感じがあり、流血したり怪我をしたりしても何の恐怖も不安も感じないという感情鈍麻・感情麻痺』の状態が見られることがあります。

幼少期のトラウマと現実感の衰退、感覚麻痺、感情鈍麻となって現れる解離症状には密接な関係がありますので、『トラウマと解離性障害』のウェブページにおける詳説も読んでみて下さい。

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