トラウマと境界性人格障害(ボーダーライン)

トラウマに対する一般的な反応として、『解離現象』『反復的・侵入的なトラウマの想起』『トラウマ類似状況の強迫的な回避』『生理学的な不眠・パニックなどの身体症状』がありますが、それらはどれもトラウマの苦痛や不快を何とかして抑止しようとする必死の試みの表れでもあります。

この自然発生的なトラウマに対する防衛機制や消化吸収の過程をKardinerは『トラウマへの適応』と呼び、Reikerは『トラウマの再構造化』と呼びました。しかし、このトラウマへの適応反応によって、認知的枠組み(スキーマ)に偏りや歪みが生じ、他者に対する信頼感や外部環境に対する安心感が失われて、性格構造の適応性も障害される問題が生じてくることがあります。

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様々な出来事や事件事故によって心に受けた深刻なトラウマは、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder,心的外傷後ストレス障害)ASD(Acute Stress Disorder.急性ストレス障害)の原因となるだけでなく、トラウマを負った時期が発達段階早期である場合には、人格特性や性格傾向への悪影響にも配慮する必要があります。

ASD(Acute Stress Disorder)についての説明

トラウマと境界性人格障害

境界性人格障害の原因

M・マーラーの乳幼児期パーソナリティ発達理論

BPDのカウンセリングに当たって留意すること

性的虐待によるトラウマとBPDの悪化

DSM-Ⅳによる境界性人格障害(BPD)の診断基準

境界性人格障害(境界性パーソナリティ障害)の“認知・感情・行動”のパターン(別ページ)

境界性パーソナリティー障害に対する共感的・受容的なカウンセリングの難しさ:対人関係のトラブルを起こす要因(別ページ)

ASD(Acute Stress Disorder)についての説明

『トラウマと解離性障害』のウェブページでは、心的外傷後を受けた後のポスト・トラウマティックな症候群PTSDについて概説しましたが、PTSDと同型の症状形成メカニズムを持つ精神疾患にASD(急性ストレス障害)というものがあります。

ここでは、DSM-ⅣによるASDの分類定義と診断基準のみを示しておきますが、PTSDが慢性的に長期経過する精神疾患であるのに対して、ASDは一ヶ月以上症状が継続しない短期の心因反応の病態という違いがあります。
しかし、ASDという精神疾患の歴史はまだ浅く、その統計学的調査や臨床研究が不十分なために、診断場面(面接状況)で観察される症状だけを元にして、PTSDとASDの厳密な鑑別診断をつけることは非常に困難です。

取り立てて、ASDの特徴を言えば、ASDのほうが解離性障害に近似した症候群を重視していること、PTSDよりも相対的に軽度の外傷体験による『急性の心因反応』であることなどを挙げることが出来ます。

DSM-ⅣによるASDの分類定義と診断基準

A.その人は、以下の二つの要素が共に認められるトラウマティック(外傷的)な出来事を体験している。
1.自分あるいは他人が、実際の死や死の脅威を感じるような出来事、または、深刻な重傷を負うような出来事を、一度または数度にわたって、体験したり、目撃したり、もしくはそのような事態に直面した。

2.その人の脅威的な事態に対する反応は、極度の恐怖、圧倒的な無力感、絶望・戦慄などを含むものである。
注記:子供の場合、こうした感情は、混乱した行動や強い興奮を伴った振る舞いで表現される事がある。

B.苦痛な出来事を体験している間、またはその後に、以下の症状の3つ(またはそれ以上)が見られる。
(1)感覚麻痺や他者からの孤立感や感情鈍麻を自覚している。
(2)自分の周囲に対する注意・興味・関心の減退が見られる。
(3)現実感消失
(4)離人症
(5)解離性健忘(外傷体験の重要な場面の想起不能)

C.外傷的な出来事は、少なくとも以下の1つの様式で再体験され続けている。
反復するイメージ、思考、夢、錯覚、フラッシュバックのエピソード。または、トラウマティックな体験を再体験する感覚、外傷的な出来事を想起されるものに暴露されたときに生じる苦痛。

D.外傷を想起させる刺激(思考・感情・活動・場所・人物・会話・状況)の著しい回避。

E.強い不安症状または生理学的な覚醒亢進(睡眠障害・イライラや怒りの爆発・注意集中困難・過剰警戒・過度の驚愕反応・運動性不安)

F.障害のために、臨床的に強度の苦痛が生じていたり、社会的、職業的、あるいはその他の重要な領域で機能障害や不適応が見られる。
もしくは、トラウマ体験を親密な他者(家族・友人・恋人など)に話すことによって、必要な援助を得たり、カウンセリングなど人的資源を活用するような遂行能力を喪失している。

G.障害は最低2日間、最大4週間持続し、外傷的な出来事の後4週間以内に起こっている。

H.障害が、物質嗜癖(薬物乱用、アルコール依存、服薬)、または、一般の身体疾患の直接的な生理学的作用によるものでなく、短期の精神病性障害ではうまく説明されない。既に、存在していたDSMの第1軸あるいは第2軸の障害の単なる悪化や増悪で説明できない。

PTSDに類似した症候群を示し、同型の極端に強いストレスによって発症する精神障害としては、DSM-Ⅲ-Rの改訂作業委員会でその分類定義が検討された『DESNOS(Disorder of Extreme Stress Not Otherwise Specified,その他の出来事では特定できない極端なストレス障害)』というものがありますが、これは正式な精神障害名としては採用されていません。

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トラウマと境界性人格障害

長期間にわたるトラウマの悪影響は、その人の複数の精神機能(知覚・思考・感情・行動・認知・記憶)に内在化されていきます。その結果として、トラウマは、その人個人を特徴づける一貫した性格傾向を変化させ、人生の発達過程で段階的に形成されていく人格構造にも影響を与えることになります。

トラウマによって形成される性格上の問題や人格上の歪曲として最も顕著に現れてくるものとして、境界性人格障害(Borderline Personality Disorder)が知られています。境界性人格障害は、かつて神経症と精神病の中間領域にある症候群と考えられていて、『境界例(Borderline Case)』などと呼ばれることもありましたが、現在の精神医学的診断では、境界例は、人格の過度の歪曲や不適応な特質だと認識されることが多くなっています。

つまり、境界性人格障害という精神状態は、過去においては、神経症から精神病への流動的な移行段階と捉えられたり、神経症と精神病の中間領域にある症候群と認識されていたが、現在では独立した不適応的な人格構造・性格特性である人格障害に分類され始めたということです。

私は、人格障害という精神医学的な診断項目を余り強調することは有益性よりも副次的な悪影響のほうが多いと考え、恣意的な人格障害のラベリングを濫用することは厳に慎むべきだと思います。ここでは一般的な精神医学的知識や理論として境界性人格障害の内容を簡単に見ていきたいと思いますが、ボーダーラインの傾向が多少あるからということから、『自分が境界性人格障害であるという自己アイデンティティ』を過度に意識し過ぎないように注意してください。

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境界性人格障害の原因

境界性人格障害(BPD)について、ここから略称の『BPD』という表記を採用することにします。まず、BPDの人格特性や行動傾向などの具体的項目を見ていく前に、BPDという環境への不適応や対人関係にまつわる情緒不安定を特徴とする人格構造が、どのようなことを原因にして形成されるかについて考えてみます。

BPDという特異的な衝動性と不安定性を特徴とする人格構造が形成される原因として、現段階では大きく分けて3つの原因が仮説として考えられています。

  1. 『分離・個体化期(separation-individuation・生後5~36ヶ月)』という発達早期の段階での障害という力動的心理学に基づく原因。
  2. 内分泌系のホルモン分泌異常や中枢神経系の伝達活動の障害など生物学的原因。
  3. 乳幼児期に限定しない受け容れ難いトラウマ(虐待・いじめなど)を原因とするもの。

この中で、カウンセリングや心理療法の適応症としてBPDを捉えられるのは、『1』の精神分析的(力動精神医学的)な原因と『3』の生活履歴におけるトラウマの原因を前提とした場合になります。『2』の生物学的な原因を重視する臨床家は主に医師で、神経系の障害や内分泌系の不全を原因として考える場合には、薬物療法が主軸になると思います。

人格上の歪みや偏りに対して薬物を用いて矯正することに、倫理学的な問題を指摘する議論もありますが、最終的には、BPDの個々人が、自分が十分に理解できる方法論や納得のいく治療法を選択していかなければなりません。

『1』の力動的心理学に基づく原因とは、M・マーラーが研究した『乳幼児期のパーソナリティ発達理論』を前提としたものです。つまり、早期発達段階における母子関係に、愛情不足や過干渉、過度の束縛、苛酷な虐待などの障害があって、他者や環境や未来に対する肯定的な認知を獲得することが出来なかったことを重視する考え方です。

発達早期の段階で達成すべき『基本的信頼感』の獲得に失敗したことが、『BPD形成の遠因』になっていると考えるのが精神分析的なBPDの病理論だといえますが、幼児期の心的外傷(トラウマ)が取り返しのつかない深刻なものだと考えすぎることは余計に心理状態を悪化させます。

ですから、過去の親子関係や生育環境によって、将来の人格構造や生活状況が完全に決まってしまうという極端な『人格形成の幼児期決定論』に陥ることなく、過去の苦しみや悲しみを乗り越えて、『未来をより良いものに変えていける』という意志や実感を持つことが大切になってきます。

M・マーラーは、実際に多くの小児を観察して発達理論を考案したわけではないシグムンド・フロイトやエリクソンとは異なり、実際の小児精神科臨床の経験を通して、『分離・個体化』の母子関係の変遷概念を中核とする“乳幼児の発達理論”を構築しました。

M・マーラーの乳幼児の発達理論は、母親へのアタッチメントの形成と分離・個体化を中心とした理論ですから、まずアタッチメントの概念について説明します。 アタッチメント概念を提出したのは、マーラーと同じく発達早期の母子関係に着目してその重要性を証明しようとした精神分析医のボウルビィです。

アタッチメントとは、日本語に訳せば『愛着』であり、特定の対象にぴったりと心理的にくっつくことを意味します。
小さな子どもは、人見知りをしたり、初めて見るモノに不安を感じたりすると母親の後ろに隠れたり、抱きついたりしますが、その親密なぴったりとした母子関係こそがアタッチメントの典型と言えるでしょう。

人間は、心理的離乳を成し遂げるまでは、母親や養育者に対するアタッチメントを程度の差はあれ誰もが持っているもので、小さな子どもが誰に対しても全く愛着を持たない場合には、広汎性発達障害をはじめとする何らかの発達的問題やコミュニケーション障害の可能性が疑われる事となります。

特定の対象へと進んで接近し、接触を求めるアタッチメントは、人間の最も原初的かつ基本的な愛情関係であり愛情のコミュニケーション形態であると言えるでしょう。

乳幼児のアタッチメントに基づく接近行動には、『吸う(sucking)』『しがみつくclinging』『後を追うfollowing』 などの行動があり、不満げに泣いたり、可愛く微笑んだりして『お母さんやお父さんに構って欲しい、自分に関心や愛情を向けて欲しい』という信号を発するのです。

赤ちゃんに向き合うお母さんは、特別にアタッチメントの形成を意識する必要はありませんが、心の何処かに『アタッチメントは子どもが一方的につくるものではなく、母親と一緒につくるものだ』ということを覚えておくといいかもしれません。

子どもが自分への愛情や興味を求め、世話をして欲しいと思うのは本能的な反応である部分もありますが、母親の優しい微笑やおしゃべり、スキンシップに対する相互的な応答という面も大きいですから、母親のほうから積極的に赤ちゃんへの愛着を行動や言葉で見せてあげると赤ちゃんも安心して母親に対するアタッチメントを形成することが出来ます。

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M・マーラーの乳幼児期パーソナリティ発達理論

M・マーラーの乳幼児期パーソナリティ発達理論(分離・個体化の過程)

1.未分化期(nondifferentiation:1~4ヶ月)

1-1.正常な自閉期(normal autistic phase:1~2ヶ月)

幻想的な全能感を有する胎児期の名残を残した時期で、自分と外界の区別がなく自分の精神世界に内向して自閉的な状態となっている。 まだ極めて未成熟な新生児は、外部の刺激や苦痛から自分を守る為に『正常な自閉期』を持ち、外部刺激に対して明瞭な反応を示さないことが多い。

1-2.正常な共生期(normal symbiotic phase:3~4ヶ月)

分離・個体化期を迎えるまで赤ちゃんにとって母親と自分は一心同体の存在であって、自己と母親の境界線は存在せず自他未分離の感覚に覆われている。 母親は自分に安心・食料・保護を与えてくれる欲求充足的な存在であり、母親と自分を二者統一体(dual unity)と認識し、共生圏(symbiotic orbit)において融合しているように感じている。

2.分離・個体化期(separation-individuation phase:5~36ヶ月)

2-1.分化期(differentiation subphase:5~8ヶ月)

自己と母親が異なる存在であると認識し始めると同時に、自分の母親と他の母親を見比べれるような態度を取り始める。 共生圏における自他未分離の融合状態を抜け出して、自分と母親の違いを感じ、母親の服装・アクセサリー・持ち物などに興味を示し始めると同時に、母親と他人を区別して人見知り(stranger anxiety)行動を取り始める。

2-2.練習期(practicing subphase:9~14ヶ月)

母親がいないとまだ分離不安を示すが、身体運動能力と外界の認知能力が発達してくるにつれて、母親の側を少し離れて自由に行動し始めるようになる時期である。 外界に対する好奇心や興味が強くなり、外界の探索行動が多く見られるようになってくるが、母親と離れている不安や寂しさが強くなると再び母親に戻って『情緒的エネルギーの補給(emotional refueling)』を行ってもらう。 正に母親は子どもにとっての精神的な『安全基地(security base)』の役割を果たす事になるのである。
そのため、子どもの不安や寂しさを感じさせる信号に対して、母親の微笑みや優しい声かけ、抱擁などの情緒的応答性(emotional availability)が重要になってくる時期でもある。 また、この時期には、母親に対する愛着や関心を移行できる人形やおもちゃなどの『移行対象(transitional object)』が出現してくるが、この移行対象の出現も特徴的な現象である。

2-3.再接近期(reapproaching subphase:15~24ヶ月)

母親から分離しようとする意識『分離意識』が高まるのだが、完全に分離しようとすると『分離不安』が強まってしまうという矛盾した感情を内在する時期である。 そのため、いったん分離しかかっているのに、また安全基地である母親に舞い戻ってくるという『再接近』の行動が頻繁に見られる。
母親に再接近して『しがみつき』の行動を取ることで『母親からの見捨てられ不安』から自分を防衛するのだが、今度は接近し過ぎて、母親と自分の境界線がなくなって主体性が奪われるような『母親から呑みこまれる不安』を感じるようになる。
『見捨てられ不安』が強まると『しがみつき』を見せ、『呑みこまれる不安』が強まると『飛び出し』を見せるのだが、このように相対立する矛盾した感情を同時にもっていることを『両価性(ambivalence)』という。

この再接近期は、母親の側が子どもに対してどのような態度や反応を見せるべきなのか悩むことが多く、情緒的対応が難しくなってくるが、自然に子どもがやってくれば優しく抱きしめて励ましてあげればよく、一人で外界に遊びに出るときは静かに優しく見守っていればよいだろう。
子どもの側も、それまでの共生的な母親との関係に終わりを告げる時期なので、幻想的な全能感が傷つき、自尊感情が揺らぎ易い時期なので、時に『再接近期の危機』と呼ばれるような不安反応、混乱、癇癪、わがままなどを見せることもあるが、多くは一過性の情緒的葛藤なので特別な心配は必要ない。

2-4.個体化期(individuation subphase:24~36ヶ月)

とりあえずの母親からの分離が成立し、母親と一定時間、離れていても大丈夫な個体化の能力を確立する時期である。 自律的な自我機能を獲得し、ある程度、母親不在の分離不安への耐性ができてくる時期である。

3.情緒的対象恒常性の確立期(36ヶ月以降)

精神内界に『自己表象』と『対象表象』が明瞭に区分して確立し、それぞれの表象は善悪の両面を兼ね備えていて全体的な統合性をもつようになってくる。 心の世界に自分や母親・父親、他人のイメージ(表象)を思い浮かべられるようになり、そのイメージはある程度の恒常性と持続性を持っている。
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BPDのカウンセリングに当たって留意すること

母子関係にしても家族関係にしても、ある人が一方的に他の人に影響を与えるというシステムではなく、お互いに心理的作用や感情的影響を与え合う相互的なシステムになっていますから、母親が子どもの行動や表情、泣き声に影響を受けるように、子どもも母親の行動や表情、言葉から敏感に母親の心理状態を感じ取り影響を受けます。

子どもが3~5歳ごろになって、自分一人で、周囲の環境に対する探索行動を開始するまで母親は『子どもの安全基地』としての役割を果たしますが、心理的な依存心や安心感の表象としての母親から完全に離脱するには思春期以降の経済的・社会的自立を伴う成長を待つ必要があるでしょう。

ですから、マーラーの『分離=母親から離れている感覚』『個体化=母親から一定時間以上離れていることが出来る能力』という概念は、完全な母親からの心理的自立を意味する概念ではなく、過剰な不安や緊張に襲われずに自分一人で外部世界で行動できるようになるといった意味の込められた概念だという事が出来るのではないかと思います。

この『一定時間以上、母親のもとから離れていられる能力』を獲得する為には、『安定した精神内界の自己表象と対象表象の確立』が必要になります。

つまり、BPDのような見捨てられ不安を本質的特徴にもつ対人関係の障害を未然に防ぐ育児というのは、物理的に母親から離れていても、母親から永遠に見捨てられたり、引き離されたりしているわけではないという『自他未分離の見捨てられ不安からの脱却』を達成できるような育児だと言えます。

BPDが推定されるクライアントの場合には、他者への依存性や執着心の過剰による人間関係の不安定が原因となって、自傷行為や自殺念慮を引き起こしている例(恋人や友人から連絡が減ってきて見捨てられそうになったから死ぬしかない、孤独で惨めな自分を見ていると、自分を傷つけてストレス解消したり現実を忘れなければ生活に耐えられないなど)が多く見られます。

そのため、BPDのカウンセリングにおいても、最終的に目指す地点は『心理的にある程度の自立を達成して、孤独に対する耐性をつけること』に置かれます。これは、発達早期における『分離・個体化の発達課題』にもう一度改めてチャレンジして、他者との人間関係の持ち方や一人で過ごす時間の充実などを学習しなおすことにもつながってきます。

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このような発達課題の再克服や再学習が上手くいくと『幼児的依存性や心理的脆弱性からの脱却』が起こってきます。その結果、『依存性や見捨てられ不安を低下させたある程度自立的な人格構造』が形成されます。

その段階までカウンセリングが進展してくると、今まで頻繁に起こっていた希死念慮が弱まり、自傷行為や自殺企図などの自己破壊的行為の頻度も目に見えて減ってきます。それと並行するように、衝動的な行為や各種の嗜癖行動(薬物・セックス・アルコール・買い物への依存症)も改善の様相を見せてきて、それまでくるくると変化していた情緒も安定してきます。

過剰な怒りや攻撃性といった人間関係を破綻させるリスクのある感情を、適切な表現レベルでコントロールできるようになってくれば、人間関係や社会環境への適応も回復してきますから、そこまで粘り強くトラウマやBPDの症状を鎮静させ克服するためのカウンセリングを継続して行うほうが良いでしょう。

BPDのカウンセリングを行うカウンセラーの選択を行う場合には、『転移と逆転移の取り扱いと分析経験』に優れた知識と経験の豊かなカウンセラーを選ぶことが重要になってきます。ただ、ひたすら親身になって優しく接してくれれば良いというわけではなく、将来的な『分離・個体化の再学習』まで視野に入れて、クライアントの過度な依存欲求を強めないような面接・相談に配慮してくれるカウンセラーを選ぶようにすると良いでしょう。

性的虐待によるトラウマとBPDの悪化

性的虐待は、アメリカの各種統計調査や臨床事例研究などによって、解離性同一性障害(多重人格障害)の主要原因となることが知られていますが、BPDの症状や特徴も増悪させる影響を持ちます。一般に、性的虐待経験者であってBPDの人格状態にもある人は、それ以外のBPDの人よりも、『離人症症状(depersonalization)』『現実感喪失(derealization)』『性的逸脱(promiscuity)』などの症状が強くなるとされています。

また、性的虐待に特定せず、幼児期に身体的虐待・精神的虐待・ネグレクト(育児放棄・育児怠慢)があれば、心に深刻なトラウマティックな体験の記憶を刻み、BPDの病態像を増悪させるという研究もあります。確かに、フロイトが語ったように『過去の虐待経験の記憶は、外的現実(実際に起こった現実)ではなく、記憶や感情が成長後に捏造されたり変形されたもの』である可能性について、カウンセラーは絶えず意識しておかなければならないが、BPDの原因の有力な可能性の一つとして虐待のトラウマ体験を考えるのは無駄なことではないように思います。

今まで、BPDの症候群や状態は、『社会的に低く評価される性格特性・臨床的に治癒が困難で関係を維持するのが厄介な人格』として、臨床家から見られる傾向がありました。その為、あらゆる悪い側面や特徴が集められた『ゴミ箱的診断・意味不明の衝動的・不安定な人格特性』としての意味づけもありましたから、虐待を主要原因と仮説することによって『トラウマを原因とする共通了解可能な性格上の問題』と認識しなおすことが出来るようになりました。

BPDが『一般の人にも了解可能性のある人格障害』となったことで、カウンセラーとクライアントの間で対話内容のポイントを絞り易くなり、良好なラポール(信頼関係)を維持していく為の態度や気遣いについての理解も進みました。
BPDの原因を、幼少期の虐待のみに限定することはあまりに安易すぎて危険な部分がありますが、『広範囲のトラウマティックな体験や出来事』にBPDの原因探求の網を広げていくことで、BPDに対応するカウンセリングの有効性と信頼性が高まったとは言えるでしょう。

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ただ、前述したように、BPDという医学的診断を受けた人全てに幼児期の虐待体験やトラウマティックな出来事があるわけではありませんし、子どもの頃に何らかの虐待体験のある人全てがBPDに類似した人格を形成するわけではないということに十分注意して下さい。

この虐待の問題を深く考察するためには、BPDの精神医学的考察だけでは不十分であり、機能不全家族全般にわたる統合的な分析とアダルト・チルドレンとBPDや解離性障害の関連性の研究などを合わせて行っていく必要があると思います。何故なら、児童虐待というものは,家族システム理論の見地から考えてみても、健全な家族関係や家族の相互的作用の中では生まれる余地がないからです。

つまり、虐待が発生する場合には、子どもや親という特定個人に原因があるのではなく、家庭関係そのものに何らかの病理やシステムの機能不全があったりします。また、虐待をしている親自身が、過去に両親から虐待を受けていて、虐待の世代間伝達(世代間連鎖)を起こしていることも少なからずあります。

そのトラウマからくる親の性格上の問題が育児困難に関与している事も多くあるので、その場合にはまず親に対するトラウマ克服のためのカウンセリングや心理療法を実施していかなければならないでしょう。

DSM-Ⅳによる境界性人格障害(BPD)の診断基準

このページでは、過去の強烈なトラウマを原因とする精神病理として、PTSD、ASD、BPD、解離性障害などについて見てきましたが、それらを病理性の軽度のものから重いものへと並べると『ASD→PTSD→解離性障害→BPD』ということになります。しかし、それらの精神病態の背後には全て、何らかのトラウマティックな過去の出来事が潜在していると推測されますから、カウンセリングの実際や心理療法の適応についてはかなり重複する部分が出てきます。

BPDとはどのような人格障害なのかについて知る為には、やはり、『精神障害の分類定義・診断基準』として国際的な位置づけと評価を得てきたDSMを参照するのが良いでしょう。DSM-Ⅳでは、境界性人格障害の診断基準について以下のように定めています。

DSM-Ⅳに基づく境界性人格障害(BPD)の診断基準

1.現実あるいは想像上の『見捨てられ』を回避しようとする狂気的な異常な努力。

2.極端な『理想化(価値承認)』と『こきおろし(脱価値化)』の急速な交代を特徴とする不安定で緊張した(インテンシヴな)対人関係のパターン。

3.自己イメージあるいは自己の感覚の顕著で恒常的な不安定さによる『自我アイデンティティの障害』。

4.自己を傷つけてしまう潜在的なリスクを伴う衝動性が、『浪費・セックス・薬物依存・無謀運転・摂食障害』などの症状として二つ以上見られる。

5.自殺企図や自殺のそぶりを繰り返し示したり、自殺をほのめかすことで周囲を繰り返し脅す。あるいは、自傷行為を反復的に繰り返す。

6.外的刺激に対する気分の反応性が顕著であることによる感情の不安定さ(エピソード的な強い抑うつ感・イライラ・不安など)

7.慢性的な虚無感・空虚感・無価値感。

8.不適切で激しい怒り、あるいは、怒りのコントロール困難(頻繁な癇癪・恒常的な怒りの状態・喧嘩の繰り返し)

9.ストレスに関連した一過性の妄想的な考え、もしくは、重篤な解離性症状。
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