神経認知障害・譫妄・アルツハイマー病(DSM-5の診断基準)

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DSM-5の神経認知障害・譫妄(せん妄)の概念と診断基準


DSM-5の大神経認知障害・小神経認知障害・アルツハイマー病の診断基準


DSM-5の神経認知障害・譫妄(せん妄)の概念と診断基準

DSM-5の神経認知障害(NCDs:Neurocognitive disorders)は、老化(老年変化)を主要な原因とする脳の器質性疾患の総称であり、かつては『認知症(Dementia)』と呼ばれていたものである。神経認知障害は、DSM-Ⅳでは『せん妄・認知症・健忘、および他の認知障害』のカテゴリーに該当するものだった。

神経認知障害は脳の構造的・機能的・神経科学的な変化を原因にして発症するものであり、DSM-5では『せん妄・大神経認知障害・小神経認知障害・神経認知障害の病因別亜型』が割り当てられている。

譫妄(せん妄,Delirium)は急性の脳機能障害であり、急性錯乱状態(acute confusional disorder)、急性脳症候群(acute brain syndrome)などと呼ばれることもあるが、注意力・集中力・判断力・記憶力が低下する『意識狭窄・意識変容』の異常な精神状態(意識障害)のことである。せん妄は高齢者の認知症に近いような幻覚・妄想・失見当識・感情障害の症状を示すこともあるが、『器質的な脳障害・身体疾患・薬物中毒(薬物の副作用)』などが原因となることが多い。

せん妄の発症は急性であることが多く、朝は調子が良いが夜になると妄想・幻覚・うわ言の症状が悪化するという『日内変動』が目立ちやすい。せん妄(Delirium)のDSM-5の診断基準は以下のようになっている。

せん妄(Delirium)のDSM-5の診断基準

A.注意(指向・集中・維持・転導)と意識の障害。

B.障害は数時間から数日間のうちの短期間で発症して、通常の注意や意識からの変化があり、1日を通して重症度が変動する傾向がある。

C.認知における追加的な障害がある(記憶欠損・失見当識・言語障害・知覚障害・視空間能力の障害)。

D.基準AとCにおける障害はもう一つの先行・確定・進行中の神経認知障害によってはより良く説明されない。また、昏睡のような覚醒度の重度な低下といった経過で発症したものではない。

E.病歴・身体診察・臨床検査所見から、その障害が一般身体疾患、物質中毒または離脱、もしくは毒性物質への曝露といった直接的な生理学的結果もしくは多重の病因により引き起こされたという証拠がある。

『せん妄の診断基準』では、DSM-ⅣとDSM-5の間に大きな違いはないが、DSM-Ⅳの『基準B(認知障害とそれに先行する認知症の有無)』が、DSM-5では『基準C(認知障害)』と『基準D(それに先行する神経認知障害の有無)』に分解されており、基準には『視空間能力(visuospatial ability)の障害』が新たに追加されている。

『物質中毒せん妄・物質離脱せん妄・複数の病因によるせん妄・投薬誘導性せん妄・特定の身体疾患によるせん妄・他で特定されるせん妄・特定不能なせん妄』が細かく特定子として分類されている。せん妄の発症や特徴、経過については、『急性(acute)・慢性(persistent)・過活動(hyperactive)・活動低下(hypoactive)・変動する活動量(mixed level of activity)』などの特定子の分類が行われている。

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神経認知障害(NCDs:Neurocognitive Disorders)という疾病概念が『認知症(Dementia)』に代わって用いられるようになった理由は、認知症だと高齢者に特有の老人性疾患として誤解されやすかったり、認知症という名前に対して『老人ボケ・痴呆』と同一視するような偏見・差別の印象が形成されてきたからである。DSM-5でも便宜的な必要性に応じて認知症という名称自体は使っても良いのだが、若年者でも外傷後の脳損傷やHIVなどの感染症によって神経認知障害を発症するリスクはあるのである。DSM-5では『認知症・健忘性障害』という疾患概念が削除されて、『神経認知障害』としてまとめられているのである。

DSM-Ⅳにおける『健忘(Amnestic Disorders)』は、DSM-5では『その他の医学的状態による大神経認知障害』に変更されている。

神経認知障害は『複合的注意(complex attention)・実行機能(executive function)・学習と記憶(learning and memory)・言語(language)・知覚‐運動(perceptual-motor)・社会認知(social cognition)』の6つの主要な神経認知領域(neurocognitive domain)について障害の水準・重症度が判定される。日常生活の様子を観察したり、評価尺度に対応した査定が行われたりする。そして、日常生活の自立度の程度に応じて、『大神経認知障害』『小神経認知障害』のいずれかに分類されることになる。

DSM-5の小神経認知障害とは、日常生活における障害は殆ど目立たないが、早期の予防的な治療・介護を可能にするための神経疾患の診断であり、DSM-Ⅳでは『特定不能の認知障害(Cognitive Disorders NOS)』『軽度認知機能障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)』として定義されていたものである。小神経認知障害は、大神経認知障害の診断基準を満たさないレベルの軽度の認知機能障害なのである。

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DSM-5の大神経認知障害・小神経認知障害・アルツハイマー病の診断基準

DSM-5における大神経認知障害と小神経認知障害の診断基準は以下のようになっている。

DSM5の大神経認知障害の診断基準

A.1つまたはそれ以上の認知ドメイン(複雑性注意・実行機能・学習と記憶・言語・知覚‐運動・社会認知)で以前の活動レベルから明らかな認知障害を来たしている下記に基づく証拠がある。

1.個人、よく知られた情報者、もしくは臨床家の認知機能における明らかな低下があるという考え。

2.認知パフォーマンスが、標準化された神経心理学的試験において障害されている。それなしでも、別の定量化された臨床評価において相当に障害されている。

B.認知欠損が日常生活における自立性を障害している(最低限でも、料金の支払いや服薬管理といった日常生活の複雑な操作的活動における援助を必要としている)。

C.認知欠損はせん妄の経過でのみ現れるものではない。

D.認知欠損は他の精神障害(大うつ病性障害・統合失調症)ではより良く説明されない。

DSM5の小神経認知障害の診断基準

A.1つまたはそれ以上の認知ドメイン(複雑性注意・実行機能・学習と記憶・言語・知覚‐運動・社会認知)で以前の活動レベルから中等度の認知障害を来たしている下記に基づく証拠がある。

1.個人、よく知られた情報者、もしくは臨床家の認知機能における明らかな低下があるという考え。

2.認知パフォーマンスが、標準化された神経心理学的試験において障害されている。それなしでも、別の定量化された臨床評価において中等度に障害されている。

B.認知欠損が日常生活における自立性に対する能力を障害していない(料金の支払いや服薬管理といった日常生活の複雑な操作的活動が維持されているが、より努力が必要なもの、代償性の対策、もしくは便宜を必要とするかもしれない)。

C.認知欠損はせん妄の経過でのみ現れるものではない。

D.認知欠損は他の精神障害(大うつ病性障害・統合失調症)ではより良く説明されない。

DSM-5では『複合的注意(complex attention)・実行機能(executive function)・学習と記憶(learning and memory)・言語(language)・知覚‐運動(perceptual-motor)・社会認知(social cognition)』の6つの認知領域について、障害のレベルと日常生活における自立の程度を調べることによって、大神経認知障害か小神経認知障害かを区別している。更にその分類診断に加えて、各種の『病因別亜型(etiological subtype)』を特定していくのである。

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DSM-5の病因別亜型分類の原因疾患としては、『アルツハイマー病・前頭側頭葉変性・レビー小体病・血管性脳損傷・外傷性脳損傷・物質誘発性・投薬誘発性・プリオン病・パーキンソン病・ハンチントン病・HIV感染症』などが上げられている。アルツハイマー病・前頭側頭葉変性・レビー小体病・血管性脳損傷・パーキンソン病については、診断の確からしさに対して『ほぼ確実(probable)』『疑いあり(possible)』を判定するような仕組みになっている。

DSM-5でアルツハイマー病を診断する時には、『記憶障害・失語・失行・失認・実行機能の障害』の認知領域の障害について検査するが、そこに家族歴・遺伝子検査を加えることで『ほぼ確実(probable)』か『疑いあり(possible)』かの判定ができるようになっている。遺伝子検査や画像診断のような生物学的指標が確定診断に用いられるようになってきており、より客観的かつ科学的な診断基準の作成が目指されている。医学的検査に基づく生物学的指標として用いられるものとしては、『遺伝子検査・CTスキャン・MRI・PET・SPECT』などがある。

前頭側頭葉変性による大(小)神経認知障害の『ほぼ確実』と『疑いあり』の診断は、神経病理学的所見(遺伝的変異の有無)によって確認されるが、更に画像診断における前頭側頭領域の萎縮や活動性の低下によって大神経認知障害か小神経認知障害かが区別されている。前頭側頭葉変性による大(小)神経認知障害は、『行動変異型』『言語変異型』に大きく分けることができ、言語変異型は更に『意味変異型・非文法型/流暢型』へと分類されている。

レビー小体症による大(小)神経認知障害は、従来のレビー小体症を伴う認知症(DLB:Dementia with Lewy Bodies)であり、慢性的な幻視・幻聴やREM睡眠行動障害などが症候学的な診断基準に含められている。血管性脳損傷による大(小)神経認知障害は『脳血管性認知症』のことであるが、脳血管障害の発症との因果関係の有無、画像診断検査の結果、遺伝性の有無、臨床所見などによって大神経認知障害と小神経認知障害を区別している。これらの診断の条件のうち、1つ以上を満たしていれば『ほぼ確実』、条件を全く満たしていなければ『疑いあり』となる。

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DSM-5の『アルツハイマー病による大(小)神経認知障害』の診断基準は以下のようになっている。

アルツハイマー病による大(小)神経認知障害のDSM-5の診断基準

A.基準が大・小の神経認知障害を満たしている。

B.1つもしくはそれ以上の認知ドメインにおける障害の先行性の発症と段階的な進行がある。

C.基準は以下にあるアルツハイマー病の『ほぼ確実』か『疑いあり』かに一致している。

○大神経認知障害について。

○『ほぼ確実』、アルツハイマー病は次の症状が存在する場合に診断される。そうでなければ、『疑いあり』のアルツハイマー病と診断されるべきである。

1.家族歴もしくは遺伝子検査で病因となるアルツハイマー病の遺伝子変異の証拠がある。

2.以下のうち、3つすべてが存在する。

a.記憶と学習と少なくともその他の認知ドメイン(詳細な病歴や定期的な神経心理学的検査に基づく)において、機能が低下しているという明確な証拠がある。

b.長期的な安定を伴わない、認知における着実で進行性の、段階的な機能の低下がある。

c.複数の病因の証拠がない(その他の神経変性もしくは脳血管疾患、その他の神経学的・心理的もしくは系統的疾患、認知の低下に関連しそうな状態など)

○小神経認知障害について。

○『ほぼ確実』、アルツハイマー病は遺伝子検査もしくは家族歴で原因となるアルツハイマー病の遺伝子変異の証拠がある。

○『疑いあり』、アルツハイマー病は遺伝子検査もしくは家族歴で原因となるアルツハイマー病の遺伝子変異の証拠はなく、以下の3つすべてが存在する。

1.記憶と学習における機能の低下の明らかな証拠。

2.長期的な安定を伴わない、認知における着実で進行性の、段階的な機能の低下がある。

3.複数の病因の証拠がない(その他の神経変性もしくは脳血管疾患、その他の神経学的・心理的もしくは系統的疾患、認知の低下に関連しそうな状態など)

D.その障害は、脳血管性疾患、その他の神経変性疾患、物質の影響、またはその他の心理学的・神経学的な疾患や系統的疾患によっては十分に説明することができない。

アルツハイマー病による神経認知障害の生物学的指標。

○遺伝子変異:amyloid precursor protein(APP)、presenilin1(PSEN1)、presenilin2(PSEN2)

○MRI:海馬、側頭頭頂皮質の萎縮

○PET:側頭頭頂葉の糖代謝の低下(FDG)、タンパク質のアミロイドβの沈着(PIB)

○脳脊髄液:脳脊髄液中の全タウ蛋白、リン酸化タウ蛋白、アミロイドβ42の濃度の上昇

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