アパシー(無気力)の形成と改訂学習性無力感理論・自己注目理論


アパシーと自己効力感・改訂学習性無力感理論

前のアパシーシンドロームに関する記事では、アパシーの無力感・意欲減退を生み出す要因として『学習性無力感・随伴性認知・自己効力感』を取り上げたが、人間が意欲的に何かをしようとする動機づけが高まるか否かは、自分の行動・努力によってどのくらい外部の状況を変化させられるか(良い結果に近づけるか)という自己効力感と密接に関係している。自分が直面している問題状況や対人関係をコントロール可能と考えるか否かということでもあるが、B.F.スキナー(Skinner, 1992)ワイス(Weisz & Stipeck, 1982)は随伴性認知と自己効力感の有無の組み合わせによって人間の動機づけ(意欲)と自己評価(悩みの強さ)の高低が変わると考えた。

自分の問題解決のための行動(試み)が、結果の良い・悪いと相関しているという認知が『随伴性認知』であるが、随伴性認知が高いと『人生の成功・失敗の原因』を自分の能力や努力、特性に求めやすくなる。そのため、課題達成に成功すれば動機づけが高まりやすくなるが、失敗すると自己評価が低下して劣等感を感じやすくなってしまい、主観的な悩みが深くなってしまう。反対に、随伴性認知が低いと『人生の成功・失敗の原因』を自分以外の社会や他人、運に求めるようになるので、自己効力感が低下したとしても主観的な悩みは殆ど生まれてこないということになる。随伴性認知があって自己効力感がない時には、『努力しても意味がない・頑張ってもどうせダメで結果がでない』というネガティブな認知に陥りやすくなるが、こういったケースでは小さなミスや不完全さを許せないという『完全主義傾向・全か無か思考』を緩和していくことが必要になる。

心理学者ドシャーム(deCharms, 1968,1976)は、自分が状況をコントロールして良い結果が出せるかどうかの『自己効力感』よりも、自分の行動が自分の意思に基づいているのか他人(社会)の統制・強制に基づいているのかという『自己決定感覚』のほうが、動機づけの高低により深く関係していると考えた。つまり、他人に指示されたり社会規範・常識で強制されたりしているのではなく、自分自身がそれを選択してやりたいと思い決断したのだという『自己決定感覚』によって動機づけが高まるというのである。しかし、原因帰属理論では物事が上手く行えずに気分が落ち込んでいる時には『自己決定・自己責任の自覚』によって、『自分の能力・努力が足りないから失敗したのだ』という自己否定の認知が高まることが指摘されており、『失敗・挫折の結果となった出来事』に対して自己決定・自己責任の感覚を持つことは必ずしも意欲を高めるわけではない。

アパシーの主要な不適応の問題点は、『発達課題達成への意欲低下・学校生活(学業)への不適応・進路選択の放棄と非社会的生活への移行』であるが、社会生活や職業活動に参加する意欲を失うことで、自分が何をすれば良いのかが分からなくなる自己アイデンティティの拡散も深刻な問題となる。自分の成功や感情の変化の原因を“何”に求めるのかという上記した『原因帰属』の概念は、元々社会心理学の領域で用いられてきたものであるが、無気力・抑うつ感・虚無感などネガティブな感情(感覚)の生起とも密接に関係している。

マーティン・セリグマン学習性無力感をより精緻にして改正したものに、エイブラムソンら(Abramson et al, 1978)『改訂学習性無力感理論(Reformulated learned helplessness theory)』がある。セリグマンのオリジナルな学習性無力感理論では、『コントロール不能状況→ネガティブな結果の予期→無気力や抑うつ感、絶望感』といったモデルになっており、コントロール不能な状況をどのように解釈して受け止めるのかという『認知の過程』が不足している。改訂学習性無力感理論(改訂LH理論)では、無力感・抑うつ感の形成メカニズムを『コントロール不能状況→認知→原因帰属→結果の予期→問題・症状』というプロセスで考えるが、具体的に説明すると以下のような図式になるが、この改訂LH理論は認知行動療法などにも有効に応用することが可能である。

改訂LH理論を前提とした無力感・抑うつ感の認知療法的なアプローチとしては、具体的なスキルやポジティブな認知(物事の捉え方)を練習していくことで、『2の認知プロセス』を適応的なものに修正していくことが考えられるが、『3の原因帰属』をできるだけ“外的・不安定的・特殊的な原因”に帰属できるようにしていく帰属修正訓練の技法といったものもある。自分自身が問題状況や困難な事態に直面した時に、コントロール可能な認知を持つにはどのようなスキルや考え方をすれば良いのか、『悪い結果・失敗』などを経験してしまった時には、何に原因を帰属させて次のチャレンジができるようにすれば良いのかという事が重要になってくる。

また、メタルスキーら(Metalsky et al, 1982)は改訂LH理論をベースにして、『抑うつ的帰属スタイル(内的・安定的・全般的な原因帰属)』の素因を持つ人が、ストレスフルなライフイベントに直面した時に無力感・抑うつ感を生じやすいという『素因‐ストレスモデル』を提起している。

自己注目理論と無力感・不安感・抑うつ感の生起

分析心理学を創始したC.G.ユングは、『外向性・内向性の基本的態度』を分類する性格理論を考案したが、自分の外部にある社会や他者、物事にリビドー(関心・欲求)を向ける態度が『外向性』であり、自分の内面にある信念や感情、世界観にリビドーを向けようとするのが『内向性』である。社会心理学では、自分自身や自分の内面に注意・関心を向ける内向的な態度のことを『自己注目(self-focus)』という概念で表しているが、自分の外部にある物事や他者に注意が向かわなくなり自己注目のレベルが高くなると、情緒不安定になりやすくなったり抑うつ感・不安感に襲われやすくなると考えられている。

『自己注目』が強まっている時には、自分はどういった人間なのか、自分は他人からどのような存在として見られているのか、自分はどんな振舞いや行動をすべきなのかといった『内省的な迷い・葛藤』が強まりやすく、『自分のやるべきこと・自分の外部にある他者や社会』に客観的な認識・関心を向けることが困難になってくるのである。自己注目理論は、心理療法の技法の一つである『森田療法』で指摘されることの多い『自己への囚われ・精神交互作用(自己の感覚の僅かな変化に注目することでかえって症状が悪化する悪循環を繰り返す)』を説明する理論でもある。自己注目理論では自己注目と抑うつ感(ネガティブな感情)との相関関係を、以下のような三段階モデルで説明している。

自己注目の発生=抑うつ感のきっかけ……客観的な出来事が起こった時に、自分の注意を『外部の環境・出来事』ではなく、『自己の内面・感情・評価』のほうに向けてしまう段階。認知理論ではネガティブな出来事が起こっただけでは抑うつ感や自己否定は生じないと考えるが、自己注目理論でも何か悪い出来事が起こった時に『自分自身の内面・存在』に強い注意・内省を向けなければ抑うつ感は生じないと考えている。人間は『ネガティブな出来事』が起こった時のほうが、自分に注意を向けやすく『何か自分に悪い部分があったのではないか』という道徳的な自責感・自己批判を行いやすいのである。

自己注目の作動=抑うつ感の発生……自分自身の内面・評価に注意を向けて、自分に関する情報・記憶が意識に浮かび上がってくる段階。『自分に関する情報・記憶』には、自分はどのような人間であるかという自己概念(自己イメージ)、過去にこういった経験や感情を体験してきたという記憶、自分の持っている信念・理想・価値観などがあるわけだが、この中で『自分を否定的に評価するような情報』ばかりが浮かび上がってくると抑うつ感・無力感を感じやすくなってしまうのである。何か問題が起こった時に、『自分自身に問題や欠点がある』という認識を元にして自己注目を行っていくと、半ば必然的に抑うつ感・無力感などを経験しやすくなってしまう。

自己注目の持続=抑うつ感の維持……問題状況や特定の出来事が終わったにも関わらず、自分自身の内面・評価に注意を向け続けている段階。自己注目を長く持続することで、自分の気分の落ち込みや感情の乱れに対応した『自分の嫌な部分・劣等感を感じる要素』が意識に浮かび上がりやすくなり、その結果として深刻な抑うつ感・自己嫌悪が生まれてしまうことがある。自己注目には『自己理解の促進・間違った言動の修正のきっかけ』になるというポジティブな要素もあるのだが、ネガティブな気分・感情を感じている時に自己注目を続けると、自分を更に傷つけて落ち込ませる『抑うつ感・自己否定・不安感』が強まりやすいのである。

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