発達段階における無気力の特性とスチューデント・アパシーの定義


大学生・高校生の各発達段階におけるアパシーの無気力

アパシーシンドロームと学習性無力感の相関について説明したが、一般的にスチューデント・アパシーが発生すると想定されている年代は18歳~22歳の『大学生の時期』である。しかし、現代社会では意欲減退・無気力の『低年齢化』が見られると同時に、就職をして社会人(サラリーパーソン)になった20代半ば以降にも『アパシーの長期遷延(中年期のアパシー)』が見られることがあり、うつ病と識別されるアパシーシンドロームはどの世代にも発症し得る症候群になっている。現代の青年の一部に特徴として認められる非社会的な気質・価値観として、無気力・無関心・無感動の『三無主義』が指摘されたりもするが、思春期・青年期は脳の器質的成熟や友人・異性との人間関係、将来の進路選択の悩みなどで不安定な落ち着かない気持ちになりやすい時期ではある。

学校生活や友人関係、将来の目標などに対する『無気力さ(意欲減退)』が起こってくるのは、自我が強まり学習課題が難しくなってくる中学生からが多く、小学生の段階では無気力の問題が前面に出てくることは比較的少ない。中学生段階の無気力・無関心・意欲減退の問題は、学校に適応できなくなり通学もしなくなる『不登校』となって現れやすいが、無気力さの強い生徒では不登校状態に対する罪責感・焦燥感・劣等感のようなものが余り生じないことが多いようである。中学生段階における『不登校の原因』として、不登校児のアンケート調査などで分かっているのは以下のような原因である。

無気力さが前面に立つアパシーや不登校の問題は、義務教育を終えた高校生の段階でも見られるが、学校に行かなくなる学生生徒の特徴としては、『夜更かしなど基本的生活習慣の乱れが大きい・強制的な事柄に抵抗する・疲れる事や面倒な事のストレスを回避して自分の好きなことだけしようとする・学習の遅れや学業への無関心が強い・対人関係が苦手で社会性に困難を抱えている・自分がこうしたいというこだわりが強い・他者や社会への不信感を持っている』などがある。高校生の段階の無気力・アパシーになると、大学生のスチューデントアパシーとしての共通点が増えてきて、『本業(学生としてやるべき学業・進路選択)からの選択的退却・回避』が見られやすくなってくる。

他者との比較・競争があって成功と失敗の結果がつきまとう『本業』から退却しやすくなる理由としては、自分の能力・適性の限界が明らかになって、自尊心が傷ついたり劣等感を味わわせられるリスクがあるということが考えられる。学業や就職に真剣に取り組んだ結果として、自分の期待に見合う結果が得られない場合には、『真剣にやらなかったらできなかっただけ(もう少し真面目にやっていればもっと良い結果が出せた)』というエクスキューズ(言い訳)ができなくなり、『自分の実力や仕事はこのようなものである』という自己の限界の意識を持たされやすくなる。そのため、『自己愛・自尊心の傷つき』を回避しようとする完全主義志向の人や自己の想像的な特別視が強い人は、『本業(勉強・仕事)』に対して無気力になりやすく、『副業(遊び・娯楽)』に対しては意欲的になりやすいのである。

『選択的退却』では学業・就職などのやるべきことに対しては無気力になるが、遊び・バイト・娯楽といった競争のストレスがない分野ではそれなりの意欲を持っていることが多い。高校生の発達段階でアパシー・不適応に陥りやすい類型としては、中学生の段階と重なる部分も多いが『不登校生徒・学業不振の生徒・心身症的なストレス反応のある生徒・非行や暴力、薬物など規範の逸脱をする生徒・対人関係の不適応を抱える生徒』などを考えることができる。各年代に社会的に望ましいと考えられている規範・常識に対しては、非行・暴力・犯罪などの反社会的行為で『反発・抵抗』する生徒もいるがその比率は年々低くなっており、最近では不登校・ひきこもり・無関心などの非社会的行為で『回避・退却(無視)』する生徒の比率が高くなっている。

アパシー・無気力を前提とする非社会的行動を取る学生は、その退却状態が『自我親和的(自分にとって苦痛・不満がない)』であることが多く、気力・意欲を出して学業や就職に取り組まなければならないという危機感・切迫感のようなものも感じられないことが多い。高校生が直面する発達上の大きな課題は、受験をして大学に進学するか、進学せずに企業・役所に就職するかという『進路選択』であるが、2000年代の高卒者採用情勢の厳しさもあって、なかなか正規雇用で採用されずフリーターや求職者、ニートの状態に留まる若年層も増えている。正社員として長期雇用の条件で働きたいという生徒も多くいる一方で、『正規雇用の長時間労働・ストレスの多さ・不自由感や拘束性・職場の人間関係(上下関係)の複雑さ』を嫌って、敢えて短時間労働で責任も少ないアルバイトや派遣社員として働くワークスタイルを選択する若者も少なくない。

こういった大学生・高校生の職業観や働くことの意味づけ、労働意欲の変化は、『景気や雇用の悪化・終身雇用・年功序列賃金の崩壊』といった企業社会の変化とも連動しているが、生活・所得の必要性と自らの理想・自己概念との間で葛藤しつつ、『社会的選択』を回避したり延長したりする『モラトリアムな若年層』が増えたという豊かな時代の反映でもある。アルバイト・派遣など15~34歳のフリーター人口は217万人となった2003年から微減傾向にあるが、現在でも約180万人の若年フリーターがいて、その中には正規雇用の仕事を回避したり適性がないと感じている若者も少なからず含まれている。

エリク・エリクソンが社会的精神発達理論の生涯発達図式で示した『モラトリアム(社会的選択の猶予期間)』とは、自分が社会でどんな仕事をしてどのような役割を果たすのかという社会的選択(社会的アイデンティティ確立)を先延ばしして延長することであるが、モラトリアムは現代の青年期の心理やアイデンティティ拡散を理解するための重要なキーワードとなっている。一般的な傾向としては、学校を卒業したらすぐに正規雇用で就職しなければいけないという社会規範は弱まっており、自分の決定的な職業・進路を選択せずに先延ばしするモラトリアムの期間も20代後半~30代へと長期化する傾向を見せている。

社会的経済的自立の発達課題を達成する年代の個人差が大きくなり、『就職・結婚・育児』といったかつては誰もが経験すると考えられていたライフイベントについても、『何歳までにしなければならないという共通の社会規範的な認識』が乏しくなってきている(あるいは正社員にならない・未婚のまま・子どもを持たないという選択の容認)。この職業観や結婚観のモラトリアム化は、『時代・社会風潮の変化』とも相関しているが、モラトリアム状態にある人の中には『無力感・希望の乏しさ・意欲の低さ』の問題を抱えている人も少なくはない。

定職を回避するフリーター志向やモラトリアム継続のニートの心理には、自分自身の未来の勤労状態に希望やビジョンを持てないということや自分の可能性を社会的選択(職業選択)によって限定したくないという『想像的な万能感』が関係していることがあるが、その根底にあるのは『プライベート重視の個人主義的・自由主義的な価値観』である。経済的な必要性に迫られない限り、自分の希望しない仕事やきつくて報酬の少ない仕事はしたくないという社会的選択・義務意識からの退却が起こりやすくなっているという面が指摘されるが、その一方で『若年雇用の減少(景気の持続的な低迷)・雇用の適性や能力におけるミスマッチ』なども深刻な問題になってきている。

就業・労働の持続における困難は『社会参加意欲の低さ・対人関係への苦手意識・他者の喜びや感謝への無関心』などの要因とも相関しているが、こういった社会性や対人関係の発達課題は『児童期~思春期にかけての対人関係・学習課題』と向き合う中で達成されることが多く、その発達時期に友人関係が乏しかったり学習機会が無かったりすると、『自己と他者・社会との適切な相互関係(社会貢献・他者配慮の必要性の認識)』を学びにくくなるという傾向はあるだろう。

アパシーシンドロームの一般的な定義・診断基準

自分探しの自己実現やモラトリアムの長期化の傾向は、リーマンショック(2008年)後の雇用情勢の悪化によって少し落ち着いてきているが、大学生の無気力や職業選択の困難は『一部上場の一流企業・有名企業以外には就職したい会社がない,自分自身がやりたい仕事や職業上の希望について曖昧である』といった形で現れやすくなっている。学業や就職活動に関心・意欲が乏しくなる大学生特有の意欲減退(無気力)の持続を『スチューデントアパシー(student apathy』というが、スチューデントアパシーの状態が長引くと留年や進路未決定といった現実的な問題が起こりやすくなってくる。

学業・就職への意欲や活動性を失って、持続的に無気力・無関心・無感情の心理状態に陥る大学生の『スチューデント・アパシー(アパシー・シンドローム)』の問題を初めて概念化したのはハーバード大学の臨床心理学者P.A.ウォルターズであったが、日本では『退却神経症』の著作でアパシーを取り扱った笠原嘉(かさはら・よみし)がアパシー・シンドロームの特徴を以下のようにまとめている。

アパシー・シンドロームの特徴(笠原嘉,1984)

1.無気力・無関心・無感動があり、生き甲斐・目標・進路の喪失が自覚するだけである。神経症(精神障害)のように、不安・焦燥・抑うつ・苦悶・自責など自我異質的な体験を持たず、自発的な相談の来談動機に欠ける。

2.客観的行動は世界からの『退却・逃避』と表現される。苦痛な体験を内側に症状として形成することが殆どなく、もっぱら外に向けて行動化する。無気力・退却・裏切りといった陰性の行動化。

3.予期される敗北と屈辱からの回避として、本業(学業)からの退却が中心。

4.病前はむしろ適応が良すぎるほどの人である。しかし広い意味で強迫パーソナリティ(黒と白の二分法の完全主義・攻撃性と精力性の欠如が共通)

5.治療は成熟を促すための精神療法となるが、アイデンティティ形成の困難、心理社会的モラトリアムの不可欠さを十分理解する必要がある。(治療へのモチベーションがないことが最大の問題点)

6.症状と経過から少なくとも二類型を考えることができる。

(1)退却が軽度かつ短期で、ほとんど自力で回復してくるタイプ。

(2)ボーダーライン群と称するもので、一過的に対人恐怖、軽うつ、軽躁、混迷状態、関係被害妄想を呈する。(統合失調症への移行例はない)

7.いわゆる登校拒否症(現在の不登校)の中に、この病態の若年型を見出し得る。鑑別を必要とする類型としてはうつ状態と分裂気質(統合失調質)とがある。典型例においては鑑別は容易であるが、時に困難なケースで出会う。

アパシーの性格特性としては、自分がどういった存在であるかが分からない自己不確実感がありストレス耐性の低さがあるので、小さな失敗や苦痛をきっかけとして社会的行動(仕事・学業)からの退却が起こりやすい。元々は学業優秀で秀才としてのアイデンティティを築いていた人が多いがその途中で学業・進学・就職などで挫折を経験して、自分に対する自信や将来の進路の方向性を見失ってしまったような『思春期挫折症候群』のケースが少なからずある。

勉強が人並み以上にできるということで優位者としてのアイデンティティを持っていたが、その秀才アイデンティティが学歴競争・就職活動の挫折で崩れてしまった時に、『自分の自尊心が傷つく場』からの選択的退却(回避)としてアパシーシンドロームが発症しやすいと言える。何ものかに守られて精神的に安定するという母性依存性や成熟拒否傾向が見られ、社会的選択(職業選択)を強制されるような状況では、追い詰められて感情的反発や強迫症状の発生が見られることもある。臨床心理学者の下山晴彦は、アパシーを形成する人格構造の過度の特異的な偏りの症例を観察して、アパシー性パーソナリティ障害の診断基準を独自に作っている。

アパシー性パーソナリティ障害(Apathy Personality Disorder)の診断基準

A.心理的にはアパシー(無気力)状態にあるにも関わらず、表面的な適応にこだわり続ける広範な様式で、青年期中期から成人期にわたる広い範囲の年代で始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち、5つ以上の該当によって示される。

1.適応を期待する他者の気持ちを先取りした受動的な生活史が見られる。

2.適応的で自立している自己像への自己愛的な固執が見られる。

3.他者から不適応を批判・非難されることに対して、強い恐怖心や警戒心を持つ。

4.不適応があからさまになる場面を選択的に回避する。

5.不適応状況に関する事実経過を認めても、その深刻さを否認する。

6.不適応場面において、言動一致、一過性の精神症状、ひきこもりなどの分裂した行動を示す。

7.自己の内的欲求が乏しく、自分のやりたいことを意識できない。

8.感情体験が希薄で、生命感や現実感の欠如が見られる。

9.時間的展望がなく、その場しのぎの生活をしている。

B.統合失調症、気分障害、その他の精神病性障害の経過中にのみ起こるものではない。
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