グッドイナフ人物画知能検査(DAM)

子どもの描画行動の発達過程

心理アセスメントは、クライアントの心理状態や生活状況・精神病理を的確に知るために実施されるが、心理アセスメントの目的を達成するための有効な手段として各種の「心理テスト(心理検査)」がある。心理テストには、知能水準を相対的に測定するための「知能検査」と性格傾向や人格特性を理解するための「性格検査(人格検査)」があるが、ここで解説するグッドイナフ人物画知能検査(Goodenough draw-a-man intelligence test)は描画法の知能検査という珍しい検査である。グッドイナフ人物画知能検査は、F.L.グッドイナフ(F.L.Goodenough)の研究成果を踏まえて開発された知能テストで、子どもの描画内容をマニュアル的に採点することによって知能の発達水準を推測するものである。

日本では、1944年に桐原善雄によってグッドイナフ人物画知能検査が標準化され、1977年には更に小林重雄の手によって効率的な標準化が施されたが、グッドイナフ知能検査は「描かれた絵画」から子どもの深層心理や知的水準を読み取るという投影法的な特性を持っている。幼児期や児童期の子ども達は、風景画や静物画よりも「人物画」を好んで描きやすいので、グッドイナフ人物画知能検査を行う場合に「好きな人物の絵を描いて下さい」と教示すると比較的簡単に絵を描かせることが出来る。幼児の描画行動は、画用紙やノートの上にとりあえず何かを書いてみる、落書きのように殴り書きしてみることから始まるが、一般的な描画行動には「筋肉の発達・運動機能・眼と手の協応(感覚運動協応)・認知機能」が必要になってくる。

幼児の描画行動は「掻画期(殴り書き期, 1歳半~3歳頃)→象徴画期(図式画期, 3歳頃~7歳頃)→写実期(8~9歳頃)」の発達過程を経て、次第に写実的な表現力のある絵画を描く描画能力を身に付けていく。1歳半~2歳半頃の「掻画期(そうがき)」には、特定の対象やテーマを意識した絵画が描かれることはなく、ただ単純でリズミカルな手の動きによってクレヨンやペンでめちゃくちゃな絵が描かれる。描画する範囲も定まっていないので、画用紙やノートからはみ出して落書きのような図形を描くこともあるが、2歳半を過ぎてくると落書きの中にある種の規則性や遊びのようなものが見えてくる。画用紙の上でラインをカーブさせてみたり、直線を何本か並べてみたり、円を一生懸命に描こうとしたりし始めるのである。

「特定の対象」を上手く描けずにむちゃくちゃな直線や図形を描いている「掻画期」の段階を過ぎると、「描きたいと思う対象・現実」を漠然と意識し始め、「象徴的な絵画」を描く「象徴画期(図式画期)」へと入っていく。3~7歳頃に該当する「象徴画期」は、3~5歳頃の「誤った写実期」と5~7歳頃の「知的な写実期」に大きく二分することが出来る。「誤った写実期(3~5歳)」というのは、描く絵画に「幼児の空想的な現実性」「幼児の幻想的な人物像」が投影される段階であり、頭部が異常に大きく描かれたり顔色が赤色や緑色で塗られたり、頭・胴体・手・足の位置関係がバラバラで適当だったりする。「知的な写実期(5~7歳)」というのは、言語的(知的)に理解する現実世界や人間像を「写実的な絵画」として再現しようとする時期であり、頭・胴体・手足の位置関係をしっかりと認識しながら簡単な人物画を描けるようになってくる。

「誤った写実期(3~5歳)」「知的な写実期(5~7歳)」の後には、「写実期(8~9歳)」の発達段階へと成長していき、「特定の対象(人物・動物・風景)」を描くために必要な観察能力(認知機能)と描画技術(微細運動)が発達してくる。自分自身の絵画がどれくらいのレベルにあるのかの自己評価を出来るようになり、客観的な描画技術や絵画表現を高めようとする努力が見られるようになる。9歳以降になると、描画能力の発達水準の個人差は少しずつ大きくなっていき、中学生くらいになると芸術的感性や技術的な表現能力の面で極めて高い能力を見せる人も出てくる。中学生から高校生になると、絵画や描画に対する興味関心の強さも個人によってかなり大きく変化してくるので、絵を日常的に描く人と描かない人の技術レベルの差はより大きく開いてくるだろう。

グッドイナフ人物画知能検査(DAM)

描画法(投影法)の嚆矢となったグッドイナフ人物画知能検査(DAM=Draw A Man)は、1926年にF.L.グッドイナフ(F.L.Goodenough)が開発したもので、その後のJ.バック(J.Buck)HTP(HTPP)テストや家族描画法、動的家族描画法などに大きな影響を与えた。グッドイナフ人物画知能検査の適応年齢は3歳~10歳頃となっている。適応年齢に制限がある理由は、10歳以上になると「心理状態や知覚‐運動機能」を反映した絵画ではなくなり、描画技術や芸術的才能を反映した絵画になってしまうので心理アセスメントのツールとして役立たなくなるからである。実施時間は約5~10分程度となっているので、長い時間と多大な手間がかかる個別式知能検査(ビネー式知能検査・ウェクスラー式知能検査)と比較すると実施しやすいテストと言える。

F.L.グッドイナフが標準化したマニュアル的採点法は非常に簡単なもので、「人物の部分・頭、胴体、手足など部分の比率・全体や部分の明瞭度、明細度」に注目して採点をする。採点項目は「頭・眼・胴・口・毛髪・腕と足の付け方・耳の位置と割合・指の細部」など「50項目」あるので、一つずつチェックして点数をつけていく(満点は50点である)。グッドイナフ人物画知能検査を実施する際にはBやHBの鉛筆を一本子どもに渡して、「今から自分の好きな人物の絵を描いてみましょう。頭から胴体、手足までしっかりと描いてみて下さい」というような教示を与える。男の子を描いても女の子を描いても構わないが、一度描き終わったら、次は初めに描いた絵とは違う性別の人物を描いてもらうようにする。ただし、基本的にグッドイナフ検査では「男性の人物像」を採点対象にするので、初めに男性の人物画を描いた場合にはそこでテストを終了しても良いだろう。

グッドイナフ知能検査では、ビネー式やウェクスラー式の知能検査のように「信頼性・妥当性の高い言語性知能指数(VIQ)」を測定することはできず、基本的に描画行動を介在した「動作性知能指数(PIQ)」を測定するものである。その為、グッドイナフ検査の人物画のみによって幼児の知能発達水準を確実に測定することはできないが、大まかな発達障害児や知的障害児(精神遅滞)、知覚‐運動障害児童のスクリーニング検査として利用することができる。また、グッドイナフ知能検査は、絵を描けるようになった3歳以上の児童であれば楽しみながら受けられるテストなので、検査者(児童臨床家)と幼児(子ども)とのラポール(相互的な信頼関係)構築にも役立てられる。

リラックスした心理状態で子どもに絵を描かせることで、目と手の感覚運動協応や空間認知能力のレベルを確認することができ、身体・衣服・装飾品の一般知識の絵画化を促すことが出来る。幼児の基本的な知覚・認知・運動機能を確認しながら、運動機能障害の有無や知的障害・発達障害の可能性などを査定することが出来るので、グッドイナフ知能検査は、子どもの発達スクリーニング検査として有用性と簡便性に優れているといえる。子どもの知能の発達水準をより的確に検査したい場合には、言語性知能(VIQ)を測定できるウェクスラー式知能検査やビネー式知能検査とテスト・バッテリーを組むと良い。

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