HTPテスト・バウムテスト

HTPテストとHTPPテスト

描画法の画期的な知能検査として「グッドイナフ人物画知能検査」が生まれたが、J.N.バック(J.N.Buck)が1948年に開発した「HTPテスト(House-Tree-Person Test, 家屋‐樹木‐人物画法テスト)」は投影法(projective method)の人格検査(personality test)である。J.N.バックは1937年に9歳の少女の心理臨床を担当したが、その時に少女が描いた絵を元に治療的な対話を交わすという貴重な体験をし、「描画行為」を精神療法や心理アセスメントに何とか応用できないかと考えた。

初めはテーマを決めずに自由に絵画を描かせていたが、複数のクライアントの絵を比較検討して評価(査定)する必要性から「家(House)・樹木(Tree)・人物(Person)」を被検者に描かせることにした。バックの実施法ではそれぞれ別の用紙に「家(House)・樹木(Tree)・人物(Person)」を描かせていたが、日本でHTPテストを実施する場合には一枚の用紙の中に全ての対象を描かせることも少なくない。

HTPテストの標準的な実施法では「家→樹木→人物」の順番で被検者に描かせ、その後に「被検者の描いた絵」を元にして質問や会話をして「被検者の言語表現・自由連想」を引き出していくことになる。投影法の一つである描画は飽くまで非言語的なコミュニケーション手段に過ぎないので、絵を描き終わった後には被検者の口から絵についての説明や感想、絵に込められた感情や欲求、不安などを共感的に聴取していかなければならない。HTPテストでは絵に対する質問項目を60項目にまとめていて、その質問項目のことを「PDI(Post Drawing Interrogation)」と呼ぶ。バックは鉛筆でHTPテストの絵画を描かせて、PDIを用いた質問をして被検者の意見や感想を聞いた後に、もう一度カラフルな8色以上のクレヨンを使って「家・樹木・人物」の絵を描かせるようにしていた。8色以上のクレヨンを用いて絵を描いた後にも、もう一度PDIを用いて人格検査の参考になる質問をしていくのである。

描画法の人格検査(パーソナリティ・テスト)には、HTP以外にも中井久夫が1969年に開発した箱庭療法をヒントにした「風景構成法」W.C.ハルスが1952年に考案した「家族画法」R.C.バーンズS.H.カウフマンが1952年に考えた「動的家族画法(KFD)」などがある。描画法の心理アセスメントの目的は、作成された絵を通して「被検者の人格構造・精神機能・発達状況・精神病理・心理力動・家族関係」をより良く理解することである。そして、心理アセスメントの結果の解釈を踏まえて、クライアントの可能性と利益を増進するような心理学的援助や特殊支援教育につなげていかなければならない。HTPテストは個別検査としても集団検査としても応用が可能であり、投影法としてのHTPテストは、MMPI(ミネソタ多面人格目録)やTAT(主題統覚検査)よりも深い人格構造や無意識内容を測定できると考えられている。

日本では、高橋雅春がHTPテストを改良したHTPPテスト(House-Tree-Person-Person Test)を考案しているが、HTPPテストでは「家→樹木→人物→その人物と反対の性別の人物」を順番に描くように被検者に教示を与える。HTPテストやHTPPテストの教示では「出来るだけ上手に家(木・人物)を描いてください。時間制限はありませんからゆっくりと描いてください」といった教示を与えることになっている。HTPテストは「言語化が困難な心的過程や内面世界」を絵画を通して非言語的に伝達させようとするものであり、「感情・欲求・葛藤を言語化するのが苦手なクライアント」「無意識領域への抑圧や否認の防衛があるクライアント」に適した人格検査である。

スイスの精神科医ヘルマン・ロールシャッハ(Hermann Rorschach, 1884-1922)が開発したロールシャッハ・テストとHTPテストを比較すると、HTPテストはロールシャッハよりも曖昧な刺激を用いた「能動的な精神活動を必要とする心理テスト」だと言える。つまり、ロールシャッハ・テストの場合は検査者から提示された多義的な「インクブロット(インクのしみ)の図版」に対して反応をするだけだが、HTPテストの場合には「家・木・人物の絵を上手に描きなさい」という教示を元にその言語刺激を内的に構造化して能動的に描画作業に取り組んでいく必要があるのである。

HTPテストのような描画テストでは、「被検者が描いた絵」の象徴的・物語的な解釈によって被検者の内面世界を共感的に分析していくことになる。その際に気をつけるべきことはその絵画の象徴性が、「普遍的(歴史的)なメタファー」なのか「個人的(家族的)なメタファー」なのか「病理的(異常性)なメタファー」なのか「文化的(地域的)なメタファー」なのかを判断して区別することである。

被検者の絵画に投影された「無意識的心理内容の鑑別」のためには、臨床心理学や発達心理学の知識だけではなくて、文化人類学や宗教学、哲学、文学伝承、民俗学、民話童謡(昔話・お伽噺)にまつわる広範な見識と理解が求められる。HTPテストは言語機能が未熟なクライアントに対する知能検査としても使えるが、描画テストであるHTPでは正確な知能の発達水準を計測することはできないので、児童や成人の知能検査を行う場合には言語性知能と動作性知能を総合的に測定できるウェクスラー式知能検査(WISC‐ⅢやWAIS‐R)を実施すべきだろう。

被検者の描いた絵の「象徴性の解釈」を行う場合に参考にする理論としてグルンウォルド(Grunwald)の空間図式の理論があり、この理論に基づいて空間を大まかに解釈すると「左上:受動性の領域,右上:生への能動性の領域,左下:幼児期のトラウマへの固着や退行,右下:本能や衝動、葛藤の領域」ということになる。描画テストにおける空間図式は、「自己・他者・世界の認知特性,幼児期の親子関係,無意識的な心理内容,現在の感情や気分の反映」などを象徴するものと考えられている。

ボーランダー(Bolander)の空間図式では、上方ラインが「未来・想像内容」、中央ラインが「現在・情緒内容」、下方ラインが「過去・本能的欲求」を象徴するとされており、用紙の左側は「母性・女性性・受動性・過去」、用紙の右側は「父性・男性性・能動性・未来」を象徴すると仮定されている。図面や絵画の左側を「始まりや過去のイメージ」と見なし、右側を「終わりや未来のイメージ」と見なす解釈は、伝統文化や文明水準に余り影響されない普遍性・客観性の高い解釈とされている。

バウムテスト

バウムテスト(樹木画テスト)は、日本の心理アセスメントで最も使用頻度の高い描画テストの一つであり、その歴史は1920年代後半のスイスの産業カウンセラー、エミール・ジャッカー(Emil Jucker)にまで遡るという。しかし、心理テストとしてのバウムテストを確立して一般の心理臨床活動に普及させたのは、スイスの心理学者カール・コッホ(Karl Koch, 1906-1958)である。コッホが開発したバウムテストの原法の教示では「実のなる木をできるだけ上手に描いて下さい」という教示が為されていたが、日本では「実のなる1本の木を描いて下さい」というような教示も多く用いられている。

バウムテストの最大の特徴は何と言ってもその「実施法の簡便性と迅速性」ですが、バウムテストを巡る実証研究ではまだ明らかになっていない特徴や問題が数多くある。バウムテスト自体の信頼性と妥当性が十分確認されていないということも問題であるが、「バウムテストで描かれる樹木画」が被検者の心理状態や精神病理のどういった部分を反映(投影)しているかが良く分かっていないので「精神疾患や発達障害のアセスメント」としてはまだ使いにくい。クライアントの知能や人格、精神病理をより正確に理解するためにテストバッテリーを組む際には、バウムテストの結果と他の心理テストの結果との相関関係の検証が重要になってくるだろう。

バウムテストのメリットであるテスト実施の簡易性と即時性は、A4の画用紙と鉛筆だけでバウムテストを実施できるところにある。被検者が樹木の描画作業をしている間に、検査者が観察(確認)すべきこととしては、「描画にかかった時間・木を描く順序・消しゴムで消した箇所・被検者の態度や情緒の変化」などがある。被検者が樹木の絵を描き終わった後には、上記のHTPテストと同様に「描いた樹木の絵」に対する感想や意見をしっかりと聴いてクライアント分析の材料にする。バウムテストは精神発達段階や固着‐退行段階を推測するための「発達検査」としての側面も持っているが、一本線だけで描かれた貧相な幹の場合には精神の退行を認めることが出来る。

バウムテストでチェックする検査項目は非常に多くて複雑なのだが、代表的なチェックポイントを上げると「幹の線描写と先端の閉じ方・枝の線描写と先端の閉じ方・葉・実・花・線の交わり方」などがある。空間図式の象徴性の解釈については、基本的にHTPテストと同じであり、グルンウォルド(Grunwald)の空間図式の理論などが参考となるだろう。「左上:受動性の領域,右上:生への能動性の領域,左下:幼児期のトラウマへの固着や退行,右下:本能や衝動、葛藤の領域」ということになるが、バウムテストの場合には線描写や実・花・葉などの解釈も重要になってくるので、一概にグルンウォルドの図式だけで樹木画の意味を解釈し尽くせるわけではない。用紙の左側は「母性・女性性・受動性・過去」、用紙の右側は「父性・男性性・能動性・未来」を象徴するというのはバウムテストに限らずほとんどの描画テストで成り立つが、検査者は「時間軸+被検者の言語的表出+現実の家族関係」を参照して多元的な解釈を心がけなければならない。

バウムテストには複数の樹木を描かせるような特殊技法もあり、精神病理の病態水準の推測のような複雑な観念的解釈もあるが、バウムテストは原則として診断的面接の補助的心理検査として用いられるもので、バウムテスト単独で確定的な精神医学的診断や発達障害の有無を判定することは出来ない。出来るだけ正確な精神疾患や発達障害(発達遅滞)のアセスメントをしたい場合には、観察法・面接法と複数の心理テストを上手く組み合わせて効果的で被検者に負担の少ないテストバッテリーを組むべきであろう。

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