犯罪心理学の犯罪原因論1:生物学的要因・精神障害の要因

このウェブページでは、『犯罪心理学の犯罪原因論1:生物学的要因・精神障害の要因』の用語解説をしています。

犯罪の原因としての生物学的要因の仮説

犯罪の原因としての精神障害の要因の仮説


犯罪の原因としての生物学的要因の仮説

犯罪心理学では、人間がなぜ犯罪(違法行為)や他者に対する加害行為を行ってしまうのかという犯罪の原因・要因を考えるが、こういった犯罪の原因について多面的かつ実証的に考える理論の分野を『犯罪原因論』と呼んでいる。犯罪の原因は複雑かつ多岐に及んでおり、『精神状態(脳の状態)が悪ければ犯罪を犯す・家庭環境が悪ければ犯罪を犯す・学校教育に適応できなければ犯罪を犯す』というように“1対1の単純な因果関係”を想定することはできない。

同じような似た環境要因やストレス状況があっても、犯罪を犯すAという人もいれば、犯罪を犯さないBという人もいるというのが現実であるが、突き詰めて考えればAとBが置かれている環境・状態・人間関係がどれくらい類似しているかを特定するのは難しい。また自分が置かれている状況や人間関係を、どのように認識して解釈しているのかという『認知プロセス』が、その人の感情・行動選択(犯罪をするかしないか)に与える影響が大きいと考えられている。

アメリカの心理学者ウォルターズは、犯罪の原因や仕組みを研究する時には、『人間の要因・環境の変数・人間と環境の相互作用・人間の選択過程』のそれぞれを考慮した上で、犯罪原因の仮説を構築・検証しなければならないと述べている。犯罪心理学において、個人の犯罪行動の原因を初めて科学的に分析しようとしたのは、イタリアの法医学者であるチェザーレ・ロンブローゾ(Cesare Lombroso, 1836-1909)であった。

チェザーレ・ロンブローゾは、犯罪者(受刑者)の身体的特徴を細かく測定することで、犯罪者に特有の身体的・生物学的特徴を明らかにしようとした人物である。ロンブローゾの生物学的要因に着目した犯罪原因論の仮説は、犯罪者は人類学・進化論における『生物学的な変種』であり、生まれながらに犯罪を犯すような宿命・本能を背負っているという前提を持っていた。この仮説を、『生来性犯罪者説』という。

ロンブローゾの構想した人類の身体的・遺伝的特徴を重要視する犯罪学は『犯罪人類学』と呼ばれたが、現在ではこの理論の科学的根拠は概ね否定されている。ロンブローゾの指摘した生来的犯罪者の生物学的要因はエビデンス・ベースドではないのだが、現代においても『容貌の悪さ・異常性』『知能の低さ言語能力の低さ』などが、犯罪を起こしやすい人の特徴(犯罪を起こした事に納得できる要因)として認識されやすいという偏見・差別は根深く残っている。

チェザーレ・ロンブローゾは、犯罪者はその身体的・精神的特徴を見ることによって一般人と識別することができると主張し、犯罪者というのは文明人から野蛮人へ『先祖返り(退化)』を起こした特異な人間(サルに先祖返りしたような身体的特徴を持つ人間)であるとした。ロンブローゾが上げた生来的犯罪者に多い身体的特徴と精神的特徴というのは、以下のようなものである。

身体的特徴

厚い頭蓋骨と容積の小さな脳

狭い額

大きな顎

大きな耳

異常な歯並び

長い腕

鷲鼻

精神的特徴

道徳性・良心の欠如

残酷性・冷淡性

衝動性・粗暴性

怠惰

知能の低さ

感覚の鈍さ

犯罪者の生物学的要因(遺伝的要因)を指摘した古典的な心理学者に、犯罪に手を染めやすい劣性遺伝を想定したH.H.ゴダード(H.H.Goddard)『家系研究(犯罪の家族集積性(犯罪者一家の事例研究)』がある。

犯罪者・娼婦・知的障害者が子孫に多く存在していた『カリカック家の追跡的(縦断的)な家系研究』がH.H.ゴダードの仕事として良く知られているが、カリカック家の人々が本当に純粋な遺伝要因だけで宿命的な犯罪行為をしていたとは考えにくく、現在では『貧困・慣習(親からの犯罪の勧め)・教育機会の欠如・劣悪な環境要因』などとの複合要因で犯罪者が出やすくなっていたとする見方が有力である。

犯罪の生物学的要因としては、男性のX染色体が一つ多くなる『XXY染色体(クラインフェルター症候群)』や男性のY染色体が一つ多くなる『XYY染色体』といった染色体異常が犯罪を起こしやすくなる原因と考えられたこともあったが、現在ではその因果関係は否定されている。男性ホルモンのアンドロゲンの分泌量が多いほど攻撃性が高まる、あるいは合成黄体ホルモン(プロゲステロン)』が多いほど攻撃性が高まるといった『性ホルモン仮説』も提起されたが、性ホルモンと犯罪の相関関係は『腕力・攻撃性の強い男性のほうが女性よりも犯罪を犯しやすいという事実』を指摘しただけに留まっている。

日本の犯罪精神医学者の福島章(ふくしまあきら,1936-)は、大脳皮質に目に見えない小さな損傷がある脳微細障害(MBD)やクモ膜嚢胞、ダイオキシン、硫黄酸化物などの環境ホルモン(内分泌攪乱物質)が犯罪のリスクを高めるという仮説を主張している。

長時間にわたってゲームやインターネットに没頭すると、前頭前野の衝動抑制機能が低下して大脳辺縁系の感情を制御できなくなるという森昭雄(もりあきお,1947-)『ゲーム脳仮説』といったものもあるが、これらの『脳の生物学的原因』が犯罪につながる(宿命的に犯罪に駆り立てられる)という仮説は科学的・統計的には十分に実証されていないものである。いずれにしても、脳微細障害があるから犯罪者になるとか、長時間のゲームやネットをしていたら犯罪者になるとかいった、単純な1対1の因果関係を想定することはできず、脳をMRI(核磁気共鳴画像診断)でスキャニングしても、その人が将来犯罪者になるかどうかを確認すること(犯罪の未来予測)などはできない。

犯罪の原因としての精神障害の要因の仮説

猟奇的殺人や連続殺人などの凶悪性・重大性の高い犯罪が起きて、容疑者に『精神科の通院歴・入院歴(統合失調症の診断・治療を受けた医療履歴)』があったことが判明した場合には、世間は『重篤な精神病で異常な精神状態だったからこんなとんでもない事件を起こしたのだ(どうしてそんな危険な精神病患者を入院もさせずに放置していたのだ)』という形の納得や批判をしてしまうことが多い。

精神障害と重大犯罪の相関関係については色々な見方があるが、殺人を実行できる精神状態がいわゆる正常なもの(他者に危害を加えない良識・道徳・自制があるもの)とは言えないという立場を取るなら、猟奇的・非人道的・連続的な殺人犯はそのまま精神障害者(精神異常者)ということになる。

戦争・治安状態・貧窮などの環境要因にも拠るが、法律・道徳が機能する文明社会に生きている大多数の人たちは、『殺人をしても良い』という許可を得られたとしても人を殺せないし、また人を実際に殺してみようとも思わないだろう。だから、利害関係もない他人を残酷に殺傷する犯罪や遺体を過剰に損壊したり(損壊に儀式的な意味づけをしたり)、自己主張的な猟奇犯罪を通して社会・世間を挑発したりする犯罪は、知能水準は正常(優等)であるとしても、精神的・人格的にはアブノーマル(異常)であると見なすことができる。

だが、猟奇的・連続的な殺人犯を全員、判断能力もないほどの精神異常者としてしまっては、刑法39条の『心神喪失者・心神耗弱者』に該当することになって、刑罰を減免しなければならないことになってしまう。そのため、法律的には価値観・趣味嗜好は異常ではあるが、自分がやろうとした犯罪の意味を理解していてそのための準備・計画ができているということで『判断能力・責任能力』についてはあるという見方がされる事が多い。

精神障害者は健常者よりも犯罪を犯しやすいのかという問いには、直接的に答えることは難しい。それは一口に精神障害といっても、統合失調症や双極性障害、うつ病、不安障害、パニック障害など様々な種類とその重症度のレベルがあり、それとは別のカテゴリーである人格障害(パーソナリティ障害)の問題もあるからである。更に、精神鑑定をする司法精神医学の精神科医によって、診断名や病名診断の有無が変わってくることもあるため、『確定診断・責任能力(心神喪失)の判定の曖昧さ』も指摘されることがある。

精神障害(精神疾患)の多くは、犯罪実行のために必要な『攻撃性・衝動性・行動力・他者への関心(関わり行動)』がどちらかといえば低下するので、精神障害者であるからといって一般的な犯罪を犯しやすくなるというのは誤りである。例えば、抑うつ感・億劫感が強まって思考力も行動力も衰えてしまう『うつ病(気分障害)』、他人の前に出ると過度に緊張してしまい不安・恥ずかしさの感情(手の振るえ・発汗など自律神経症状)に襲われる『社会不安障害(対人恐怖症)』などで、健常者よりも犯罪率が高まるとは考えにくい。

犯罪統計的には、全刑法犯検挙人数に占める精神障害者の割合は0.5~1.0%の範囲に収まるとされるが、『精神障害の種類・重症度』と『犯罪の種類』との組み合わせを考慮しない統計的推測には余り意味がない。不安性障害の人が、万引きの窃盗犯になったとしても、漠然とした不安感を感じることとその商品が欲しくて窃盗をしたこととの因果関係はまずないだろう。また、一般の人が犯罪と精神障害の関係としてイメージするのは、『殺人・放火などの重大犯罪との相関関係』であり、端的には重症の統合失調症と殺人・放火などの重大犯罪の発生率とは相関関係があるのかという不安意識の現れである。

殺人犯に占める精神障害者の割合は8~10%程度、放火に占める割合は13~16%程度とされているが、この割合が多いのか少ないかの判断もまた難しい。重大犯罪を犯す精神障害者(心神耗弱・心神喪失の認定を受ける者)は概ね『重症度の高い統合失調症』であるが、法的責任能力がないとは認められない『反社会性パーソナリティー障害』まで含めると上記の割合はもう少し高くなってしまうだろう。

問題の本質を見るためには、『すべての精神疾患(睡眠障害のようなものも)を含めた精神障害者は、重大犯罪を起こしやすいのか?』ではなく『反社会的な妄想・幻覚・暴言の独語・暴力行為などがある重症の統合失調者の精神障害者は、重大犯罪を起こしやすいのか?』という問いに置き換えて考えなければならない。しかし、患者の個人情報の保護やプライバシー権があるので、統合失調症の人で更に反社会的(被害妄想的)な妄想幻覚・暴力暴言のあるような重症の患者が、どれくらいの人数存在するのかの信頼できる統計情報は存在しない。

だが、数千万人単位の健常者が殺人・放火を犯す比率とまともなコミュニケーションが殆ど通じず普段から妄想に基づく暴言・暴力のあるレベルの重症の統合失調症患者(100万人にはとても満たない数の患者)が殺人・放火を犯す比率を比較すれば、後者のほうが高いということは合理的に推測できるとは言えるだろう。パニック障害やうつ病、社会不安障害、自律神経症状、摂食障害、睡眠障害などは、それらの症状が『殺人・放火の動機』を生み出す種類のもの(幻覚・妄想・錯乱・暴力を伴うもの)ではないことから、初めから相関関係を考慮する意味がないとも言える。

重症の統合失調症では、自分が誰かに殺されようとしているとか自分が常に監視されていて誹謗中傷を撒き散らされているとかいった『修正困難な被害妄想・社会不信・他者への対抗心』を持ち、その被害妄想に関係する幻覚が見えたり聞こえたりして、『やられる前にやる(これ以上の悪口や脅しにはもう耐えられない)』という妄想的・衝動的な判断によって犯罪を犯してしまうリスクが高くなってしまう。

犯罪と関係する精神障害としては、アルコールや薬物といった向精神作用を持つ依存性物質が関係する『外因性精神疾患(依存症・嗜癖・中毒)』を考える必要がある。酒類のアルコール依存症や非合法薬物の薬物中毒は『幻覚・妄想を伴う擬似的精神病の精神状態』を作り出すことで、判断力や注意力を低下させたり衝動性・暴力性(理性の抑制が効かない行動)を高めてしまう恐れがあるからである。アルコール依存もその重症度が高くなれば、『アルコール精神病』という特異的な治りにくい精神疾患の発症につながることがあり、病的酩酊が暴力事件や交通死亡事故、性犯罪に発展してしまう事例も多く見られる。

Copyright(C) 2014- Es Discovery All Rights Reserved