フェルソンのルーティン・アクティビティ理論とウィルソン&ケリングの割れ窓理論

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ホットスポットとフェルソンのルーティン・アクティビティ理論

犯罪不安・犯罪発生リスクとウィルソン&ケリングの割れ窓理論


ホットスポットとフェルソンのルーティン・アクティビティ理論

犯罪心理学で犯罪と地理(環境)の相関関係を示す概念に『犯罪分布』がある。GIS(geographic information system:地理情報処理システム)を活用して電子上の地図と犯罪発生地点を結びつけることで、より正確な犯罪分布を反映した『クライムマッピング(犯罪地図・犯罪発生マップの作成)』をすることができるようになった。GIS(geographic information system)とは、ウェブ上(電子上)の地図に特定の地点を定めて書き込んだり、現在地をその地図上で即座に確認することができるシステムであり、GISによって“Googleマップ”などの地図のウェブサービスも可能になったのである。

地域の『クライムマップ(犯罪発生マップ)』を作成すると、犯罪は空間的にランダムに発生したり均等の割合で発生したりしているわけではなく、特定の空間・地点で集中して発生しやすいことが分かる。この犯罪が集中的かつ多発的に発生しやすい地点のことを『ホットスポット(hotspot)』と呼んでいるが、クライムマップでその地域における犯罪多発地点のホットスポットを特定することができれば、効率的に警察力・防犯カメラ・防犯キャンペーンなどを投入することができる。

どうしてホットスポットでは、他の地点よりも多くの犯罪が発生してしまうのだろうか。その疑問に答えようとする理論が、アメリカの犯罪学者であるマーカス・フェルソン(M.Felson)ローレンス・コーエン(L.Cohen)が考案した『ルーティン・アクティビティ理論(routine activity theory)』である。ルーティン・アクティビティ理論は、日本語では『日常活動理論』と呼ばれている。

ルーティン・アクティビティ理論では、犯罪の発生条件として以下の3点を上げているが、この3つの条件が同じ地点で同時に揃った時に犯罪は起こるのである。

1.動機・犯意を持った加害者が存在すること。

2.潜在的な被害者・被害の対象物が存在すること。

3.犯罪を実行しやすい環境(犯罪を抑止する要素がない環境)が存在すること。

誰かからバッグを奪うひったくりをしてやろうと考えている加害者がいても、その周辺にターゲット(標的)にしやすい潜在的な被害者がいなければ、強盗(ひったくり)は実行することができない。周囲に大勢の人がいたり、近くに警察官が立っていたり、監視カメラが多く設置されていたりする環境では、『逮捕されるリスク・顔写真が撮影されるリスク』が高いので、強盗をしようとしている加害者でもその場所では強盗をしないであろう。

ひったくり(強盗)をしようとする加害者が、ターゲットにしやすい女性や高齢者といった潜在的な被害者と遭遇することができ、その地点の周囲に『自分の犯罪を制止できそうな他者・すぐに通報しそうな他者・証拠画像を撮られる監視カメラ』がいなければ、ひったくりが行われる確率は非常に高くなってしまうのである。ホットスポットというのは、犯罪者の日常活動(ルーティン)の繰り返しの中にある場所で、潜在的な被害者(ターゲット)と出会うことができ、更にその犯罪の実行を抑止する力(自然監視・車通り・交番)が殆どないような場所のことなのである。

ホットスポットは『犯罪者・潜在的な被害者・環境特性の組み合わせ』によって常に変化しているので、一日の時間帯や一週間の曜日、季節ごとによって、どこの地点がホットスポットになりやすいのかの条件も変わっているのである。時代・流行による人々のライフスタイルや行動時間の変化によっても、ホットスポットは変化してくるし、現代ではサイバー空間の中でも犯罪に巻き込まれやすいホットスポット(サイトのURL・個別のアプリ)が発生して変化している。ルーティン・アクティビティ理論の功績は、特定の時間と場所で発生する犯罪に、生態学的基礎を与えたということである。

犯罪不安・犯罪発生リスクとウィルソン&ケリングの割れ窓理論

犯罪不安(fear of crime)とは『自分や家族が犯罪の被害に遭うかもしれないという不安』であり、犯罪多発国であるアメリカ・南米などではリアルな実感(身近な人の殺害・負傷・行方不明・銃犯罪などの悲惨な体験)を伴う具体的な不安となっている。

日本における犯罪不安は、リアルで具体的な不安(実際に自分や周囲が凶悪犯罪に巻き込まれた事による経験的根拠のある不安)というよりも、犯罪統計(犯罪白書)とは直接連動しない『マスメディアのセンセーショナルな凶悪事件報道との結びつきが強いもの(情報の拡散・悲観的な想像による主観的な体感治安の悪化)』とも言われる。

犯罪不安は犯罪学(犯罪心理学)だけではなくて、環境心理学・都市開発(都市デザイン)・建築設計(建築デザイン)・社会心理学などの分野でも、『防犯対策・精神的安定(メンタルヘルス)・主観的な安心感・快適なライフスタイル』などの観点から精力的に研究されている問題である。犯罪不安(fear of crime)は、一般に以下の3つの要素から構成されていると言われる。

1.リスク確率の認知……その時間・場所・状況などに対して、犯罪に遭遇する確率がどのくらいあると考えているかという認知。リスク確率の認知が強い人は、『夜間は危ないから外出しない・盛り場はトラブルになるから行かない・恋人(夫婦)など以外の男女二人だけで車に乗る状況は危ないから作らない』といった判断や行動をしがちである。

2.ダメージ(損失)の推測……自分が実際に犯罪の被害に遭ってしまった場合に、どれくらいの心理的ダメージや経済的(物理的)損失を被ることになるかという推測。犯罪のダメージ・損失を大きく見積もっている人は、周囲の状況に注意した用心深い行動を取りやすく、セキュリティシステムを導入するなど防犯のためのコストを惜しまない傾向がある。

3.犯罪に対処する能力の自己評価……実際に犯罪に遭遇した時に、その犯罪から逃れたりダメージ(損失)を受けないように対処できるか、犯罪に対処する自信や能力があるかということに対する自己評価。犯罪者を腕力(格闘術)で撃退できるとか、体格・外見から醸し出される威圧感を意識しているとか、スタンガンや催涙ガスなど強力な防犯グッズを常備しているとか、自分自身が過度に攻撃的・積極的であるとかいう『犯罪を抑止したり逃げ出したりする自信・確信』が強い人は、(実際には危険な犯罪に対処できるかが不明であっても)一般に犯罪不安を感じにくい傾向がある。

犯罪不安には、時間・場所を選ばずにいつでもどこでも発生する『全般的犯罪不安』と特定の時間・場所・状況(シチュエーション)だけで発生する『状況依存的犯罪不安』との区別があるが、全般的犯罪不安はマスメディアが報道する凶悪犯罪や犯罪動向、社会情勢などに影響されて、他人・社会に対する不信感(体感治安の悪化)が強まっている人が陥りやすいタイプの犯罪不安である。

犯罪不安は個人レベルでもコミュニティレベルでも研究されているが、『生態学的アプローチ』を用いるコミュニティ(近隣関係)レベルの犯罪不安研究では、コミュニティにおける犯罪不安の強弱が、実際の犯罪発生率や近隣の人間関係の特徴、社会的統制(規範・罰則の強化)にどのような影響を与えているかを調べている。『心理学的アプローチ』を用いる個人レベルの犯罪不安研究では、上記した『リスク確率の認知が強い人・犯罪のダメージ(損失)を大きめに推測する人・自分に犯罪に対する対処能力がないと思っている人』のほうが有意に犯罪不安が強くなることが確認されている。

犯罪不安を高める環境特性として知られているものには、以下のような場所(環境)があるが、これらの場所は『情動的・本能的な不安+推論的・予測的(文脈的)な不安』を強めやすい場所として理解することができる。

1.人が隠れられる(潜める)場所

2.見通しが利かない場所

3.人気がなくて救援を求められない場所。

4.(鬱蒼とした草藪があったり物陰になっていたりする)暗い場所

5.管理されていない荒れた場所

6.逃げ場がないような場所

7.不良グループ(暴走族)・ホームレス・娼婦・酔漢などが屯しているような場所

管理されていない荒れた場所というのは、『落書き(グラフィティ)の多い場所・ゴミが散乱している場所・建物や窓ガラスが破壊されている場所・不良少年(ギャング)や粗暴者がうろついている場所』などが当てはまる。そして、こういった場所に対して人は、『社会的に望ましくない人(落書き・ゴミの投げ捨て・器物損壊などを平気でする無法者・乱暴者)の存在』や『地域の住民や行政・警察がそういった無法者を統制する力や関心を持たずに放置している状態』を推測・推論してしまうのである。

地域や行政が犯罪者になりかねない無法者を放置しているのだから、その場所で犯罪に遭遇してしまえば、誰も助けてくれず通報もしてくれないという事が合理的に推測されることになる。だから、管理されていない荒れた場所では、必然的に犯罪不安が高まってしまうのだが、こういった落書きやゴミ、悪戯が放置された場所では、実際に犯罪の発生率も有意に高まってしまうことが知られている。

誰も環境の管理・美化に関心や責任を持たず、割れた窓ガラスや捨てられたゴミをそのままにしている荒廃した汚い場所では、犯罪の発生率が高まるというのが、アメリカの社会学者・犯罪学者のジョージ・ケリング(J.Kelling)ジェイムズ・ウィルソン(J.Wilson)が提唱した有名な『割れ窓理論(Broken Windows Theory)』である。

建物の割れた窓ガラスを長期間にわたって放置すると、その建物が誰にも管理されておらず所有権も強く主張されていないというメッセージを、その建物を見る人に対して与えてしまう。建物が誰にも管理されておらず守られていない(建物のガラスや壁を壊しても誰も咎めず賠償も請求されない)と確信した人の中から、『別の窓ガラス』を面白半分(ゲーム感覚)や憂さ晴らし(ストレス解消)で割る人が出てくる。複数の割れた窓ガラスやみすぼらしさが増した建物を見て、更に『この建物の窓ガラスは割っても良いのだ』と判断する無法者が次々現れてくると、最終的にはこの建物の窓ガラスは全て叩き割られて完全な廃墟(無法者が屯するような場所)になってしまうリスクがある。

建物の窓ガラスを全部割ってもまだ、誰にも注意・非難をされず弁償も請求されないと分かると、無法者は更にその周囲にある『管理されていなさそうな構築物・建物』をターゲットにして破壊行為や落書き、ゴミの投機、ビラ貼り、騒音を出す行為(無数の軽犯罪)などをするようになる。そういった他者の感覚や環境の美化、治安の維持(防犯)に配慮しない『無作法性』を放置し続けると、最後には無法者ばかりがその場所に集積するようになり、周辺の環境全体(コミュニティ全体)の治安が著しく悪化してしまうリスクがあるというのが『割れ窓理論』が示唆することなのである。

割れた窓ガラスや落書き、ゴミの投機、ビラ貼り、屯(たむろ)や騒音といった『無作法性』は、その地域の住民や警察が『犯罪に対する反発・対応・取締り(排除)の意思』を持っていないことを示すことになり、更なる無法者や犯罪者を呼び寄せて(誰にも制止されず咎められないことを良いことに)軽犯罪を繰り返させることになってしまう。

地域や建物、設備が荒廃して、犯罪者の数が増え始めると、地域住民は犯罪不安を強めて地域・管理された環境への愛着を失っていき、屋外は危ないからといって外出する頻度を減らして自宅に引きこもりがちになる。その結果、地域のコミュニケーション(顔見知りを増やすあいさつ)やボランティア、環境美化・清掃活動といった『自然監視による防犯力(間接的な犯罪抑止力)』が低下してしまい、実際に犯罪が増えて治安が悪化すると、経済的に余裕のある人からその街を引っ越すようになってしまう(その街がスラム街・犯罪多発地帯としてのスティグマを押される)のである。

割れ窓理論における『割れた一枚の窓ガラス』というのは比喩的表現であり、実際にはこの理論でいう『割れ窓』は『軽犯罪・迷惑行為・環境汚損といった無作法性』のことを表している。社会的に望ましくない無法者・乱暴者がその場所(建物)に集まってくることを許したり、割れ窓・落書き・騒音(バカ騒ぎ)などの軽微な迷惑行為・犯罪行為を見逃したりし続けていると、『この建物や街(コミュニティ)は管理されていない、誰も自分たちの迷惑行為を咎めないという確信』を無法者たちに与えてしまい、更に重大な犯罪を引き寄せて治安を悪化させてしまうということである。

地域の安全や治安を維持して、住民の地域・環境に対する愛着や責任感を強めるための方法としては、地域の環境を住民自身のボランティアで管理したり美化したりすることが何より大切である。更に、各種のイベントや集まり(あいさつの励行)、地域学習(地域史の歴史研究)を通して、『地域コミュニティ(近所づきあい)の連帯・団結』を高めていくことも自然監視の増加に効果がある。

『落書き・割れ窓・ゴミ』といった環境の汚損(無作法性)をできるだけ早く綺麗に片付けたり修復したりすることで、『この街は地域の住民に愛されて守られている街である(地域住民の監視の目線や管理の意思が行き届いているので、簡単に犯罪を犯すことはできない)という防犯に役立つメッセージ』を伝えて、無法者や粗暴者が近寄りにくい街を作りやすくなる。

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