赤ちゃんの聴覚発達と社会的微笑・コミュニケーション

赤ちゃんの聴覚発達と声の選好性・弁別

母子間のコミュニケーションと新生児微笑(社会的微笑)

赤ちゃんの聴覚発達と声の選好性・弁別

赤ちゃんの視覚の発達には約1年の時間が必要になりますが、聴覚の発達は視覚よりもかなり早いスピードで進みます。母胎内にいる『胎児期』には、外界の光が入ってこないため、胎児の目は見えない状態にありますが、聴覚を司る耳に関しては妊娠20週頃から発達を始めています。妊娠20週目以降には、『耳の内部の器官(内耳・聴覚細胞・大脳皮質の聴覚野)』も形成され始めるので、母胎内の羊水の動く音や母胎の外の話し声・物音などもうっすらと曖昧な音で聴いていると考えられます。

お母さんのお腹の中にいる胎児の『耳』が聴こえているという合理的根拠としては、母胎外で大きな声・音を出すと、胎児が驚いてバタバタと手足を動かし始めるということがあります。それ以外にも、母胎内にいる胎児期に聴いていた『母親の声』を、『母親以外の声』よりも選好して好むということから胎児の耳が聴こえていることが分かります。モーツァルトやシューベルトなどクラシック音楽を胎児に聴かせると、知能の発達が良くなるとか心理状態が安定するとかいう『胎教』の理論もありますが、クラシック音楽を聴かせていた胎児のほうが、出産後の知能発達や最終学歴が良くなるという実証的根拠はありません。しかし、母親の声や落ち着いたメロディのクラシック音楽を聴くことで、胎児の情緒や気分が安定しやすいという傾向はあると考えられています。

産まれたばかりの新生児・乳児には、特定の声や音をより好むという『聴覚的選好性』が確認されていますが、その聴覚的な選好性を確認するための実験方法は以下のようなシンプルなものです。乳児におしゃぶりを吸わせて、ヘッドホンで色々な音源・音声を聴かせていき、どの音・声の時に吸啜行動(きゅうてつこうどう)が増えるのかを調べる実験を行いました。乳児の頭の左右の側にスピーカーを設置して、どの音・声の方向に頭を向けるかを調べる実験もあります。そういった乳児の聴覚実験の結果、乳児は次のような音声をより選好して好むということが分かっています。

赤ちゃんが選好する言葉の特徴は、母親が自分の赤ちゃんに向かって話しかける時の『母親語(マザリーズ)』の特徴を持っています。更に、乳児は産まれて間もない時期から、母親と母親以外の声を聴き分け、母語と外国語を聴き分けるだけの『聴覚的弁別能力』を持っているとされる。母胎内にいる胎児期には『明瞭ではっきりした音声』を聴く事はできないので、なぜ新生児(乳児)がこういった聴覚的弁別能力を持っているかには幾つかの仮説があります。基本的には、『母親が胎児・赤ちゃんに話しかける声』を聴いて、『母親の言語・発声』に特有のパターンやリズム、イントネーションを無意識的に学習していると推測されています。産後すぐの新生児に、こういった聴覚的弁別能力があることは、人間の赤ちゃんが『生得的な言語学習の基盤(N.チョムスキーのいう生成文法のような基盤)』を備えている事を示しています。

生後6ヶ月頃になると、『マンマ・ネンネ・ワンワン』などの幼児向けの育児語に対する選好が強まってきます。『育児語に特徴的な音節構造』を持つ言葉とそうでない言葉を、乳児に聴かせる実験では、生後4~6ヶ月頃までは2つの言葉を聴こうとする時間にほとんど差が無かったものの、生後8~10ヶ月頃になると、明らかに幼児向けの育児語の音節構造を持つ言葉のほうを好んで長く聴くようになります。

母子間のコミュニケーションと新生児微笑(社会的微笑)

お母さんと赤ちゃんの間のコミュニケーションは、意味のある言葉のやり取りを用いない『非言語的コミュニケーション』として行われますが、お母さんの呼びかけやスキンシップに対して赤ちゃんが何らかの反応や運動を返すことで、双方向的なコミュニケーションの実感が生まれる事になります。母親が赤ちゃんに対して名前を呼びかけたり身体に触れたりすると、赤ちゃんは声を出したり身体を動かしたり、表情を変えたりして反応を返しますが、こういった『母親の働きかけ・呼びかけ』を促進するような赤ちゃんの反応・行動のことを『エントレインメント(引き込み現象)』と呼びます。

母子間の相互的コミュニケーションは、赤ちゃんのエントレインメントによって深まっていく事になり、赤ちゃんの泣きや発声、表情に対して母親がタイミング良く反応することで、赤ちゃんは泣き止んだり満足感・安心感を感じたりするようになります。更に、生まれたばかりの新生児には『生得的な反射・反応』として、大人の顔の動きを模倣するという能力があり、メルツォフとムーアの実験(Meltzoff & Moore, 1977)によって確認された『新生児模倣』の能力は、赤ちゃんがそれまで思われていたよりも能力があり観察力があることを示しています。新生児模倣では、大人(親)の口を開いたり舌を出したりする動作を、毎回ではなく時々模倣する程度なのですが、この模倣は『意図的・意識的』なものではなく『生得的・反射的(自動的)』なものだと考えられています。

新生児が大人の顔の動きを有意に真似するという新生児模倣の現象は、生後3ヶ月以上になると、知らない人よりも母親の顔の動きを真似しやすくなり、母親から抱かれている状態のほうが真似しやすくなりますが、この変化は『母親を弁別する視覚の発達』『スキンシップの要求の強化』と関係しています。新生児には人を見ると可愛く微笑みかけるという『新生児微笑』が見られるのですが、この新生児微笑にも相手を問わず反射的・機械的に笑いかける『生理的微笑(0歳~2ヶ月頃))』と、相手を弁別した上で自分と馴染みの深い母親・父親などに対して頻繁に笑いかける『社会的微笑(2~3ヶ月目以降)』とがあります。

赤ちゃんは母親のお腹の中にいる胎児期後期から大脳皮質が少しずつ発達してきて、脳がある程度覚醒していて身体が眠っているという『レム睡眠(浅い眠り)』を取るようになってきますが、生得的な生理的微笑(自発的微笑)のほうは、レム睡眠の時に起こりやすくなります。生理的微笑は、おもちゃの音や顔の動き、スキンシップの触覚などによっても誘発されやすく、必ずしも人に対してだけ選択的に向けられる笑顔ではありません。しかし母親や周囲にいる大人は、生理的微笑を『赤ちゃんからのメッセージ・働きかけ』として解釈してくれやすいので、赤ちゃんが反射的であれ笑いかけることで、親や大人が積極的に世話をしたり守ってくれやすくなるのです。

生後3ヶ月目頃になると、母親と母親以外の人を見分けたり、知っている人と知らない人を弁別したりできるようになってくるので、相手を選んで笑いかけるという『社会的微笑』が見られるようになってきます。新生児の社会的微笑は、特定の馴染みのある相手を弁別して笑いかけるという『社会的関係性の起点』でもあり、赤ちゃんから笑いかけられた親や大人が積極的な応答・世話をすることで、相互的コミュニケーションの親密さもまた深まっていくことになります。

乳幼児の聴覚の発達や新生児微笑の影響力については、ブログで書いた『赤ちゃん(新生児)の視覚・聴覚の発達とヒトの乳幼児期の特殊性:1』『赤ちゃん(新生児)の視覚・聴覚の発達とヒトの乳幼児期の特殊性:2』の記事も参考にしてみて下さい。

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