母子間の愛着形成と赤ちゃんの情動表出・情動理解

母子間の愛着(アタッチメント)の形成と広がり

赤ちゃんの情動表出と情動理解

母子間の愛着(アタッチメント)の形成と広がり

赤ちゃんの社会的微笑は、他者(母親)との人間関係の始まりや社会性の萌芽を示唆していますが、生後2~3ヶ月目で社会的微笑が見られる時期になってくると、乳児は母親との間に『愛着(アタッチメント)』を形成し始めます。アタッチメント(attachment)という概念を考案したのは、イギリスの精神科医のジョン・ボウルビー(John Bowlby, 1907-1990)ですが、アタッチメントとは特定の相手(母親)との親密さを持つ情緒的な絆・つながりのことです。人間の赤ちゃんは生まれてすぐに、『将来の母子間のアタッチメント形成』に役立つ生得的な機能・反射を持っています。人間の顔に対して『視覚的選好』を持ち、人間の声に対して『聴覚的選好』を持っているだけでなく、他人の顔の動きを真似する『新生児模倣』や他人に対して笑いかける『新生児微笑』といった特徴的な機能を備えています。

生後3ヶ月頃にまで成長してくると、周囲で自分の面倒を見て優しく接してくれる母親・父親(養育者)に対して、特に『選好的な注意・笑顔・反応』を見せるようになり、親もその乳児の選好的な態度・反応を喜んで、積極的な応答行動を返していくようになるのです。赤ちゃんが泣き叫べば近くに駆け寄って、ミルク・食事を与えたりオムツを交換して上げたりするし、赤ちゃんが微笑みかけてくれば親(大人)も笑顔を返すわけですが、こういった相互の呼びかけに対する情緒的な応答を繰り返しながら、母子間・親子間のアタッチメントが形成されて強化されていきます。ジョン・ボウルビーの『愛着理論』では、愛着形成の発達過程は、以下のようになっています。

人間の赤ちゃんは1歳の頃から、飛躍的に『運動能力・移動能力』を発達させ始めますが、ハイハイをして立って歩き始めると、今までに見たことのない『新奇な他者・モノ・状況』に遭遇することになります。乳幼児は今まで体験したことのない新奇な相手や事象に向き合う事で、『興奮・喜び・面白さ(正の感情)』を感じたり、『不安・恐怖・孤独(負の感情)』を感じたりすることになりますが、母子間に愛着(アタッチメント)が形成されていれば、不安や恐怖を感じた乳幼児はお母さんを心理的活力を補給する『安全基地(セキュア・ベース)』として活用することで、その不安な気持ちを和らげます。

子どもが愛着を形成している母親(父親)は、新奇な状況やコミュニケーションで生じた不安や恐怖、孤独を癒してくれる『安全基地』として機能することになりますが、不安になった時に帰って慰めて貰うことができる安全基地があることで、子どもはより積極的に外部世界に対する『探索行動』を行うことができるようになります。安全基地として機能する母親・父親は、不安や孤独を感じている子どもを励ましたり慰めたりするだけでなく、間違った行為(悪い行為)をした子どもを叱ったり指導する役割も持っており、こういった『探索行動の強化・社会規範の内面化』を通して、子どもは自律性・社会適応性(感情制御能力)を高めていくことになります。

乳幼児期~児童期の母子関係の発達過程では、不安感や孤独感を和らげるための『愛着行動(安心・依存)』と新奇な人間関係や社会状況に積極的にチャレンジして学習経験を積み重ねていく『探索行動(自律・学習)』とのバランスを取ることが大きな課題になります。愛着の形成プロセスは『母子間の二者関係』から始まることが多いのですが、その後、子どもの人間関係や行動範囲が広がってくるにつれて『父親・祖父母・兄弟姉妹』へと愛着の対象は自然に増大していき、更には『友達・仲間・異性・社会集団』などへと適応的な愛着(社会的関係性)が拡大していくことになるのです。

安定した安心できる愛着を形成する意義は、発達早期の重要な心理的課題である『基本的信頼感の獲得』にありますが、積極的な探索行動ができる性格基盤(生活基盤)が培われることで、子どもの人間関係が広がって現実社会に対する前向きな認知を持ちやすくなります。母親との間に愛着が形成されない『母性剥奪(マザー・ディプリベンション)』やルネ・スピッツが指摘した児童養護施設(乳児院)で発生しやすい『施設症候群(ホスピタリズム)』の問題もありますが、こういった愛着形成障害が起こると、心身の発達・成長が阻害されたり、情緒不安定で生活環境への適応性が低下したりする事もあります。

両親から愛情や保護、支援を与えてもらえないアダルトチルドレンのような成育環境が持続すると、親しい友人関係を築けなくなったり、慢性的な抑うつ感・空虚感に襲われやすくなったり、学校の勉強や自分の進路選択に集中できなくなったりといった各種の問題が発生してくることもあります。愛着(アタッチメント)に関係した乳幼児の精神発達過程については、ブログの『早期母子関係の発達プロセスと“愛着行動・探索行動”のバランス:ハーローの代理母実験』の記事も参考にしてみて下さい。

赤ちゃんの情動表出と情動理解

古典的な精神分析や発達心理学では、赤ちゃん(新生児)の情動機能は『快・不快』の大まかな二種類にしか分化していないという『二元論』で説明されていましたが、現在では発達早期の相当に早い段階から、喜怒哀楽の大まかな感情の分化が起こっていると考えられるように変わってきています。赤ちゃんは『新生児模倣・新生児微笑』といった半ば本能的・生得的な能力によって、大人(親)に情動的な働きかけをしますが、大人がその働きかけを敏感に認知することで、赤ちゃんと親の間に情動的交流の実際的な効果が生まれると考えられています。

赤ちゃんが親の養育行動やスキンシップを引き起こすための特徴的な情動表出として、『泣くこと・泣き』がありますが、赤ちゃんが泣いて親を呼んで世話を求める情動的な働きかけは『エントレインメント(引き込み行動・巻き込み現象)』と呼ばれたりもします。エントレインメントとしての『泣きの情動表出』は、赤ちゃん(新生児)の不快感・不満感・空腹感によって引き起こされるわけですが、赤ちゃんの泣き声を聴いている親の側にも感情的共鳴が起こって、赤ちゃんと同じように『不快感・緊張感』が高まりやすくなります。赤ちゃんが泣くことによって、親(養育者)は『赤ちゃんの不満・空腹を改善して上げたいという利他的欲求』だけでなく『泣きによって生じる自分の不快感・苦痛を無くしたいという利己的欲求』が生じるわけですが、そういった双方向的な情動のやり取りによって、養育行動が刺激され親子関係の情的基盤が築かれていくのです。

母親が怒っている声や表情を出したり、喜んでいる声や表情を出したりすると、生後3ヶ月程度の乳児でも新生児模倣によってその声質・表情を真似しようとしますが、『乳児にも喜怒哀楽に近い情動の分化が見られる』という時には、赤ちゃん自身が喜怒哀楽を分別して表現しているというよりも、母親に対する情動的反応を返しているといった方が正確かもしれません。お母さんが赤ちゃんを笑顔であやして遊んであげている時に、急に笑顔を出さなくなって声も掛けなくなると、赤ちゃんは声を出したり身体をねじったりしてぐずつき始めますが、これもお母さんに『もっと笑顔を見せて、声を掛けて欲しい』という情動的な欲求の代理表現になっています。

赤ちゃん(乳児)の他者(母親)に対する情動理解では、赤ちゃんは生後2~3ヶ月目くらいになると、お母さんが笑って喜んでいるのか怒っているのかなどの情動を『表情・声のトーン・雰囲気』などから区別できるようになり、お母さんが笑って喜んでいるほうが赤ちゃんも笑顔を返してくれやすくなります。こういった産まれて間もない乳児の『情動表出・情動理解』の基盤には、生得的な視覚・聴覚の選好性だったり新生児模倣・新生児微笑の能力だったりが関係しているわけですが、それ以上に重要なのは乳児の情動表出に対してそれに見合った反応を返してくれる母親(父親)の存在です。赤ちゃんの情動表出や発声に対して、適切な感情的反応(笑い返し・スキンシップ・声かけ)を返してくれるという『応答的な成育環境』があることによって、赤ちゃんの他者・周辺環境に関わっていこうとする意欲がより強まっていくのです。

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