発達心理学における性格と気質:ニューヨーク縦断研究

生得的な気質の個人差と性格形成

子どもの気質を調べたニューヨーク縦断研究

発達心理学のコンテンツ

生得的な気質の個人差と性格形成

性格心理学や発達心理学では、個人の性格構造を『遺伝・体質・気質・性格・人格=パーソナリティ』に分類して考えるが、性格・人格のように後者になるほど『後天的・環境的な要因の影響』が強くなり、更に柔軟に変化する可塑性(学習・経験で変化する可能性)も大きくなる。DNA(デオキシリボ核酸)の遺伝子情報によって規定される先天的な『遺伝(heredity)』は最も生得的・先天的な影響が強いものであり、その遺伝によって規定される割合が大きな『体質(constitution)』というのも事後的な学習・経験によって変化させる事が難しいものである。

『体質』とは、生まれながらに身体の形態や機能として備わっている全体論的な性状・傾向であり、この体質を元にして作られる生得的な行動・感情パターン(生まれながらのその人らしさを示す行動・感情の傾向性)のことを『気質(temperament)』と呼んでいる。『気質(temperament)』は生まれてすぐの乳幼児の時期から、その子どもの怒りっぽさや冷静さ、刺激に対する敏感さや鈍感さ、人に対する社交性や不安感、行動の活発性や非活発性といった形で認識される事が多いものである。そのため、気質は子どもの性格形成や行動発達における『生まれながらの個人差(個人特性)』を説明する概念になっており、古代ギリシアのヒポクラテスや古代ローマのガレノスも人間の気質分類について『四大体液説』を提起していた。

ヒポクラテスの体液理論やガレノスの体液病理学に拠れば、人間の体内を流れている体液の相対的な割合の違いで『多血質・胆汁質・黒胆汁質・粘液質』という気質の分類(タイプ)が生まれ、更に『循環性(躁鬱的な気分が浮き沈みする傾向)・分裂性(統合失調的な奇異な傾向)・粘着性(固執的でこだわりが強いてんかんの傾向)』という気質の分類をする事もできるとされる。しかし、古代ギリシア・ローマの時代の『主観的・伝承的な大雑把な気質理論』であり、体液理論では科学的エビデンスや臨床的な有効性などは当然保たれていない。この四大体液説の基本的な気質類型は、ドイツの精神科医エルンスト・クレッチマー“細長型(統合失調気質)・肥満型(躁うつ気質)・闘士型(てんかん気質)”の体型と気質の結びつきの分類をした『体型性格理論』にも影響を与えている。

『性格(character)』は、先天的要素の多い気質(temperament)と比較すると、“親子関係・しつけ・学校教育・友達関係・重要な体験・読書や思想・経済状況・知識教養”などの『後天的な環境要因』が大きく影響している思考・感情・行動・人間関係のパターンの事である。

性格心理学では人間の性格構造のうちで、先天的(生得的)な遺伝・体質要因が大きく関係している個人特性を『気質』、後天的(学習的)な環境・経験要因が大きく関係している個人特性を『性格』と分類しているが、更に性格に道徳的あるいは全体論的な評価や特徴を付け加えた『人格・パーソナリティ(personality)』という概念を用いる事もある。2012年現在では、古典的精神分析における『異常性格(性格障害)』や少し前に用いられた『人格障害』の病理的概念は余り用いられなくなっており、『パーソナリティ障害』という意味的に中立な概念が用いられている。そのため、『性格』と『人格・パーソナリティ』はほぼ同じ意味で用いられる事も多い。

性格心理学の性格形成理論は、19世紀には遺伝によって性格のほぼ全てが決定されるという『生物学主義(遺伝子決定論)』が主流だったが、20世紀半ばまではジョン・ワトソンやB.F.スキナーらを代表とする行動主義心理学(行動科学)の影響で、親の養育行動(感情表現・育て方)や学校の教育活動(学習)によって子どもの性格が形成されるという『環境決定論』が有力になった。

しかし、現在では性格傾向に与える遺伝的要因の大きさだけではなく、親子関係や親の養育行動が与える環境的要因の大きさが認められるように、生得的要因と後天的要因が相互に積み重なって性格を形成するという『輻輳説』が支持されている。性格形成プロセスにおける“親子関係・親の養育行動の要因”についても、『親から子への影響+子から親への影響』という双方向性が重視されるようになってきている。“遺伝要因と環境要因によって形成される人間の性格傾向:性格理解のための『類型論』と『特性論』 ”““家庭・育児の環境要因”は個人の性格形成や知能発達にどれくらいの影響を与えるか? ”の記事も参考にしてみて下さい。

子どもの気質を調べたニューヨーク縦断研究

アメリカの心理学者であるトマス(Thomas)らが実施した『ニューヨーク縦断研究』(Thomas et al., 1963)は、ニューヨーク在住の中流家庭・上流家庭の子ども136名を対象にした縦断研究(それぞれの子どもの成長プロセスを追跡調査する研究)で、乳児期~青年期までの子どもの気質の類型や個人差を調べた先駆的研究として知られている。

ニューヨーク縦断研究で被験者(調査対象)になったのは、乳幼児期(生後5年まで)と青年期(18歳~24歳まで)の子どもや青年であり、子どもの気質の分類を調べるために『観察法・心理テスト(質問紙法・知能検査)・両親との面接・教師や保育士からの聴取』などを行った。

136名の子ども(青年)を縦断的に時間を掛けて調査した『ニューヨーク縦断研究』の結果、子どもの客観的な気質の基準項目として以下の9つが明らかにされたのである。

ニューヨーク縦断研究では、調査対象の子ども達をこれら9つの気質の基準に関して、5段階で評価した。そして、各基準の評価の組み合わせによって、子ども達を次の4つのタイプに分類したのである。

1963年のニューヨーク縦断研究では上記した4つの気質タイプの割合は、『扱いやすい子:40%,扱いにくい子:10%,順応が遅い子:15%,平均的な子:35%』という結果が出ている。

Copyright(C) 2012- Es Discovery All Rights Reserved