A.トマスの気質研究と気質が児童期・青年期の問題行動に与える影響

A.トマスの乳児の気質と成長後の問題行動との相関についての研究

日本人とアメリカ人の親子関係(養育態度)の比較研究

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A.トマスの乳児の気質と成長後の問題行動との相関についての研究

J.ケーガンの生物学的指標を用いた気質研究では、乳児の気質を『積極性・大胆さ・外向性』と『消極性・臆病さ・内向性』とに分類する“行動的抑制”の概念を紹介した。アメリカの心理学者のA.トマスは、乳児の気質を『扱いやすい子・扱いにくい子・平均的な子・順応が遅い子(出だしの遅い子)』の4つの類型に分類して、乳児が成長するに従ってその初期の気質の違いが、子どもの行動パターンにどのような影響を与えるのかを調査した。1963年のニューヨーク縦断研究では上記した4つの気質タイプの割合は、『扱いやすい子:40%,扱いにくい子:10%,順応が遅い子:15%,平均的な子:35%』となった。

このA.トマスらの縦断的な気質研究は、“発達初期の気質”“児童期・青年期の問題行動”との間に相関関係があるか否かを調べて、子どもの問題行動(不適応行動)が発生する前にそのリスクを予想して必要な対策を取れるようにするという目的を持ったものだった。A.トマスらは4つの気質に分類したそれぞれの乳児たちが、青年期にまで成長する間に、専門的・精神医学的な支援を必要とするような問題(不適応・精神疾患)がどれくらいの割合で生じたのかを追跡調査したのである。『各気質ごとの問題行動の発生率』の結果は、以下のようなものになった。

このトマスらの縦断調査の結果だけを見ると、乳児期の気質が扱いにくくて感情や生活リズムが不安定な子ほど、成長した後に問題行動や環境不適応、精神的障害を起こすリスクが高いという話になりそうだが、実際には『先天的な気質』だけではなく『後天的な親子関係の関わり合いの態度・頻度・質』が深く関係している。ただ乳児期に気難しくて扱いにくい赤ちゃんだったから、成長して問題行動を起こしやすくなる事が決定論的に決まるのではなく、『扱いにくい赤ちゃんに対する親の養育態度・褒めるや叱るの評価の頻度』によってその子どもの性格形成に歪み・偏りが出やすくなってしまうのである。

端的には、『扱いやすい子ども』のほうが可愛がられて褒められやすいので性格形成がまっすぐに適応的になりやすい、『扱いにくい子ども』のほうが冷たくされて叱られやすいので性格形成が偏って非適応的になりやすいという事態を意味している可能性があるのである。1980年代に行われたJ.ケーガンらの研究では、“乳児の気質の特徴”が成長した後に発生してきやすい“問題行動の種類”と相関している事が明らかにされている。

『積極性・大胆さ・外向性』といった気質傾向を示していた乳児は、児童期以降の性格形成の偏りが目立ってくると『短気さ・強情さ・頑固さ・攻撃性』などのネガティブな性格特徴が出やすくなり、暴力(喧嘩)や逸脱、衝動性などと関係する『反社会的問題行動』が起こりやすくなった。一方、『消極性・臆病さ・内向性』といった気質傾向を示していた乳児は、児童期以降の性格形成の偏りが目立ってくると『引っ込み思案・対人不安・ストレスへの過敏性・逃避性』などのネガティブな性格特徴が出やすくなり、不登校や慢性不安、ストレス耐性の低さなどと関係する『非社会的問題行動・社交不安障害(対人恐怖症)』が起こりやすくなった。

非行や犯罪、暴力、逸脱などを生み出す攻撃的・反抗的な性格形成は、乳幼児期の『先天的な気質』だけではなく、母親・父親が子どもに対してどのような養育態度を取ってきたか、子どもの存在価値を認めて受容(評価)してきたのかという『後天的(経験的)な成育環境』も大きく影響している点にも注意が必要である。乳児期の気質傾向はその後の問題行動の発生率と一定の相関を示してはいるが、それは上記したような『従順でなついて育てやすいから可愛がられやすいという親子関係の要因』も含めての話である。A.トマスらの追跡調査でも、『扱いやすい子』のうちの約18%には問題行動が生じており、『扱いにくい子』のうちでも約30%には問題行動は生じていないのである。

日本人とアメリカ人の親子関係(養育態度)の比較研究

子どもの気質の発達には、親から子どもがどのような期待・要求を寄せられて育つかという『後天的な家庭環境・親子関係の要因』が関係しており、更にその親子が生活している社会が共有する『文化的な価値観・社会的な規範性・宗教的な習慣』なども影響してくる。親子が帰属して生活している社会(共同体)から、どのような性格や態度を求められているか、どういった人間関係や社会適応が望ましいとされているかによって、親の子どもに対する教育内容は変わるし、『親・社会・文化・周囲の人からの影響』を受けて大きくなる子どもの気質傾向にも影響が及ぶのである。

現在では価値観が変わってきたが、少し前の日本社会では『協調的・抑制的・自己の謙譲(へりくだり)・横並びで周囲に合わせる』といった性格傾向が適応的で望ましいものとされていたため、平均的な日本人は成長と共にそういった行動抑制的な性格傾向を身につけていく事が多かった。アメリカ社会では評価されやすい強い自己主張や競争意識、突出した個性のアピールは、『わがまま・自分勝手・協力できない(集団の和や規律を乱す)』というネガティブな評価を下されやすいという側面があった。そういった日本とアメリカの社会文化的な価値観と適応様式の違いは、『親の子育て(気質の伸ばし方)の違い』となって現れやすいため、アメリカ人のほうが日本人よりも“非行動的抑制(自己主張が強くて物怖じせずに大胆な言動をする)”の性格特性を持つ子ども・大人が増えやすくなるのである。

『非行動的抑制の気質・性格』をポジティブで建設的であると見なし、社会適応にとっても好ましいものとするアメリカ社会の価値観を受け入れた米国人の親たちは、子どもに対して『もっと積極的に振る舞いなさい・もっとしっかり自己主張をしなさい・人と関わりを持って社交的になりなさい・新しい物事や環境にチャレンジしなさい』といった方向の教育をしやすい。それらの親の教育や社会の風潮、文化的な特徴の影響によって、子どもの行動的抑制は段階的に修正されていくことになるが、日本社会では『行動的抑制の気質・性格』のほうが礼儀正しくて協調性があり、他人のことを思いやることができるとして高く評価される傾向がある。

更に、日本では大多数の人が控えめで礼儀正しく、自分の主張(要求・期待)を強い口調で押し通そうとはしないので、理不尽な要求を大声で求めたり相手を攻撃的に非難したりする『クレーマー・モンスターペアレント(モンスターペイシェント)・暴力的な言動をする人(声が大きくて無理を通そうとする人)』などの問題に個人単位で上手く対処できずに、泣き寝入りさせられてしまうといった問題が起こりやすい。

日本人の母親とアメリカ人の母親の養育態度の違いについて調べた研究には、コーディル(Caudill)ウェインスタイン(Weinstein)が実施した『日米の母子関係の比較研究(1969)』がある。日本人とアメリカ人の母子を各30組(子どもは生後3~4ヶ月)ずつ集めて被検者とした研究だが、この研究で日本人とアメリカ人の『母子のコミュニケーションパターン・子どもの時間の過ごし方(遊び方)』を観察していると、次のような統計的な違い(どちらの国でも乳児ごとの個人差は当然大きい)があることが分かった。

これらの日米の母子関係における行動パターン(コミュニケーションパターン)の違いは、日本では母親が『乳児が大人しくしていて穏やかに満足している状態でいる事』をより強く期待しており、アメリカでは母親が『乳児が元気の良い声を出していて活発に遊んでいる状態』でいる事をより強く期待していることを示唆している。

ルイス(Lewiss)らが行った日本とアメリカの31名の乳児(2~6ヶ月)を対象とした日米比較研究では、予防注射接種のストレス状況に対して、日本人の乳児(赤ちゃん)よりもアメリカ人の乳児のほうが、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌量が少なく、泣き叫ぶ程度が激しくその時間が長い事が分かっている。

ルイスらの日米の乳児の比較研究では、アメリカ人の乳児のほうが、泣き叫ぶという不安な感情の行動化によって実際に感じるストレスが小さくなり、コルチゾールの分泌量も減るという可能性が推測されている。それと合わせて、日本人の乳児は母親と『同室』で育てられることが多く、大声で泣き叫ぶ頻度が少なくても母親からケアを受けやすいが、アメリカ人の乳児は母親と『別室』で育てられることが多いので、母親を呼ぶために大声で泣き叫ぶ頻度が多くなるのではないかと考えられる。

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