交流分析のコミュニケーション分析と交流パターン

交流分析のコミュニケーション分析

アメリカの精神科医エリック・バーン(Eric Berne, 1910-1970)が考案した交流分析では、エゴグラム(3つの自我状態)を参考にしながら二者間のコミュニケーションを分析することができる。人間の交流は『パターン化』して認識することが可能であり、『自分のどの自我状態(P・A・C)』からメッセージが発せられていて、『相手のどの自我状態(P・A・C)』がそのメッセージを受け取っているのかを知ることで、より円滑で適応的なコミュニケーションを工夫していくことができる。

自分と相手の交流パターンをエゴグラムの図式の間の『ベクトル(→)』を使って確認していくことができ、自分と相手のコミュニケーションに対立や反論、誤解が生まれやすい原因を視覚的・直観的に理解できるというのが特長である。『二者間のコミュニケーション』がなぜ上手くいかずに怒りや落胆の感情が生まれるのかを理解することで、相互理解を深めるコミュニケーションのヒントを得ることができ、『自分の発言の偏り・問題』にも気づきやすくなるのである。交流分析で交流パターンを分析する場合には、実際に行われている会話を記号や図式を使って分析していくが、『エゴグラムの記号・図式』を用いる事で論理的かつ直感的に自分の交流パターンの偏り・特徴が掴みやすくなる。

人間のコミュニケーションには、言葉を用いて意思疎通する『言語的コミュニケーション』と表情・仕種・態度・口調などで間接的に感情・意志を伝達する『非言語的コミュニケーション』とがあるが、交流分析の交流パターン分析では非言語的コミュニケーションの影響も合わせて考えていく。交流分析では『基本的な交流パターン(コミュニケーションのパターン)』を、『相補的交流(適応的交流)・交差的交流・裏面的交流(仮面的交流)』の3つに分類している。

相補的交流・交差的交流・裏面的交流の分類

交流分析ではコミュニケーションの結果として、“納得・満足・共感・相互理解”といったポジティブな感情経験を得られるパターンを『相補的交流(適応的交流・平行的交流)』として分類している。反対に、コミュニケーションの結果として“違和感・対立・不快・不満・無理解(誤解)”といったネガティブな感情につながるパターンを『交差的交流』『裏面的交流(仮面的交流)』として分類している。

以下で、それぞれのコミュニケーションパターン(交流パターン)の特徴と問題点について、事例を挙げながら簡単に説明したい。

相補的交流(適応的交流)……ある自我状態から送られたメッセージに対して、『共感的な期待通りの反応・予想していた望ましい反応』が返ってくる適応的な問題の少ないコミュニケーションのパターン。相補的交流(適応的交流)は相互理解や相互尊重を促進するコミュニケーションであり、コミュニケーションの結果として自己肯定や納得、安心、楽しさといったポジティブな感情を引き起こすことが多い特徴を持つ。エゴグラムの図式では相補的交流は、『P⇔P・A⇔A・C⇔C・P→CとC→P』というような平行線のやり取りで表現されることが多いので、平行的交流と呼ばれることもある。

相補的交流の事例としては、『NP⇔NP』のやり取りとして『A:田中さんが病気で入院してるから、励ますためにお見舞いに行こうよ』、『B:田中さんは本当に大丈夫なのかな、私も一緒にお見舞いに行く』といったやり取りがある。『CP⇔CP』のやり取りとしては『A:あの人は本当に礼儀のなってない失礼な奴だ』、『B:俺もそう思う。ああいう奴には厳しい指導が必要だな』といったやり取りがある。

客観的な情報を交換する『A⇔A』のやり取りでも、『A:今は何時ですか』、『B:今は12時15分ですよ』、『A:この問題を解くにはどうすればいいんですか?』、『B:その問題なら、この公式にデータを当てはめると答えが出てくるよ』といった相手の求めている情報を与えるパターンの相補的交流を想定できる。『C⇔C』のやり取りでは、『A:次の休みは温泉までドライブでもしようぜ』、『B:了解。俺も休みの日はどこかに出かけたかったんだ』、『A:鈴木さんのことが前から好きだったんだけど、今度食事でもどうですか?』、『B:いいですよ。私もあなたのことが前からちょっと気になってたし』などのやり取りがある。

保護・同意を求める子どもの自我状態と相手を承認する擁護的な親の自我状態とが上手く相補的交流につながるケースも多い。『C→P・P→C』のやり取りでは、『A:お腹が痛くて我慢できそうにないです』、『B:大丈夫なの?こうしてお腹をさすったら少しは良くなるんじゃない』といったやり取りを想定することができる。相補的交流(適応的交流)では、予想していた反応や期待していた返事が返ってくるので、スムーズで協調的かつ共感的な人間関係が作られやすくなるという好ましい結果が得られやすい。

交差的交流……ある自我状態から送られたメッセージに対して、それを否定するような反応を返したり、的違いで無理解な返答を返したりするようなコミュニケーションのパターン。自分の期待していた反応が返って来ないので、そこで不快な感情と共にコミュニケーションが断絶したり、相手に対する敵意・怒り・不信感などのネガティブな感情が強まりやすくなる。

交差的交流は『相手の予想・期待を裏切る反応』を返していく交流パターンであり、精神分析でいう『転移(transference)』の防衛機制が関係していると考えられている。転移とは幼少期に重要な他者(親)に向けていた強烈な感情を、現在の人間関係の中で他者に向け変えるという防衛機制であり、『過去の人間関係・感情体験』を再現することでつらい過去を肯定して心理的な安定を図ろうとするものである。

交差的交流の事例としては、『P→C・P→C』でメッセージのベクトルが交差するような形となり、『A:何でいつも遅刻してばかりいるんだ。しっかりしろ』、『B:あなたも遅刻することが多いんだから、人のことを言える立場ではない』といったやり取りがある。『A→A・P→C』の交差的交流では、『A:この仕事はこういった手順でやれば良かったですか?』、『B:まだそんな手順も覚えてなかったのか、物覚えの悪い奴だな』といった質問に対する批判・説教などが想定される。

『A→A・P→A』のように一般的な質問に対して冷静に皮肉・反論を返す交差的交流や『A→A・C→P』のように一般的な質問に対して拗ねたりいじけたりする反応を返す交差的交流もある。交差的交流は更に、双方のベクトルが交差して一方的な非難や悪口に終わる『交差(P→C・P→C)』、メッセージの受けてが期待はずれのズレた反応を返してくる『食い違い(C→C・P→C)』、二人の求める反応そのものが完全にずれていて意思疎通ができない『ズレ(P→P・C→C)』などに分類することができる。

裏面的交流(仮面的交流)……相手の自我状態に対するメッセージに、『表層的なメッセージ(表の建前)』と『深層的なメッセージ(裏の本音)』が同時に含まれるコミュニケーションのパターン。表層的なメッセージを介した人間関係は適応的で良好なものになりやすいが、そのメッセージの背後には『本音の意図・欲求・真意』が隠されているので、親密な人間関係を形成することは難しい。裏面的交流(仮面的交流)は、社交辞令のように表層的な親しさを演出する役割を果たしたり、明確な意図や計略を持って相手をコントロールするために表と裏の二重のメッセージを発信することもある。

裏面的交流では『表層的な建前のメッセージ』の背後に『潜在的な本音のメッセージ』が隠されているのだが、その隠された意図や目的、欲求は多種多様であり、場合や関係性によっては裏面的交流がポジティブな結果・感情をもたらすこともある。しかし、一般的には裏面的交流は本音を隠した交流パターンであり、相手を自分の思い通りにコントロールしようとして不快な感情を味わうことになる『ゲーム』の原因になることも多い。

裏面的交流の事例としては、一つの自我状態から表のメッセージと裏のメッセージを同時に送信する『シングル・タイプ』と、発信者と受信者がそれぞれ表と裏の二重の交流を同時的に行う『ダブル・タイプ』とがある。シングル・タイプの裏面的交流では、『A:結婚おめでとう。お似合いの素敵な夫婦だと思うし、結婚式と披露宴もとても素晴らしくて憧れちゃうよ』というC→Cの表のメッセージの背後に、『A:結婚式・披露宴にこんなにお金を使って見栄ばかり張っちゃって。同じ程度のレベルでお似合いといえばお似合いの夫婦だけど』というA→Cの裏の皮肉めいたメッセージが隠されているようなものがある。

シングル・タイプでは『A:誕生日のプレゼントのお返しなんて全然気にしなくていいからね』というA→Aの表のメッセージの背後に、『A:でも、社会常識的に考えれば何かお返しをすべきでしょう』というP→Aの裏のメッセージが込められている事例がある。ダブル・タイプの裏面的交流では『A:先生、僕の偏差値で志望校に合格できるでしょうか』と『B:うん、順調に勉強して成績が上がっていけば合格ラインには行くだろう』というC→P・P→Cの表のコミュニケーションの背後に、『A:今の偏差値と勉強量では合格は難しいだろう』、『B:彼の偏差値と勉強の進み具合では志望校合格はかなり難しいだろう』というA⇔Aの裏のコミュニケーションが機能している。

『顕在的・社会的なコミュニケーション』『潜在的・心理的なコミュニケーション』が分裂しつつも同時的にメッセージがやり取りされているのが、裏面的交流のダブル・タイプの特徴である。ここでは、『本音・事実・真相』を曖昧化することで、相手のショックや自尊心の傷つきを和らげるといった効果が期待されているが、実際には社交辞令的な表層のやり取りに終わるケースも多い。『本音』と『建前』を臨機応変に使い分けて、表と裏のコミュニケーションを同時平行的に行っていく裏面的コミュニケーションは、『相手への配慮(ショックの緩和)』の意図を持っていることが多いが、実際には相手は『本音・真相』に気づいていても黙っていることが少なくない。

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