ルー・アンドレアス・ザロメ(Lou Andreas-Salome, 1861-1937)

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ルー・アンドレアス・ザロメの生涯と異性関係

ルー・アンドレアス・ザロメ(Lou Andreas-Salome, 1861-1937)というロシア系ドイツ人の作家は、フロイトに師事して女性精神分析家になったことで知られるが、哲学者のフリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』を書くインスピレーションを与えた恋愛関係でも有名である。ルー・アンドレアス・ザロメはユダヤ系ロシア人の将軍の娘としてサンクトペテルブルクで生まれたが、本名をルイーズ・フォン・ザロメ(Louise von Salome)といい、1880年からチューリッヒ大学で宗教学、哲学、芸術史などを学んでその知的基盤を固めた。

ザロメの人生は多くの偉大で著名な哲学者や思索家との出会いに満ちていたが、魅惑的なザロメと知り合って恋に落ちた男性たちは、豊かな発想力や鋭い思索力、新規な創造性を強く刺激されて多くの優れた作品を後世に残すことになった。ザロメは1882年に、経験主義の道徳哲学者で後に医師となるパウル・レー(Paul Ree, 1849-1901)と知り合い、パウル・レーの紹介でフリードリヒ・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche, 1844-1900)にも出会うことになるが、レーとニーチェはザロメに惚れこんで『三角関係の葛藤』を体験することになる。ニーチェとレーはどちらもザロメに求愛するが、ニーチェはあっけなくザロメに振られてしまい『失恋の苦悩』に沈み、ザロメとベルリンで同棲したパウル・レーも遂に恋人になることは出来なかった。

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ザロメは類稀な知性を持つ男性を魅了してやまない『インテリジェントな美しい女性(知的な魔性の女)』としての魅力に満ちていたが、ニーチェの実存主義的なニヒリズムの思想に『ザロメとの失恋の痛手・耐え難い孤独感』が与えた影響は相当に大きいと言われている。ザロメへの『情熱的な恋愛』に敗れて打ちひしがれたニーチェは、イタリアのラパッロへと逃れて、その土地でわずか10日間で『ツァラトゥストラはかく語りき』の第1部を書き上げたとされるが、この時代のニーチェは恋人・友人・家族すべてと疎遠になって絶望的な孤独状況にあったと言われている。

ザロメがニーチェを恋愛の苦悩と絶望の泥沼に引きずり込んだことによって、ニーチェが『神の死』というニヒリズムの地平を見出したのかもしれないが、魔性の女であるザロメは失恋して孤独にはまり込んだニーチェのことを意識することさえ無かったのかもしれない。

独立心と知的好奇心に恵まれた勝気で魅力的な女性ルー・アンドレアス・ザロメは、ニーチェとレーという哲学者の求婚をさらりと断って、結局、1887年にイラン学者のフリードリッヒ・カール・アンドレアス(Friedrich Carl Andreas, 1846-1931)との結婚を決めた。ザロメは『独立自尊の野心的・誘惑的な女性』としての側面と『男性の能力を刺激して成長させる太母』としての側面を併せ持っていた。フリードリヒ・ニーチェやパウル・レーと出会い、フリードリッヒ・カール・アンドレアスと結婚してから後も、多くの偉大で魅惑的な哲学者や芸術家と知遇を得ており、ドイツ文学最高の詩人として知られるライナー・マリア・リルケ(Rainer Maria Rilke, 1875-1926)ともロシア旅行に一緒に行くほどの付き合いをしていた。

リルケの代表的著作である『新詩集』『マルテの日記』『フィレンツェ日記』などにも、リルケとザロメとの知的・情熱的な交遊が大きな影響を与えているとされるが、精神分析の始祖であるS.フロイトも文化論・社会論・宗教論を著述する過程で、ザロメの文学的・抽象的なエロス論から何らかの影響を受けていた可能性がある。1911年に、ザロメはワイマールで開催された国際精神分析会議に参加して、兼ねてから深い興味関心を寄せていたフロイトの精神分析を本格的に学習して教育分析(スーパービジョン)も受けることになる。フロイトはザロメのことを『感動的な楽天主義者』として好意的に高く評価していたが、ザロメ独自の『観念的・抽象的なエロス論』に重点を置いた精神分析理論の記述・展開は、フロイトが構築した正統派精神分析と対立する部分も少なくない。

ルー・アンドレアス・ザロメは、ニーチェの『権力への意志』に強固で刺激的なインスピレーションを与えた可能性があるように、彼女自身が自分の人生をポジティブに意欲的に楽しむ活力に満ちた女性であった。ザロメのエロスと生命を積極的に尊重する文学的・哲学的な思想は、精神分析に個性的な彩りを加えており、ザロメの伝統・慣習に囚われない自由奔放で情熱的な生き方は、さながら一つの芸術作品(精神分析の対象)のように妖しげに輝いているのである。

日本でも以文社から『ルー・ザロメ著作集』という著作集が出ているが、この記事で書いたザロメの自由闊達な異性遍歴(恋愛経験)については『ルー・ザロメ : ニーチェ、リルケ、フロイトをめぐって』という章の著作がある。自立的で誘惑的なザロメという女性の恋愛と人生が、哲学や精神分析の歴史に与えた影響は大きいし、彼女の著作は一つの『思想的な文学』として読み応えのあるものになっている。

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