オキシトシン、バソプレシンと親子関係・愛着形成・男女の違い

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愛着ホルモン(愛情ホルモン)のオキシトシンの働きと情緒的な絆

オキシトシンと愛着形成・ストレス耐性(心身の健康)・発達障害,男性のバソプレシン

愛着ホルモン(愛情ホルモン)のオキシトシンの働きと情緒的な絆

特定の人物に対する情緒的な結びつきである“愛着(attachment)”の生物学的メカニズムに関係しているホルモンが、女性のオキシトシン、男性のバソプレシン(アルギニン・バソプレシン)である。視床下部で産生されて脳下垂体後葉から分泌されるオキシトシンは、元々は女性の出産・分娩(子宮収縮)と授乳に関係するホルモンで『愛情ホルモン(愛着ホルモン・授乳ホルモン)』と呼ばれている。

オキシトシンやバソプレシンの生理的な働きによって、持続的・恒常的で安定したパートナーシップとしての愛着が形成されやすくなる。そして、いったん形成された親子関係・夫婦関係に代表される愛着は、多少のことでは失われることがない強さと長期間の持続性を持っている。オキシトシン・システムの生物学的メカニズムが子育て・パートナーシップ・社会的関係を可能にしている。『誰かのために愛情を注いで献身的に行動すること』が、オキシトシンの働きもあって、お互いに心理的な安心・満足をもたらすからこそ、親子や夫婦、親友をはじめとする社会的な人間関係が長期にわたって成り立つのである。

オキシトシンは『身体的な苦痛・精神的な不安』を和らげる作用があり、母親が出産時の陣痛の激しい痛みに耐えることができるのもこのホルモンのお陰である。献身的な育児(子育て)を可能にしたり、人と人とを強く結びつけたりする愛情ホルモンであるオキシトシンは、『正常な愛着』を形成するための生物学的基盤になっている。オキシトシンは実際に育児での世話やスキンシップをするほど分泌されるという特徴があるが、更に『世話をする側(愛情を注ぐ側)』と『世話をされる側(愛情を注がれる側)』の双方でオキシトシンの分泌が高まるという特徴も持っている。

『子供・配偶者・恋人・親友』などとの人間関係において、相手のために気持ちを込めて何か世話をして上げたり面倒を見たり、スキンシップをしたり、一緒に楽しく行動したりすると、それだけで自分にも相手にも愛着(心情的な絆)を形成するオキシトシンが分泌されることになるのである。激しい痛みを伴う陣痛にも耐えられるようにしてくれるオキシトシンは、母子関係の愛着を形成して円滑な育児を可能にする『母性愛のホルモン(バソプレシンは父性愛のホルモン)』でもあり、出産後すぐに赤ちゃんに付きっきりで育児をすることができるのもこのオキシトシンの働きである。

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子供を持つと『母性愛』が高まるといわれる生物学的な仕組みは、出産・授乳によってオキシトシンが大量分泌されることと関係している。だが、ただ出産さえすれば自動的に子供への愛情が強まり愛着が形成されるわけではない、実際に子供(赤ちゃん)の世話をしたり面倒を見ること、可愛がって授乳することが『愛着形成』にとって重要であり、『相互的な愛情』を感じることで母子共にオキシトシンが分泌されることになるのである。

子供が乳幼児期の時に、母親が実際の育児を通して可愛がって世話をして関わることが愛着形成に影響しているが、オキシトシンには『授乳・抱っこ・スキンシップ・世話(食事・遊び・オムツ交換)』などをすると、世話をする側にも世話をされる側もオキシトシン分泌が高まるという『相互性』の特徴がある。スキンシップや抱っこ(ハグ)によって不安感が和らいでほっとする安心感が高まるのはオキシトシンの作用である。

親から愛情や保護を与えられ可愛がられて育てられた子供(オキシトシンがよく分泌されて親との愛着が形成された子供)は、『表情が明るい・情緒が安定している・意欲的である・ストレスに強い(免疫力が高い)』などの特徴があり、親子関係・養育環境を原因とする愛着障害を起こしにくくなる。親から愛情を注がれず虐待を受けたりネグレクト(養育放棄)されたりした子供は、オキシトシンがほとんど分泌されないので不安感や苦痛感が強くなり、『表情が暗い・情緒不安定になる・消極的で無気力である・ストレスに弱い(免疫力が低い)』などの特徴があり、親子関係・養育環境を原因とする愛着障害を起こしやすい。

オキシトシンは不安感を和らげてストレス耐性や免疫力を高めてくれる。オキシトシンの分泌が多いと、ストレスを受けた時にストレスホルモンであるコルチゾールが血中で増加しやすくなる。副腎皮質から分泌されるストレスホルモンのコルチゾールは、心身症的な要素を持つ消化性潰瘍(胃潰瘍,十二指腸潰瘍)・高血圧・脂質異常症・メタボリックシンドローム・糖尿病などの原因になりやすい。オキシトシンの分泌が減少するとストレスや痛みに弱くなり心身症を発症しやすくなるため、慢性的な体調不良や不定愁訴に悩まされやすくなり、結果としてストレス耐性と免疫の低下で平均寿命が短くなってしまうという調査もある。

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オキシトシンと愛着形成・ストレス耐性(心身の健康)・発達障害,男性のバソプレシン

幼少期に親子間の相互的な愛情やスキンシップのやり取りができていないと、『オキシトシンの分泌不足』によって『愛着障害』が発症しやすくなる。その結果、不安感や孤独感、痛みを感じやすくなり、ストレス耐性が弱くて他者不信・攻撃性が強い人になったり、心身のバランスを崩して慢性的な体調不良(心身症・ストレス性疾患・精神疾患・自律神経失調症)に悩む人になってしまう。

オキシトシンのバランスが乱れると漠然とした不安感が強まるので、その不安感を緩和するための常同行動・反復行動が起こりやすくなり、それが悪化するとバカバカしいと分かっていてもその一連の常同行動(儀式的行動)をしないと安心できない『強迫性障害(強迫観念+強迫行為)』を発症してしまうこともある。

過剰なストレスによって不安感が強まると、脳内の本能的な恐怖中枢である『扁桃体』が活性化する。扁桃体の働きがストレス反応(ストレスホルモンのコルチゾール分泌)を伝達する回路である『HPA系(視床下部-下垂体-副腎皮質系)』を刺激することで、抑うつ感やフリージング(身体硬直の反応制止)を引き起こすこともある。幼少期の親子関係が不安定だったり、親から愛情や保護、スキンシップを受けられなかったりすると、オキシトシン分泌のメカニズムが異常を起こして不安感・焦燥感が強まりストレス耐性が低くなって、『うつ病・依存症(嗜癖)・摂食障害』を発症しやすくなることも知られている。

乳幼児期の良好な親子関係とオキシトシン分泌によって安定的かつ持続的(恒常的)な愛着が形成されるが、これはE.H.エリクソンの社会的精神発達論(ライフサイクル論)で乳児期の発達課題として知られる『基本的信頼感(基本的安心感)』とも相関している。オキシトシンの作用が長期的かつ恒常的に機能する仕組みは、乳幼児期に規定される脳内の各部位の『オキシトシン受容体の感受性(オキシトシンの受容体への結合のしやすさ)』に依拠している。つまり、扁桃体(恐怖中枢)や側坐核(喜び中枢)にオキシトシン受容体が多く存在して感受性が良ければ、不安感が弱くなり喜び・楽しみを感じやすくなりやすいのである。

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オキシトシンには『社交性ホルモン』としての側面もあり、広汎性発達障害・自閉症スペクトラム(アスペルガー障害含む)で障害されやすい『心の理論(他者の意図・感情を推測する能力)』の基盤を形成する作用もある。オキシトシンは相手の表情や顔を見分けたり、相手の顔色・反応・言葉から意図や感情を推測したりする心の理論を包摂する『社会的認知』と深い相関があるだけでなく、円滑な対人関係・社会生活を成り立たせるための『共感性・信頼感・思いやり・奉仕性』などを生み出す作用を持っているとされる。

オキシトシンの分泌と受容は円滑な人間関係を規定する要因の一つであるが、オキシトシン受容体を活性化する遺伝子配列を持っていれば『人と一緒にいることを好む・人と共感して人を信じやすい・アクティブで社交的』な傾向が生まれ、受容体の働きを悪くする遺伝子配列を持っていれば『孤独を好む・人に不安や不信を抱く・受身で非社交的』な傾向が生まれやすい。

これらの遺伝子配列に『幼少期の親子関係・養育環境の影響』が加わることで、オキシトシン受容体の数と感受性(感度の良さ)が決められていき、(親から愛情を注がれて可愛がられて育ち)受容体の数が多くて感受性が良ければ愛着障害・発達障害・心身症などを発症するリスクが低くなると考えられる。この受容体の違いによって、他人と一緒にいることで『喜び・楽しみ』を感じやすいのか、『不安感・緊張感』を感じやすいのかが分かれてくるのである。

オキシトシンは主に『女性の愛情・愛着・社会性のホルモン』であるが、男性につがい形成(パートナーシップ形成)や父性愛(妻子を守ろうとする感情)を生み出すホルモンとして知られているのが『バソプレシン(アルギニン・バソプレシン)』である。男性のバソプレシンの分泌とバソプレシン受容体の数・感度も、『幼少期の親子関係・養育環境(十分な愛情を注がれて世話をされたか・スキンシップやふれあいがあったか)』に大きな影響を受ける。

だが、女性のオキシトシンがストレスや不安感を和らげて落ち着ける作用を持っているのに対して、男性のバソプレシンは愛する妻や大切な子供を守るために『攻撃性・行動力を高める』といったかなり異なる作用を持っている。これは原始時代からの男女の育児における性別役割分担の差異を反映した内分泌的・生理的なメカニズムだと考えられる。オキシトシン作用は女性ホルモンによって増強され、バソプレシンは男性ホルモンによって増強されるという違いがあるので、育児における男女の役割の傾向性は完全にフラットで同一的なものにはなりにくいのである。

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オキシトシンの役割は、親と子供の愛着の絆を成り立たせるだけではなく、更に社会的な関係性・信頼感(社会的動物として群れを作る人間の性質)を生み出すというものである。オキシトシンは愛着・愛情と社会性のホルモンであり、プライベートな領域では『親子・夫婦(パートナー)との情緒的な絆』を作り上げ、パブリックな領域では『社会的・経済的な仲間と協力するための絆』を作り上げる。人類の精神状態の安定・安心と円滑な親子・夫婦の関係性(子供を産み育てる仕組み)、群れとしての人類の生存戦略をオキシトシンが実現してきた側面があるのである。

オキシトシン・システムが異常を起こして愛着が形成されないと、人間は異性とのパートナーシップ構築が難しくなったり、恋愛や結婚といった特定の異性との情緒的な結びつき・助け合う共同生活に上手く適応できなかったりする。不安定型の愛着が形成されてしまうと、特定のパートナー(配偶者)との円満な人間関係が持続しないので、結婚と離婚を何度も繰り返してしまう確率が有意に高くなってしまう。

オキシトシンの分泌・受容のレベルは、『基本的信頼感(基本的安心感)・社交性や積極性・人間関係・ストレス耐性』などの人間のパーソナリティー(人格構造)や性格傾向とも密接に関係していると考えられる。オキシトシンが多く分泌されて効率的に受容されていれば、人と関わることに喜びや楽しみ、安らぎを感じやすくなり人間関係がスムーズに構築されやすくなる。オキシトシンの生理的作用によって不安感・恐怖感・怒りなどネガティブな感情が抑制されやすくなり、いつもリラックスしておおらかな態度で他者と接することができ、対人関係や人生に明るく前向きな認知を持ちやすいのである。

オキシトシンと発達障害との相関関係については、オキシトシン・システムの遺伝子レベルの異常(オキシトシンの分泌・受容に影響する膜タンパク質CD38の遺伝子多型)が『自閉症スペクトラム(広汎性発達障害)』のリスク遺伝子として知られている。他者に関心を示さず不安が強い、コミュニケーション(意思疎通)が困難である、知覚過敏や常同行為(反復行為)があるなどの自閉症スペクトラムと似たような特徴は、乳幼児期に虐待・ネグレクトを受けてオキシトシンの感受性が低下したと見られる『抑制性愛着障害』でも見られることがある。

『注意散漫・多動性・衝動性・集中困難・飽きやすさ』などの特徴があるADHD(注意欠如・多動性障害)は、ドーパミンD4受容体の遺伝子多型との相関関係が指摘されているが、短所のように見えるADHDの性格行動パターンには『新奇性探究・冒険心・行動力』などの前近代社会や狩猟採集文化における適応性があったのではないかとの見方もある。

ADHDの子供は親の言うことを聞かずに自分の思い通りに衝動的に行動したがる傾向があるので、子育てが難しく母親への愛着パターンが不安定型の愛着パターンになりやすい。ADHDにおける愛着障害は『ADHDの特性(注意散漫・衝動性による育てにくさ)の副次的作用の結果』でもあり、ADHDの子供は『養育環境・親子関係を自分の特性によって不利なものにしてしまう(多動性や衝動性、集中困難などで言うことを聞けないことで余計に養育環境が悪くなってしまう)』という遺伝的要因と環境的要因の複合が起こりやすいのである。

オキシトシンやバソプレシン、ドーパミンなどが関係する発達障害と愛着障害の『生物学的基盤』には共通点が多いのだが、ADHD(注意欠如・多動性障害)は特に愛着障害の遺伝要因・環境要因と多く重なり合っていると考えられている。つまり、ADHDは発達障害の原因とされている『遺伝的・先天的な要因』だけによって発症・維持されるものではなく、ADHDの特性が生み出す『育てにくさ・言うことの聞かなさ・養育環境を不利にする』などの養育要因が重なることで、よりわかりやすい形(ADHDと愛着障害が混合した形)で発症し維持されている可能性があるということである。

ADHDや自閉症スペクトラムを中心とする発達障害は、短期間のうちに先進国で急増したが、それは遺伝子的要因だけによるものではなく、『愛着障害を生み出す環境要因・養育要因の変化(特に発達早期の母親の子供への密接な関わり方・スキンシップの多さ)』も関係しているのではないかと考えられる。

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