『中庸』の書き下し文と現代語訳:12

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儒教(儒学)の基本思想を示した経典に、『論語』『孟子』『大学』『中庸』の四書(ししょ)がありますが、ここでは極端な判断を避けてその状況における最適な判断を目指す中庸(ちゅうよう)の大切さ・有利さを説いた『中庸』の解説をしています。『中庸』も『大学』と同じく、元々は大著『礼記』の中にある一篇ですが、『史記』の作者である司馬遷(しばせん)は『中庸』の作者を子思(しし)としています。

中庸の徳とは『大きく偏らない考えや判断に宿っている徳』という意味であるが、必ずしも全体を足して割った平均値や過不足のない真ん中のことを指しているわけではない。中庸の“中”は『偏らないこと』、“庸”は『普通・凡庸であること』を意味するが、儒教の倫理規範の最高概念である中庸には『その場における最善の選択』という意味も込められている。『中庸』の白文・書き下し文・現代語訳を書いていきます。

参考文献
金谷治『大学・中庸』(岩波文庫),宇野哲人『中庸』(講談社学術文庫),伊與田覺『『中庸』に学ぶ』(致知出版社)

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[白文]

右第十四章

君子素其位而行、不願乎其外。素富貴、行乎富貴、素貧賤、行乎貧賤、素夷狄、行乎夷狄、素患難、行乎患難。君子無入而不自得焉。

[書き下し文]

右第十四章

君子その位(くらい)に素(そ)して行い、その外を願わず。富貴(ふうき)に素しては富貴に行い、貧賤(ひんせん)に素しては貧賤に行い、夷狄に素しては夷狄に行い、患難(かんなん)に素しては患難に行う。君子入るとして自得せざるなし。

[現代語訳]

君子はその位(境遇)に従って適切な行為を行い、その外を願わない。富貴な境遇にある時にはその富貴に見合った適切な行いをして、貧しく賤しい境遇にある時にはその貧困・卑賤に見合った適切な行為をする。夷狄(異民族)の中にあっては夷狄の風習に合わせた行為をして(道は守りつつも)、患難の苦しみの中にあってはその場面で必要な行為をする。そのため、君子は如何なる境遇に置かれても、(その場に合わせた適切な振る舞いをするだけであるため)不平不満の気持ちに覆われるということがないのだ。

[補足]

『立場・身分・境遇』に無理をして逆らうのではなく、それぞれの立場や状況に応じた『適切な無理のない振る舞い』をすれば良いのだと孔子は語っている。富んだ者には富んだ者にしか果たせない社会的責務があり、貧しい者には貧しい者にしかできない世の中での役割というべきものがある。君子というのはどのような状況にあっても、自分にできる最適で中庸な振る舞い方を探り当てて、愚痴や不平不満ばかりを言わない存在でもあった。

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[白文]

右第十四章

在上位不陵下、在下位不援上、正己而不求於人、則無怨。上不怨天。下不尤人。故君子居易以俟命。小人行険以激幸。子曰、射有似乎君子。失諸正鵠、反求諸其身。

[書き下し文]

右第十四章

上位に在っては下(しも)を陵がず(しのがず)、下位に在っては上を援かず(ひかず)、己を正しくして人に求めざれば則ち怨みなし。上(かみ)天を怨みず、下人を尤めず(とがめず)。故に君子は易(い)に居てもって命を俟つ(まつ)。小人は険を行ってもって幸を激む(もとむ)。子曰く、射(しゃ)は君子に似たるあり、諸(これ)を正鵠(せいこく)に失いて、諸をその身に反求(はんきゅう)すと。

[現代語訳]

自分が上位にある時は下の者を陵いで(しのいで)虐待することがなく、下位にある時は上の者に媚びて出世を求めることがなく、我が身を正しくして他人に求めることがなければ怨みもなくなる。上は天を恨む気持ちがなく、下は他人を咎める心がない。そのため、君子は安楽な境地にあって天命を待って甘んじて受け容れることができる。小人は危険な行為を行ってでも、何が何でも世俗的な幸福を得ようと願っている。孔子がおっしゃった。弓を射るのは君子に似たところがある。矢が的を外してしまった時には、何が悪かったのだろうかと自分の射ち方について反省するのである。

[補足]

君子は自分の立場・境遇に対応した願いを持って、それに従った最適な行為をすることができるので、天(社会)を怨みに思ったり他人を否定して自分を上に上げようとすることがない。どちらが上でどちらが下かという優越感や劣等感にもこだわらないので、下位の者をいじめたり上位の者に卑屈になったりすることがなく、絶えず『自分自身の言動・振る舞い』を反省しながらより良い毎日を生きられるように努めているのである。ここでは、射術における反省と君子の自省とを掛け合わせて語っている。

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[白文]

右第十五章

君子之道、辟如行遠必自爾、辟如登高必自卑。詩曰、妻子好合、如鼓琴瑟。兄弟既合、和楽且耽。宜爾室家、楽爾妻奴。子曰、父母其順矣乎。

[書き下し文]

右第十五章

君子の道は、辟えば(たとえば)遠きに行くに必ず爾き(ちかき)よりするがごとく、辟えば高きに登るに必ず卑き(ひくき)よりするがごとし。詩に曰く、妻子好合(さいしこうごう)し、琴瑟(きんしつ)を鼓(こ)するがごとし。兄弟(けいてい)既に合い、和楽(からく)してかつ耽しむ(たのしむ)。爾(なんじ)の室家(しつか)に宜しく(よろしく)、爾の妻奴(さいど)を楽しましむと。子曰く、父母はそれ順なるかと。

[現代語訳]

君子の道は、例えば遠方に行くのに必ず近い場所から行くようなもの、高い所に行くのに必ず低い場所から出発するようなものである。『詩経 小雅篇』にいわく、家庭の妻子が仲睦まじく過ごしていれば、琴瑟を合奏して調和するようなものである。そうなれば、兄弟の仲も睦まじくなり、和らいだ雰囲気で共に楽しむことができる。あなたの家族が仲良く、あなたの妻子兄弟も楽しく過ごしている。先生はおっしゃった。そのような仲睦まじい家であれば、父母も楽しく喜ばれるだろうと。

[補足]

君子の実践すべき『道』を確立するためには、遠い場所に近くから行くように、高い場所に低いところから行くようにして、まずは身近で日常的な『家庭』を円満にして『家族』が仲良く過ごさなければならない。家庭円満で家族それぞれが楽しく過ごしているのであれば、その父親・母親も大いに喜ぶところとなり、それがそのまま『忠孝の徳』の実践にも自然につながっていくことになるのである。孔子が『修身斉家治国平天下』のうちで、自分の身(言動)を道徳的に修めた後に重要となる『斉家(家を斉えること)』について語っている章である。

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