『論語 里仁篇』の書き下し文と現代語訳:3

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孔子と孔子の高弟たちの言行・思想を集積して編纂した『論語』の里仁(りじん)篇の漢文(白文)と書き下し文を掲載して、簡単な解説(意訳や時代背景)を付け加えていきます。学校の国語の授業で漢文の勉強をしている人や孔子が創始した儒学(儒教)の思想的エッセンスを学びたいという人は、この『論語』の項目を参考にしながら儒学への理解と興味を深めていって下さい。『論語』の里仁篇は、以下の3つのページによって解説されています。

[白文]19.子曰、父母在、不遠遊、遊必有方。

[書き下し文]子曰く、父母在せば(いませば)遠く遊ばず、遊ぶに必ず方(ほう・つね)あるべし。

[口語訳]先生が言われた。『父母がおられる間は、遠くに旅に出てはいけない。旅立つ時は必ず連絡先を父母にお教えしなさい。』

[解説]儒教の親孝行のあり方として、父母が側に居る間は遠くに旅立たずに、近くで面倒を見てあげなさいといった話である。親を置いて遠くに旅立つ時には、両親に不要な心配を掛けないように、行き先や連絡方法についてきちんと教えてから出かけなさいということ。

[白文]20.子曰、三年無改於父之道、可謂孝矣。

[書き下し文]子曰く、三年、父の道を改むることなきを、孝と謂う(いう)べし。

[口語訳]先生が言われた。『死後三年間、亡き父親のやり方を改めない、(これが出来れば)孝と言えるだろう。』

[解説]父親が亡くなったからといって、それまで父親が守ってきた慣習や方法を急に改めるのではなく、死後三年間は亡父に配慮して今までのやり方を続けることが親孝行に当たるとしたもの。親孝行に当たって現代的な意義は乏しいが、孔子の時代には旧来の慣習や儀礼を守ることが祖先や親への孝行であると考えられた。

[白文]21.子曰、父母之年、不可不知也、一則以喜、一則以懼。

[書き下し文]子曰く、父母の年は知らざるべからざるなり。一つは則ち以て喜び、一つは則ち以て懼れる(おそれる)。

[口語訳]先生が言われた。『父母の年齢を知らないということがあってはならない。一方で長生きを喜び、一方で高齢を心配する。』

[解説]儒教の親孝行の原則として、「親の年齢はきちんと覚えていて、祝ったり労わったりしましょう」ということ。

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[白文]22.子曰、古者言之不出、恥躬之不逮也。

[書き下し文]子曰く、古者(こしゃ・いにしえのもの)の言を出ださざる(いださざる)は、躬(み)の逮ばざらん(およばざらん)ことを恥じればなり。

[口語訳]先生が言われた。『昔の人が言葉数が少なかったのは、実践が言葉に追いつかないこと(有言実行の挫折)を恥じたからである。』

[解説]儒教の道徳では、君子は「有言実行」を厳しく求められるので、実現の見通しが立たないことについて口先だけで「大言壮語」することは恥ずべきことと考えられている。言葉にして他人に話す以上は、それを死ぬ気で実現しなければならないのであり、孔子は有言実行こそが「信頼できる人間」の一つの証拠だと見る向きがあった。

[白文]23.子曰、以約失之者鮮矣。

[書き下し文]子曰く、約(やく)を以てこれを失する者は鮮なし(すくなし)。

[口語訳]先生が言われた。『控えめにしていて、失敗する人は少ないものだ。』

[解説]人徳としての謙虚さや慎ましさ、控えめな言動の重要性を説いた章であり、安易に「大言壮語」するのではなく慎重で控えめであっても、コツコツとやるべきことを推し進めていくことが大切だということである。

[白文]24.子曰、君子欲訥於言、而敏於行。

[書き下し文]子曰く、君子は言(こと)に訥(とつ)にして、行いに敏(びん)ならんことを欲す。

[口語訳]先生が言われた。『有徳の君子は、言葉が口ごもっていても(雄弁でなくても)、行動は敏捷でありたいと思っているものだ。』

[解説]孔子は「有言実行」を愛したが、基本的に雄弁に巧妙な言葉を操る人よりも、思想や意志を素早く行動にして表し機敏に実践する人のほうが、より君子的であると考えていた。

[白文]25.子曰、徳不孤、必有鄰。

[書き下し文]子曰く、徳は孤ならず、必ず隣あり。

[口語訳]先生が言われた。『道徳を実践する者は孤立しない。必ずその徳を慕って集まってくる隣人(同志・仲間)がある。』

[解説]社会において正しい道を実直に実践する君子は、周囲から受け容れられず孤立しているかのように見えることもあるが、実際には必ずそういった道徳的な人生に感化される仲間を生み出すものであり、道徳の実践者は孤独ではないのである。孤高の君子は正しき道を踏み行っていれば、必ず良き理解者や支援者を得ることができるという孔子の処世訓である。

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[白文]26.子游曰、事君数斯辱矣、朋友数斯疎矣。

[書き下し文]子游曰く、君に事うる(つかうる)に数(しばしば)すれば、斯(ここ)に辱し(はずかし)められ、朋友に数(しばしば)すれば、斯に疎んぜ(うとんぜ)らる。

[口語訳]子游がいった。『主君に仕えてうるさくすると、(面倒に感じた主君から)恥辱を受けることになり、友達にうるさくすると、(煩わしく思った友達から)疎遠にされるものだ。』

[解説]主君や友人との人間づきあいの基本を、孔子の弟子の子游(しゆう)が語った部分である。主君に同じような諫言を何度も繰り返しすれば、面倒な奴だと思われて恥辱を受け、友人に同じような話を何度も聞かせれば、煩わしい奴だと思われて疎遠にされるという話である。

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