『論語 泰伯篇』の書き下し文と現代語訳:2

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孔子と孔子の高弟たちの言行・思想を集積して編纂した『論語』の泰伯篇の漢文(白文)と書き下し文を掲載して、簡単な解説(意訳や時代背景)を付け加えていきます。学校の国語の授業で漢文の勉強をしている人や孔子が創始した儒学(儒教)の思想的エッセンスを学びたいという人は、この『論語』の項目を参考にしながら儒学への理解と興味を深めていって下さい。『論語』の泰伯篇は、以下の3つのページによって解説されています。

[白文]8.子曰、興於詩、立於礼、成於楽。

[書き下し文]子曰く、詩に興り、礼に立ち、楽(がく)に成る。

[口語訳]先生が言われた。『詩を読んで興奮し、礼を習って自己の社会的自立をし、音楽を聴いて人間の教養を完成する。』

[解説]孔子は学問の基本として『詩・礼・楽』を上げており、『詩経』を読んで感性的な興奮を感じ、『礼制』を修得して社会的な秩序の中での自立を図り、『音楽』を鑑賞することで円熟した教養を身に付けられると説いている。

[白文]9.子曰、民可使由之、不可使知之。

[書き下し文]子曰く、民は由らしむべし、知らしむべからず。

[口語訳]先生はおっしゃった。『人民は従属させるべきであり、その従属の理由を教えることは難しい(教えるべきではない)。』

[解説]かつてこの章句を、『人民は従属(依拠)させればよく、知識や理由を教える必要はない』というように解釈して、孔子が封建主義社会における専制支配(民衆の無知)を肯定しているとする考え方もあった。しかし、現在では、国家権力が法律を施行して人民を従属させることは容易だが、その法律の内容や理由を(予備知識や基本教養のない)人民に正しく教えることは難しいというように解釈されているようである。

[白文]10.子曰、好勇疾貧乱也、人而不仁、疾之已甚乱也。

[書き下し文]子曰く、勇を好みて貧を疾む(にくむ)ときは乱す、人にして不仁なる、これを疾むこと已甚だし(はなはだし)ければ乱せん。

[口語訳]先生がおっしゃった。『勇敢を好む力の強い者が、貧乏な生活を憎めば反乱が起こる。反対に、思いやりや正義のない不仁な人物を強く憎めば、これもまた反乱の原因になるだろう。』

[解説]孔子が、なぜ、戦国の世の中において、臣下が君主を攻撃する反乱が続発するのかについて考えている章句である。孔子は、戦争に自信があり勇敢を好む人物が、貧しさや惨めさを感じる生活環境に置かれると反乱が起きやすいと考えたが、『貧苦・貧困・窮乏』が反乱の主要原因であることを見抜いた点にリアリストとしての見識を感じさせる。また、悪人や乱暴者を強く憎みすぎると、その悪人を打ち倒そうとする欲望が強くなり、再び戦争が起きてしまうということも指摘しており、『それぞれの正義心』こそが戦争の原因になるという相対主義的な視点も持っていたようである。

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[白文]11.子曰、如有周公之才之美、使驕且吝、其余不足観也已。

[書き下し文]子曰く、如し(もし)周公の才の美ありとも、驕り且つ吝か(やぶさか)ならしめば、その余は観るに足らざるなり。

[口語訳]先生が言われた。『たとえ周公ほどの優れた才覚に恵まれていても、傲慢な気質があり、吝嗇なケチであるとしたら、それ以外のことを観察する必要はない。』

[解説]孔子が最も嫌悪した悪徳の一つが、『傲慢・不遜・高慢・慢心』といった他人に対して威張る性格、そして、弱者に対して意地悪で冷淡な態度をとることであった。そして、必要以上に物惜しみをしたり、他人に気前よくお金を使えないような吝嗇(ケチ)に対しても厳しい評価をしており、『傲慢とケチ』といった悪徳を持っているものは、それ以外の才能や実績がいくら優れていてもまったく価値がないと考えていたのである。

[白文]12.子曰、三年学、不至於穀、不易得也。

[書き下し文]子曰く、三年学びて穀に至らざるは、得(え)易からざる(やすからざる)なり。

[口語訳]先生がおっしゃった。『三年間、真摯に学問をしながらも、仕官(生計を立てるための仕事)を希望しないような学士には、なかなか出会えないものである。』

[解説]理想主義者であると同時に現実主義者でもあった孔子は、『仕官や就職のための学問』を否定しておらず、弟子が良い仕官の方法はないかと質問すればそういった就職のためのノウハウについても答えている。しかし、当然のことながら、学問や勉強は『就職のための道具・食べていくための手段』だけに留まるものではなく、理想主義者としての孔子は天下国家に貢献し、真理を探究するという真の学問の道も大切にしていたのである。

[白文]13.子曰、篤信好学、守死善道、危邦不入、乱邦不居、天下有道則見、無道則隠、邦有道、貧且賤焉恥也、邦無道、富且貴焉恥也。

[書き下し文]子曰く、篤く信じて学を好み、死に至るまで守りて道を善くす。危邦(きほう)には入らず、乱邦(らんぽう)には居らず。天下道あるときは則ち見れ(あらわれ)、道なきときは則ち隠る。邦に道あるとき、貧しく且つ賤しきは恥なり。邦に道なきとき、富み且つ貴きは恥なり。

[口語訳]先生が言われた。『強い信念を持って学問を好み、死ぬ時まで道を守り続けて良くしていこうとする。危機に直面した国家に入らず、内乱の起こっている国には滞在しない。天下に道義が行われている時には世俗で活躍し、天下から正しい道が失われている時には世俗から隠遁する。道義ある政治が行われている国で、貧乏で卑賤であれば、それは恥である。反対に、正しい道義が失われている国で、富裕になり高い地位に就いていれば、それは不名誉なことである。』

[解説]孔子は生涯を通して懸命に学び続けるような人生、正しい道義と仁徳を守り続けていく生き方を理想とした。そして、自分自身の苦難と危険に満ちた人生を振り返って、門弟たちに、危機のある国や内乱を戦っている国には敢えて近づかないようにしたほうが良いと教えた。孔子は裕福になることや貴族としての身分を得ることを全否定していない。即ち、民衆を保護する善政が行われている国であれば、貧乏であったり社会に出ずに卑賤の身分を抱えていることは、恥ずかしいことであるとした。反対に、民衆を搾取・抑圧するような道義が失われた国で、富を蓄えたり高位の身分を得ることは、仁徳のない恥ずかしい生き方になってしまうと批判した。

[白文]14.子曰、不在其位、不謀其政。

[書き下し文]子曰く、その位に在らざれば、その政を謀らず。

[口語訳]先生が言われた。『権限と責任のある地位にいないのであれば、政治のことを議論しても始まらない。』

[解説]リアリストである孔子は、政治的な議論を有効なものにするためには、その議論の結果を実際の政治の場で活かせるだけの身分・地位・官位がなければならないと考えていたのかもしれない。しかし、これと矛盾する在野の政治活動を肯定する孔子の主張もあるため、リアリストとしての孔子の一面を示唆する発言と受け取るべきだと考える。

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