『論語 顔淵篇』の書き下し文と現代語訳:3

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孔子と孔子の高弟たちの言行・思想を集積して編纂した『論語』の顔淵篇の漢文(白文)と書き下し文を掲載して、簡単な解説(意訳や時代背景)を付け加えていきます。学校の国語の授業で漢文の勉強をしている人や孔子が創始した儒学(儒教)の思想的エッセンスを学びたいという人は、この『論語』の項目を参考にしながら儒学への理解と興味を深めていって下さい。『論語』の顔淵篇は、以下の3つのページによって解説されています。

[白文]17.季康子問政於孔子、孔子対曰、政者正也、子帥而正、孰敢不正、

[書き下し文]季康子、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、政とは正なり、子帥いる(ひきいる)に正を以てすれば、孰か(たれか)敢えて正しからざらん。

[口語訳]季康子が、政治について孔子にご質問をされた。孔子はお答えして申し上げた。『政治とは正(正しいこと)です。上位の貴族(卿)であるあなたが、率先して正しいことをしたならば、いったい誰が敢えて悪いことなどするでしょうか。』。

[解説]正しいことをする人民を増やす為には、まず為政者たる君主や君子が人民に先駆けて正しい行いの模範を示さなければならない。社会道徳を維持するための率先垂範の大切さを説いた章である。

[白文]18.季康子患盗、問於孔子、孔子対曰、苟子之不欲、雖賞之不窃、

[書き下し文]季康子、盗を患えて(うれえて)孔子に問う。孔子対えて曰く、苟しくも(いやしくも)子の欲するなくんば、これを賞すと雖も窃まじ(ぬすまじ)。

[口語訳]季康子が、盗賊の被害を心配して孔子にご相談された。孔子は答えて申し上げた。『もしあなたが無欲であられたならば、盗賊に賞金を与えたとしても盗まないでしょう。』。

[解説]上の章と同じく、為政者である君子の禁欲的な行動の率先垂範が重要であるという話である。君主や貴族には、ノブレス・オブリジェ(優位者の義務)として人民たちに『正しい振る舞い』を見せる必要があったのである。

[白文]19.季康子問政於孔子、曰、如殺無道以就有道、何如、孔子対曰、子為政、焉用殺、子欲善而民善矣、君子之徳風也、小人之徳草也、草上之風必偃、

[書き下し文]季康子、政を孔子に問いて曰く。如し無道を殺して以て有道を就さば(なさば)何如(いかん)。孔子対えて曰く、子、政を為すに焉ぞ(なんぞ)殺すことを用いん。子、善を欲すれば民善ならん。君子の徳は風なり。小人の徳は草なり。草はこれに風を上うる(くわうる)とき、必ず偃さん(ふさん)。

[口語訳]季康子は政治を孔子に聞いて言われた。『不法な行為をするものを処刑し、正しい行為をする人民を賞賛するのはどうだろうか。』。孔子は答えて申し上げた。『あなたはどうして政治に処刑を用いるのですか。あなたが、善なることをしたいと思えば、人民は善い心がけをします。君子の徳というのは風のようなものです。小人の徳というのは草のようなものです。草は風に吹かれれば、必ずなぎ倒されるのです。』

[解説]君子の善政と倫理による『人民の啓蒙教化』を、君子の徳を風、人民の徳を草とするメタファーの物語で語っている。孔子は、民草である人民を正しい方向に教導するのが君子の役目であると考えていた。

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[白文]20.子張問、士何如斯可謂之達矣、子曰、何哉、爾所謂達者、子張対曰、在邦必聞、子曰、是聞也、非達也、夫達者、質直而好義、察言而観色、慮以下人、在邦必達、在家必達、夫聞者色取仁而行違、居之不疑、在邦必聞、在家必聞、

[書き下し文]子張問う。士、何如なれば(いかなれば)これこれを達と謂うべき。子曰く、爾の謂うところの達とは何ぞや。子張対えて曰く、邦に在りても必ず聞こえ、家に在りても必ず聞こゆ。子曰く、これ聞なり、達に非ざるなり。それ達なる者は、質直(しつちょく)にして義を好み、言を察して、色を観(み)、慮りて(はかりて)以て人に下る。邦に在りても必ず達し、家に在りても必ず達す。それ聞なる者は色に仁を取りて行いは違い、これに居りて疑わず。邦に在りても必ず聞こえ、家に在りても必ず聞こゆ。

[口語訳]子張が質問をした。『君子はどのようにすれば「達」といえるでしょうか。』。先生は言われた。『お前の言っている達とは何か。』。子張は答えて言った。『国家に仕えても名声を得て、一族(豪族)に仕えても名声を上げるということです。』。先生が言われた。『お前が言っているのは「聞」で「達」ではない。達というものは、質朴で真面目であり正義を好んで、言葉の意味を察して、顔色をよく観察し、深い思慮をもって他人に謙譲の気遣いを示すものである。だから、国家に仕えても名声に達し、一族に仕えても名声に達する。「聞」というのは、顔色だけに仁徳があるように見せかけているが、実際の行動は仁から外れている。そして、自分の仁徳を疑うこともできない。この「聞」の人は、国家に仕えても名声を得て、一族(豪族)に仕えても名声を上げるのだ。』。

[解説]周囲の人を思いやる仁徳を備えて高い評判を獲得するのが「達」の人とすれば、表面的な顔色や態度だけに仁愛をにじませて実際の行動がなかなか伴わないのが「聞」の人である。

[白文]21.樊遅従遊於舞樗之下、曰、敢問崇徳脩慝弁惑、子曰、善哉問、先事後得、非崇徳与、攻其悪無攻人之悪、非脩慝与、一朝之忿忘其身以及其親、非惑与、

[書き下し文]樊遅(はんち)従いて舞樗(ぶう)の下に遊ぶ。曰く、敢えて徳を崇く(たかく)し慝(とく)を脩め(おさめ)惑いを弁ぜんことを問う。子曰く、善いかな、問うこと。事を先にして得るを後にするは、徳を崇くするに非ずや。その悪を攻めて人の悪を攻むるなきは、慝(とく)を脩むるに非ずや、一朝の忿り(いきどおり)にその身を忘れて以てその親に及ぼすは、惑いに非ずや。

[口語訳]樊遅が、先生に従ってついていき、雨乞いの高台の下で遊んで言った。『「徳を崇く(たかく)し慝(とく)を脩め(おさめ)惑いを弁ぜん」という古語の意味を教えて下さい。』。先生が言われた。『質問するというのは良いことである。仕事を先にして、利益を得るのは後にする、それが徳を高めることにつながるのではないだろうか。自分の悪いところを責めて、他人の悪いところを責めない、それが隠れた悪徳を取り除くことにつながるのではないか。一時の怒りに我を忘れて親族まで巻き込んでしまうのが、惑いというものであろう。』。

[解説]古語の意味について質問してきた樊遅に対して、教育者としての本領を発揮した孔子が、古語の意味を解説しながら君子としてのあるべき姿を説いたのである。

[白文]22.樊遅問仁、子曰愛人、問知、子曰知人、樊遅未達、子曰、挙直錯諸枉、能使枉者直、樊遅退、見子夏曰、嚮也吾見於夫子而問知、子曰、挙直錯諸枉、能使枉者直、何謂也、子夏曰、富哉是言乎、舜有天下、選於衆挙皐陶、不仁者遠矣、湯有天下、選於衆挙伊尹、不仁者遠矣、

[書き下し文]樊遅、仁を問う。子曰く、人を愛す、知を問う。子曰く、人を知る。樊遅未だ達せず。子曰く、直きを挙げて諸(これ)を枉れる(まがれる)に錯けば(おけば)、能く枉れる者をして直からしむ。樊遅退き、子夏に見えて(まみえて)曰く。嚮(さき)に吾夫子に見えて知を問いしに、子は直きを挙げて諸(これ)を枉れる(まがれる)に錯けば(おけば)、能く枉れる者をして直からしむと曰えり(のたまえり)。何の謂(いい)ぞや。子夏曰く、富めるかな、是の言や。舜、天下を有ち(たもち)、衆に選んで皐陶(こうよう)を挙げしかば、不仁者遠ざかりぬ。湯(とう)、天下を有ち、衆に選んで伊尹を挙げしかば、不仁者遠ざかりぬ。

[口語訳]樊遅が仁について質問した。先生は言われた。『人を愛することである』。知について質問した。先生は言われた。『人を知ることである。』。樊遅は意味が十分分からない。先生が言われた。『正直者を取り立てて不正直者の上に置けば、不正直者をまっすぐにすることができる。』。樊遅は退席して子夏に聞いてみた。『先ほど先生にお会いして、知について質問したが、「正直者を取り立てて不正直者の上に置けば、不正直者をまっすぐにすることができる」といわれた。どういう意味なのか。』。子夏が言った。『何と含蓄のある豊かな言葉だろうか。舜が天下を統治していた時、群衆から正直者の皐陶(こうよう)を取り立てたので、不仁者が遠ざかった。商の湯が天下を統治していた時、群衆から徳のある伊尹(いいん)を取り立てたので、不仁者は遠ざかっていったのである。』。

[解説]樊遅の質問を通して、美徳が悪徳を駆逐して教化するという儒教の基本について書いている。子夏は樊遅の問いを受けて、『正直者が不正直者を改善させるという故事には、古代の聖王・舜と商の建国者・湯の事例がある』と教えてあげたのである。

[白文]23.子貢問友、子曰、忠告而以善道之、不可則止、無自辱焉、

[書き下し文]子貢、友を問う。子曰く、忠もて告げ善もてこれを導く。不可なれば則ち止む。自ら辱むる(はずかしむる)ことなかれ。

[口語訳]子貢が朋友について質問した。先生は言われた。『真心をもって話、善の方向へと導いていく。しかし、友人が聞かなければそこでやめる。強引に善の方向に導こうとするような自分自身を辱めるような行為はしてはいけない。』。

[解説]孔子が子貢に対して、朋友のあり方について語った部分で、孔子は『誠実に友人と話して、できるだけ善い方向に友人を導く事』を勧めている。しかし、力づくで無理やりに善い方向に動かそうとするのは間違いであり、朋友が自分の意見を聞き入れなければそこでやめるのが礼儀に適った行為である。

[白文]24.曾子曰、君子以文会友、以友輔仁、

[書き下し文]曾子曰く、君子は文を以て友と会し、友を以て仁を輔く(たすく)。

[口語訳]曾子は言われた。『君子は学問によって友人を集め、友人との関係の中で仁徳を高めていく。』。

[解説]曾子が、悪友ではなく畏友(良き友・尊敬できる友)を見つけることの大切さを説いた部分で、学問によって知り合った友人であれば相互に仁徳(人間性)を高めあっていける可能性が高いということである。

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