『源氏物語』の現代語訳:若紫17

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紫式部が平安時代中期(10世紀末頃)に書いた『源氏物語(げんじものがたり)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『源氏物語』は大勢の女性と逢瀬を重ねた貴族・光源氏を主人公に据え、平安王朝の宮廷内部における恋愛と栄華、文化、無常を情感豊かに書いた長編小説(全54帖)です。『源氏物語』の文章は、光源氏と紫の上に仕えた女房が『問わず語り』したものを、別の若い女房が記述編纂したという建前で書かれており、日本初の本格的な女流文学でもあります。

『源氏物語』の主役である光源氏は、嵯峨源氏の正一位河原左大臣・源融(みなもとのとおる)をモデルにしたとする説が有力であり、紫式部が書いた虚構(フィクション)の長編恋愛小説ですが、その内容には一条天皇の時代の宮廷事情が改変されて反映されている可能性が指摘されます。紫式部は一条天皇の皇后である中宮彰子(藤原道長の長女)に女房兼家庭教師として仕えたこと、『枕草子』の作者である清少納言と不仲であったらしいことが伝えられています。『源氏物語』の“十月に朱雀院の行幸あるべし。舞人など、やむごとなき家の子ども、上達部、殿上人どもなども~”を、このページで解説しています。

参考文献
『源氏物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),玉上琢弥『源氏物語 全10巻』(角川ソフィア文庫),与謝野晶子『全訳・源氏物語 1~5』(角川文庫)

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[古文・原文]

十月に朱雀院の行幸あるべし。舞人など、やむごとなき家の子ども、上達部、殿上人どもなども、その方につきづきしきは、みな選らせ給へれば、親王達、大臣よりはじめて、とりどりの才ども習ひ給ふ、暇(いとま)なし。

山里人にも、久しく訪れ給はざりけるを、思し出でて、ふりはへ遣はしたりければ、僧都(そうづ)の返り事のみあり。

「立ちぬる月の二十日のほどになむ、つひに空しく見たまへなして、世間の道理なれど、悲しび思ひ給ふる」

などあるを見たまふに、世の中のはかなさもあはれに、「うしろめたげに思へりし人もいかならむ。幼きほどに、恋ひやすらむ。故御息所に後れたてまつりし」など、はかばかしからねど、思ひ出でて、浅からずとぶらひ給へり。少納言、ゆゑなからず御返りなど聞こえたり。

忌みなど過ぎて京の殿になど聞き給へば、ほど経て、みづから、のどかなる夜おはしたり。いとすごげに荒れたる所の、人少ななるに、いかに幼き人恐ろしからむと見ゆ。例の所に入れたてまつりて、少納言、御ありさまなど、うち泣きつつ聞こえ続くるに、あいなう、御袖もただならず。

[現代語訳]

10月に朱雀院への行幸が行われることになっている。舞人などを、高貴な家柄の子弟や、上達部、殿上人たちなどで、その方面に似つかわしい人々は、みんなお選びになられたので、親王たち、大臣をはじめとして、それぞれの技芸・才覚を練習されていて、暇がない。

山里の人にも、久しく訪問していなかったことを、思い出しになられて、わざわざ使者をお遣わしになると、僧都の返事だけがある。

「先月の二十日ごろに、とうとうお亡くなりになられたのをお見届け致しまして、世間(人生)の宿命ではあるが、悲しく思われます」

などとあるのを御覧になると、世の中の儚さがしみじみと思われて、「尼君が心配しておられた少女もどうしているだろうか。幼いながらも、尼君を恋い慕っているだろうか。私も亡き母の御息所に先立たれてしまった時には」などと、はっきりとではないが、母が思い出されて、丁寧にお弔いをされた。少納言が、心得のある返事などを申し上げた。

尼君の忌みなどが過ぎて、京の邸に戻られたなどとお聞きになられたので、暫くしてから、ご自分で、お暇な夜にお出ましになられた。本当にぞっとするほど荒れた所で、人通りも少ないので、どんなに幼い子には恐ろしいことだろうと思われる。いつもの所にお入りになられて、少納言が、ご臨終の時のご様子などを、泣きながらお話申し上げると、どうしようもなくて、お袖も涙で濡れてしまう。

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[古文・原文]

「宮に渡したてまつらむとはべるめるを、『故姫君の、いと情けなく憂きものに思ひきこえ給へりしに、いとむげに児ならぬ齢の、まだはかばかしう人のおもむけをも見知り給はず、中空なる御ほどにて、あまたものし給ふなる中の、あなづらはしき人にてや交じり給はむ』など、過ぎ給ひぬるも、世とともに思し嘆きつること、しるきこと多くはべるに、かくかたじけなきなげの御言の葉は、後の御心もたどり聞こえさせず、いとうれしう思ひ給へられぬべき折節にはべりながら、少しもなぞらひなるさまにもものし給はず、御年よりも若びてならひ給へれば、いとかたはらいたくはべる」と聞こゆ。

「何か、かう繰り返し聞こえ知らする心のほどを、つつみ給ふらむ。その言ふかひなき御心のありさまの、あはれにゆかしうおぼえ給ふも、契りことになむ、心ながら思ひ知られける。なほ、人伝てならで、聞こえ知らせばや。

あしわかの 浦にみるめは かたくとも こは立ちながら かへる波かは めざましからむ」とのたまへば、

「げにこそ、いとかしこけれ」とて、

「寄る波の 心も知らで わかの浦に 玉藻なびかむ ほどぞ浮きたる わりなきこと」

と聞こゆるさまの馴れたるに、すこし罪ゆるされ給ふ。「なぞ越えざらむ」と、うち誦(ず)じたまへるを、身にしみて若き人びと思へり。

[現代語訳]

「父の兵部卿宮に少女をお引き渡し申し上げようということですが、『亡き姫君が、北の方をとても情愛のない嫌な人だとお思いになられていたのに、まったく子供というほどでもない年齢で、まだしっかりと人の考えを聞いて理解することもできず、中途半端なお年頃で、大勢がいらっしゃる中に、軽んじられる人として交じることになるのではないだろうか』などと、お亡くなりになった尼君も、いつもご心配されていたこと、はっきりとしたことが多くございましたので、このようにもったいないお言葉は、後々のお気持ちまでも慮ることができず、とても嬉しく思わずにはいられない時節ではございますが、全く相応しいご様子でもありませんし、お年よりも幼い感じでいらっしゃいますので、とても痛々しい感じでございます」と申し上げる。

「どうして、このように繰り返し申し上げている心のほどを、お隠しになるのでしょうか。その、まだ幼くて頼りにならないお気持ちの様子が、しみじみと愛おしく思われるのも、前世の宿縁があったのだろうと、私の心には思われて仕方がないのです。やはり、人づてではなくて、自分の口からお伝えしてお知らせしたいのです。

若君にお目にかかることは難しかろうとも、和歌の浦の波のように立ち帰ることなどはしません 私を見くびらないで下さい」と源氏の君がおっしゃると、

「本当に、畏れ多いことです」と言って、

「和歌の浦に寄せる波に身を任せる玉藻のように、相手の思いをよく知りもせずに従うのは頼りないことですね 困ったことです」

と申し上げる態度がもの馴れているので、少し罪を許すような気持ちになられる。「どうして逢わないでいられようか」と、口ずさまれているのを聞いて、身にしみるようにして若い女房たちは感じていた。

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[古文・原文]

君は、上を恋ひ聞こえ給ひて泣き臥し給へるに、御遊びがたきどもの、

「直衣着たる人のおはする、宮のおはしますなめり」と聞こゆれば、起き出で給ひて、

「少納言よ。直衣着たりつらむは、いづら。宮のおはするか」とて、寄りおはしたる御声、いとらうたし。

「宮にはあらねど、また思し放つべうもあらず。こち」とのたまふを、恥づかしかりし人と、さすがに聞きなして、悪しう言ひてけりと思して、乳母にさし寄りて、

「いざかし、ねぶたきに」とのたまへば、「 今さらに、 など忍びたまふらむ。この膝の上に大殿籠もれよ。今すこし寄りたまへ」とのたまへば、乳母の、

「さればこそ。かう世づかぬ御ほどにてなむ」とて、押し寄せたてまつりたれば、何心もなくゐたまへるに、手をさし入れて探り給へれば、なよらかなる御衣に、髪はつやつやとかかりて、末のふさやかに探りつけられたる、いとうつくしう思ひやらる。手をとらへ給へれば、うたて例ならぬ人の、かく近づき給へるは、恐ろしうて、

「寝なむ、と言ふものを」とて、強ひて引き入り給ふにつきてすべり入りて、

「今は、まろぞ思ふべき人。な疎み給ひそ」とのたまふ。

[現代語訳]

少女の姫君は、お祖母様をお慕い申しあげていたので、(亡くなったことを知り)泣き臥していらっしゃったが、お遊び相手たちが、

「直衣を着ている人がいらっしゃっています、父上の宮様がいらっしゃったようですね」と申し上げれば、起きだしてこられて、

「少納言よ。直衣を着ているという方は、どちら。父宮がいらっしゃったのか」と言って、近寄ってくるお声が、とても可愛らしい。

「宮様ではございませんが、またどうでもいいような方ではありません。こちらへ」とおっしゃるのを、あの素晴らしかった(畏れ多く感じた)方だと、さすがに聞き分けて、悪いことを言ってしまったとお思いになって、乳母に寄っていって、

「さあ、行きましょう。眠いのだから」とおっしゃるので、「今さら、どうしてお隠れなさるのでしょう。この膝の上でおやすみなさいませ。もう少し近くへお寄りなさい」とおっしゃれば、乳母が

「これですから。このようにまだ世に慣れていないお年頃でありまして」と言って、押し寄せてたところ、無心でお座りになったので、お手を差し入れてお探りになると、柔らかな着物に、髪がつやつやとかかっていて、下の方まで髪がふさふさしているのが探られて、とても可愛らしく思われる。お手を捉えられたので、父宮ではない不思議な人が、このように近づいていらっしゃるのは、恐ろしくて、

「寝ましょうと言っているのに」と言って、強引に奥に入っていかれるのに後から付いていって御簾の中にすべり入って、

「今は、私だけがあなたのことを大切に思っている人なのです。どうか嫌わないでください」と源氏の君がおっしゃる。

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