『源氏物語』の現代語訳:末摘花8

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紫式部が平安時代中期(10世紀末頃)に書いた『源氏物語(げんじものがたり)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『源氏物語』は大勢の女性と逢瀬を重ねた貴族・光源氏を主人公に据え、平安王朝の宮廷内部における恋愛と栄華、文化、無常を情感豊かに書いた長編小説(全54帖)です。『源氏物語』の文章は、光源氏と紫の上に仕えた女房が『問わず語り』したものを、別の若い女房が記述編纂したという建前で書かれており、日本初の本格的な女流文学でもあります。

『源氏物語』の主役である光源氏は、嵯峨源氏の正一位河原左大臣・源融(みなもとのとおる)をモデルにしたとする説が有力であり、紫式部が書いた虚構(フィクション)の長編恋愛小説ですが、その内容には一条天皇の時代の宮廷事情が改変されて反映されている可能性が指摘されます。紫式部は一条天皇の皇后である中宮彰子(藤原道長の長女)に女房兼家庭教師として仕えたこと、『枕草子』の作者である清少納言と不仲であったらしいことが伝えられています。『源氏物語』の“からうして明けぬるけしきなれば、格子手づから上げ給ひて、前の前栽の雪を見給ふ~”を、このページで解説しています。

参考文献
『源氏物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),玉上琢弥『源氏物語 全10巻』(角川ソフィア文庫),与謝野晶子『全訳・源氏物語 1~5』(角川文庫)

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[古文・原文]

からうして明けぬるけしきなれば、格子手づから上げ給ひて、前の前栽(せんざい)の雪を見給ふ。踏みあけたる跡もなく、はるばると荒れわたりて、いみじう寂しげなるに、ふり出でて行かむこともあはれにて、

「をかしきほどの空も見給へ。尽きせぬ御心の隔てこそ、わりなけれ」と、恨み聞こえ給ふ。まだほの暗けれど、雪の光にいとどきよらに若う見え給ふを、老い人ども笑みさかえて見たてまつる。

「はや出でさせ給へ。あぢきなし。心うつくしきこそ」など教へ聞こゆれば、さすがに、人の聞こゆることをえいなび給はぬ御心にて、とかう引きつくろひて、ゐざり出で給へり。

見ぬやうにて、外の方を眺め給へれど、後目はただならず。「いかにぞ、うちとけまさりの、いささかもあらばうれしからむ」と思すも、あながちなる御心なりや。

[現代語訳]

やっと夜が明けていく気配なので、格子を自らの手でお上げになって、前の前栽の雪を御覧になる。雪を踏みしめた跡もなく、広々と荒れわたって、ひどく寂しそうな感じなので、振り捨てるようにして行ってしまうのも気の毒なので、

「趣きのある空を御覧なさい。いつまでも打ち解けないお心の隔てこそ、嫌なことなのです」と、お恨みごとを申し上げる。まだほの暗いが、源氏の君が雪の光に照らされてますます美しく若々しくお見えになるのを、年老いた女房どもは、満面の笑顔を出して拝見している。

「早くお出でになられてください。つまらないですよ。心が素直なのが良いのです」など教えて差し上げると、やはり、人の申し上げることを拒むことができないご性格なので、何とか身繕いをしてから、いざり出ていらっしゃった。

源氏の君は見ないようにして、外の方を御覧になっておられるが、横目は尋常ではない。「どんな感じだろうか、馴れ親しんできた時に、少しでも良いところがあれば嬉しいのだろうが」と思われるのも、身勝手なお気持ちではあるものだ。

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[古文・原文]

まづ、居丈の高く、を背長に見え給ふに、「さればよ」と、胸つぶれぬ。うちつぎて、あなかたはと見ゆるものは、鼻なりけり。ふと目ぞとまる。普賢菩薩の乗物とおぼゆ。あさましう高うのびらかに、先の方すこし垂りて色づきたること、ことのほかにうたてあり。色は雪恥づかしく白うて真青に、額つきこよなうはれたるに、なほ下がちなる面やうは、おほかたおどろおどろしう長きなるべし。痩せ給へること、いとほしげにさらぼひて、肩のほどなどは、いたげなるまで衣の上まで見ゆ。「何に残りなう見あらはしつらむ」と思ふものから、めづらしきさまのしたれば、さすがに、うち見やられ給ふ。

頭つき、髪のかかりはしも、うつくしげにめでたしと思ひ聞こゆる人びとにも、をさをさ劣るまじう、袿(うちぎ)の裾にたまりて引かれたるほど、一尺ばかりあまりたらむと見ゆ。着給へるものどもをさへ言ひたつるも、もの言ひさがなきやうなれど、昔物語にも、人の御装束をこそまづ言ひためれ。

聴し色のわりなう上白みたる一襲(ひとがさね)、なごりなう黒き袿(うちぎ)重ねて、表着には黒貂の皮衣、いときよらに香ばしきを着給へり。古代のゆゑづきたる御装束なれど、なほ若やかなる女の御よそひには、似げなうおどろおどろしきこと、いともてはやされたり。されど、げに、この皮なうて、はた、寒からましと見ゆる御顔ざまなるを、心苦しと見給ふ。

何ごとも言はれ給はず、我さへ口閉ぢたる心地し給へど、例のしじまも心みむと、とかう聞こえ給ふに、いたう恥ぢらひて、口おほひしたまへるさへ、ひなび古めかしう、ことことしく、儀式官の練り出でたる臂(ひじ)もちおぼえて、さすがにうち笑み給へるけしき、はしたなうすずろびたり。いとほしくあはれにて、いとど急ぎ出で給ふ。

[現代語訳]

まず、座高が高くて、胴長に見えてしまうので、「そんな感じであったか」と、がっかりした。引き続いて、あぁ、不細工な(見栄えが悪い)と見えるものは、鼻であった。ふと目がとまる。普賢菩薩の乗物と思われる。見苦しいほどに高くて長く、先の方が少し垂れ下がって色づいていること、特に嫌なものである。顔色は、雪も恥じるほど白くてまっ青で、額の部分がとても広く、それでも下ぶくれの容貌は、概ね驚くくらいに面長なのだろう。痩せていらっしゃること、気の毒なくらいに骨筋が浮き出て、肩の骨などは、痛々しそうに着物の上から透けて見える。「どうして全部のお姿を見てしまったのだろうか」と思うものの、異様な姿をしているので、やはり、ついお姿を見てしまうのである。

頭の恰好、髪の垂れ具合も、美しく素晴らしいと思っていた人々にも、少しも劣るものではなく、袿(うちぎ)の裾に髪が溜まって引きずっている部分は、一尺ほど余っているように見える。着ていらっしゃる物まで言い立てるのも、口が悪いようだが、昔物語でも、人のお召し物について最初に言及したりしている。

桃色がひどく古びて色褪せた一襲に、すっかり黒ずんだ袿を重ねて、上着には黒貂の皮衣、とても綺麗で香を焚きしめたものを着ていらっしゃる。古代にあった昔風の由緒ある御装束であられるが、やはり若い女性のお召し物としては、似つかわしくなく仰々しいことが、本当に目立ってしまう。しかし、なるほど、この皮衣がなくては、とても寒いことだろうと見える真っ青なお顔色であるのを、お気の毒にと思ってご覧になられる。

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[古文・原文]

何ごとも言はれ給はず、我さへ口閉ぢたる心地し給へど、例のしじまも心みむと、とかう聞こえ給ふに、いたう恥ぢらひて、口おほひしたまへるさへ、ひなび古めかしう、ことことしく、儀式官の練り出でたる臂(ひじ)もちおぼえて、さすがにうち笑み給へるけしき、はしたなうすずろびたり。いとほしくあはれにて、いとど急ぎ出で給ふ。

「頼もしき人なき御ありさまを、見そめたる人には、疎からず思ひむつび給はむこそ、本意ある心地すべけれ。ゆるしなき御けしきなれば、つらう」など、ことつけて、

「朝日さす 軒の垂氷は(のきのたるひは) 解けながら などかつららの 結ぼほるらむ」

とのたまへど、ただ「むむ」とうち笑ひて、いと口重げなるもいとほしければ、出で給ひぬ。

[現代語訳]

何も言うことができず、自分までが口が聞けなくなった気持ちがしたけれど、いつもの沈黙を開かせようと、あれこれとお話しかけになられるのだが、ひどく恥ずかしがって、口を覆っていらっしゃる姿までも、田舎っぽくて古風で、大げさであり、儀式官が練り歩く時の臂つきにも似て、それでもやはりちょっと微笑んでいらっしゃる表情が、中途半端な感じで居心地が悪いのである。お気の毒で可哀想なので、ますます急いで退出をされる。

「頼りになる人がいないご境遇ですから、あなたを見初めた私には、心を隔てずに親しく打ち解けて下されば、本望である気持ちが致します。打ち解けて下さらないご様子なので、つらくて」などと、姫君のつれない態度に事つけて、

「朝日が射している軒のつららは解けたのに、どうしてその氷は解けないで固まったなのでしょうか」

とおっしゃったのだが、ただ「うふふ」と少し笑うだけで、とても口が重たい感じで返歌も詠めそうにないのもお気の毒に感じられて、源氏の君は退出されたのである。

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