『竹取物語』の原文・現代語訳6

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『竹取物語』は平安時代(9~10世紀頃)に成立したと推定されている日本最古の物語文学であり、子ども向けの童話である『かぐや姫』の原型となっている古典でもあります。『竹取物語』は、『竹取翁の物語』『かぐや姫の物語』と呼ばれることもあります。竹から生まれた月の世界の美しいお姫様である“かぐや姫”が人間の世界へとやって来て、次々と魅力的な青年からの求婚を退けるものの、遂には帝(みかど)の目にも留まるという想像力を駆使したファンタジックな作品になっています。

『竹取物語』は作者不詳であり成立年代も不明です。しかし、10世紀の『大和物語』『うつほ物語』『源氏物語』、11世紀の『栄花物語』『狭衣物語』などに『竹取物語』への言及が見られることから、10世紀頃までには既に物語が作られていたと考えられます。このウェブページでは、『旅の空に、助け給ふべき人もなき所に~』の部分の原文・現代語訳(意訳)を記しています。

参考文献
『竹取物語(全)』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),室伏信助『新装・竹取物語』(角川ソフィア文庫),阪倉篤義 『竹取物語』(岩波文庫)

[古文・原文]

旅の空に、助け給ふべき人もなき所にいろいろの病をして、行く方そらもおぼえず、船の行くにまかせて、海に漂ひて、五百日(いほか)といふ辰の刻(とき)ばかりに、海の中に、はつかに山見ゆ。船の中をなむせめて見る。海の上に漂へる山、いと大きにてあり。その山のさま、高くうるはし。これや我が求むる山ならむと思ひて、さすがに恐ろしくおぼえて、山のめぐりをさしめぐらして、二、三日ばかり見歩くに、天人のよそほひしたる女、山の中より出て来て、銀(しろかね)の金椀(かなまり)を持ちて、水を汲み歩く。これを見て、船より下りて、「この山の名を何とか申す」と問ふ。女、答へて言はく、「これは蓬莱の山なり」と答ふ。これを聞くに、うれしきこと限りなし。この女、「かくのたまふは誰ぞ」と問ふ。「我が名はうかんるり」と言ひて、ふと、山の中に入りぬ。

[現代語訳]

船旅の空を見上げて、助けを求められる人もいないような場所で色々な病気に罹り、進むべき方向も分からず、船が進むの任せて海の上を漂いました。出発から五百日目になる日の午前八時頃、海の中にかすかに山が見えたのです。船の中から何とかその山を見ようとします。海の上を漂っているその山は、とても大きかったのです。その山の姿は、高くて素晴らしいものでした。これこそ私が求めている山だろうと思って、さすがに恐ろしく感じて、山の周囲を何度も船で回って、二、三日ほど見て回っていると、天人の衣裳をまとった女が、山の中から出て来て、銀で出来た金椀を手に持って、水を汲んで歩いていました。これを見て、私は船から下りて、「この山の名前は何というのですか?」と尋ねました。天女は、『これは蓬莱の山です。』と答えました。これを聞いて、この上なく嬉しい気持ちになりました。この天女は、「このような事を聞くあなたは誰ですか?」と聞いてきました。そして、女は「私の名前は、うかんるりです」と答えて、そのまま、山の中へと入っていきました。

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[古文・原文]

その山、見るに、さらに登るべきやうなし。その山のそばひらをめぐれば、世の中になき花の木ども立てり。金(こがね)・銀(しろかね)・瑠璃色の水、山より流れ出でたり。それには、いろいろの玉の橋渡せり。その辺りに照り輝く木ども立てり。その中に、この、取りて持ちてまうで来たりしは、いと悪かりしかども、のたまひしに違はましかばと、この花を折りてまうで来たるなり。

山は限りなく面白し。世にたとふべきにあらざりしかど、この枝を折りてしかば、さらに心もとなくて、船に乗りて、追ひ風吹きて、四百余日になむまうで来にし。大願力(だいがんりき)にや、難波より、昨日なむ都にまうで来つる。さらに潮に濡れたる衣をだに脱ぎ更へなでなむ、こちまうで来つる』とのたまへば、翁、聞きて、うちなげきて詠める、

呉竹(くれたけ)の よよの竹取 野山にも さやはわびしき 節をのみ見し

これを皇子聞きて、『ここらの日頃、思ひわび侍りつる心は、今日なむ落ち居ぬる』とのたまひて、返し、

わが袂(たもと) 今日乾ければ わびしさの 千種の数も 忘られぬべし

とのたまふ。

[現代語訳]

その山を見ると、峻険で登れそうにありません。その山の斜面を回っていると、この世のものとは思えないほど美しい花を咲かせた木々が立っています。金・銀・瑠璃の色をした水が山から流れてきています。さまざまの玉を敷き詰めた橋が掛かっていて、近くには光を受けて照り輝く木々がたくさんありました。その中でここに取ってきましたのは、余り良いものではなかったのですが、姫がおっしゃっていた玉の枝と違っていてはいけないと思って、この枝を折ってここに参上したのです。

山はこの上なく面白いものでした。この世の中にあるもので喩えることもできませんが、この枝を折り取ってしまったので気持ちが落ち着かず、船に再び乗り込んで追い風に吹かれて、四百日以上をかけて戻って参りました。神仏に願掛けをしたお陰なのか、昨日、難波からこの京都まで無事に帰って来れました。更に海の塩水で濡れた衣服も着替えずに、ここまでやって来たのです。』と庫持の皇子がおっしゃったので、翁はその話を聞いて感嘆して、次の歌を詠んだ。

先祖代々、竹取の仕事をしてきて、私も野山で大変な思いをしてきましたが、あなたの航海ほどにつらい思いばかりをしたわけでもありません。竹の節を見ながら感動しています。

皇子はこの歌を聞いて、『長い間に溜まっていた苦しい思いも、今日、翁のその言葉を聞いてすっかり無くなってしまいました。』と言って、歌を返しました。

涙と海水で濡れていた私の衣服の袂は、今日願いが叶ってすっかり乾いてしまったので、今までの多くの苦しみや悲しみはすっかり忘れることができます。

とおっしゃった。

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