『枕草子』の現代語訳:29

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

『枕草子』は池田亀鑑(いけだきかん)の書いた『全講枕草子(1957年)』の解説書では、多種多様な物事の定義について記した“ものづくし”の『類聚章段(るいじゅうしょうだん)』、四季の自然や日常生活の事柄を観察して感想を記した『随想章段』、中宮定子と関係する宮廷社会の出来事を思い出して書いた『回想章段(日記章段)』の3つの部分に大きく分けられています。紫式部が『源氏物語』で書いた情緒的な深みのある『もののあはれ』の世界観に対し、清少納言は『枕草子』の中で明るい知性を活かして、『をかし』の美しい世界観を表現したと言われます。

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石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

[古文・原文]

43段

細殿に、人あまた居て、やすからずものなど言ふに、清げなる男、小舎人童(こどねりわらわ)など、よき包み、袋などに衣ども包みて、指貫(さしぬき)のくくりなどぞ見えたる、弓、矢、楯など持てありくに、「誰(た)がぞ」と問へば、つい居て「なにがし殿の」とて行く者は、よし。気色ばみ、やさしがりて、「知らず」とも言ひ、ものも言はでも去ぬる(いぬる)者は、いみじうにくし。

[現代語訳]

43段

細殿に女房が沢山いて、通りかかる人に声を掛けていると、小奇麗な格好をした男や小舎人童などが、立派な包みや袋などに主人の衣服を包んで、その端っこから指貫の裾のくくり紐などが覗いている。弓、矢、盾などを持ち歩いていると、「誰のものか」と聞かれた時に、その場に跪いて「何々様のものです」と答えて立ち去るものは見事だ。興奮したりはっきりせずに、「知りません」と言ったり、返事もしないで去ってしまう者は、とても憎らしい。

[古文・原文]

44段

殿司(とのもづかさ)こそ、なほをかしきものはあれ。下女の際は、さばかり羨しきものはなし。よき人にもせさせまほしきわざなめり。若く容貌(かたち)よからむが、なりなどよくてあらむは、ましてよからむかし。すこし老いて、ものの例知り、面(おも)なきさまなるも、いとつきづきしくめやすし。

殿司の、顔愛敬づきたらむ、ひとり持たりて、装束、時に従ひ、裳・唐衣(も・からぎぬ)など今めかしくてありかせばやとこそ、おぼゆれ。

45段

男(おのこ)はまた、随身(ずいじん)こそあめれ。いみじう美々(びび)しうて、をかしき君たちも、随身なきは、いとしらじらし。弁などは、いとをかしき官(つかさ)に思ひたれど、下襲(したがさね)の裾(しり)短くて、随身のなきぞ、いとわろきや。

[現代語訳]

44段

殿司は、これ以上ないほどに素晴らしい役職である。後宮の下女の身分では、これほど羨ましく思う役職はない。身分の高い人であっても、ぜひ勤めて欲しいものである。若くて美人な人が、身なりを良くしてこの職を務めたならば、更に素敵に見えるだろう。少し年老いていて、宮中の先例について良く知っている人で、見事に仕事をこなしているような人も、この仕事に相応しくて立派に見えるだろう。

殿司の可愛らしい顔をした人の一人に、自分が世話をして上げて、衣装も時節に従ったものとし、裳・唐衣なども今風の流行に見合ったものにして上げたいと思ってしまうものだ。

45段

男の人はまた、立派な随身(お仕えする者)を従えていて欲しいものだ。とても美しい顔立ちで立派な若殿たちでも、随身が従っていないのでは興ざめである。弁官などはとても立派な役職だと思ってはいるけれど、下襲の裾が短くて随身を連れていないのが、とても見苦しく感じてしまう。

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