『枕草子』の現代語訳:36

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

『枕草子』は池田亀鑑(いけだきかん)の書いた『全講枕草子(1957年)』の解説書では、多種多様な物事の定義について記した“ものづくし”の『類聚章段(るいじゅうしょうだん)』、四季の自然や日常生活の事柄を観察して感想を記した『随想章段』、中宮定子と関係する宮廷社会の出来事を思い出して書いた『回想章段(日記章段)』の3つの部分に大きく分けられています。紫式部が『源氏物語』で書いた情緒的な深みのある『もののあはれ』の世界観に対し、清少納言は『枕草子』の中で明るい知性を活かして、『をかし』の美しい世界観を表現したと言われます。

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石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

[古文・原文]

61段

橋はあさむつの橋。長柄(ながら)の橋。天彦(あまびこ)の橋。浜名の橋。ひとつ橋。うたた寝の橋。佐野の船橋。堀江の橋。鵲(かささぎ)の橋。山菅(やますげ)の橋。一筋わたしたる棚橋、心狭けれど、名を聞くにをかしきなり。

62段

里は逢坂(あふさか)の里。ながめの里。寝覚(いざめ)の里。人妻(ひとづま)の里。頼めの里。夕日の里。妻取りの里、人に取られたるにやあらむ、わがまうけたるにやあらむと、をかし。伏見の里。朝顔の里。

[現代語訳]

61段

橋といえば、あさむつの橋。長柄の橋。天彦の橋。浜名の橋。ひとつ橋。うたた寝の橋。佐野の船橋。堀江の橋。鵲(かささぎ)の橋。山菅(やますげ)の橋である。たった板一枚だけを渡した棚橋、心が狭いケチな橋ではあるが、その名前を聞くのが面白いのである。

62段

里といえば、逢坂(おうさか)の里。ながめの里。寝覚(いざめ)の里。人妻の里。頼めの里。夕日の里である。妻取りの里というのは、人に妻を取られたのであろうか、それとも自分が人の妻を奪い取ったのであろうか、面白い。伏見の里。朝顔の里。

[古文・原文]

63段

草は菖蒲(しょうぶ)。菰(こも)。葵(あおい)、いとをかし。神代よりして、さるかざしとなりけむ、いみじうめでたし。物のさまも、いとをかし。沢潟(おもだか)は、名のをかしきなり。心あがりしたらむと思ふに。三稜草(みくり)。蛇床子(ひるむしろ)。苔。雪間(ゆきま)の若草。木ダニ。酢漿(かたばみ)、綾の紋にてあるも、異(こと)よりはをかし。

あやふ草は、岸の額に生ふらむも、げに頼もしからず。いつまで草は、またはかなくあはれなり。岸の額よりも、これは崩れやすからむかし。まことの石灰などには、え生ひずや(おいずや)あらむと思ふぞ、わろき。ことなし草は、思ふことをなすにやと思ふも、をかし。

忍ぶ草、いとあはれなり。道芝、いとをかし。茅花(つばな)も、をかし。蓬(よもぎ)、いみじうをかし。

山菅(やますげ)。日かげ。山藍(やまあい)。浜木綿(はまゆう)。葛。笹。青つづら。なづな。苗。浅茅(あさぢ)、いとをかし。

蓮葉(はすば)、よろづの草よりもすぐれてめでたし。妙法蓮華のたとひにも、花は仏にたてまつり、実は数珠(じゅず)につらぬき、念仏して往生極楽の縁とすればよ。また、花なきころ、緑なる池の水に、紅に咲きたるも、いとをかし。翠翁紅(すいおうこう)とも詩に作りたるにこそ。

唐葵(からあおい)、日のかげにしたがひて傾くこそ、草木といふべくもあらぬ心なれ。さしも草。八重葎(やえむぐら)。つき草、うつろひやすなるこそ、うたてあれ。

[現代語訳]

63段

草は菖蒲や菰(こも)、葵(あおい)が、非常に素晴らしい。神代の時代からずっと、賀茂神社の祭りのかざしになっていると伝えられているのは、非常に素敵なことである。それらの草の外見も、とても面白い。沢潟(おもだか)というのは、名前が面白い。内心で思い上がっているのではないかと想像すると。三稜草(みくり)や蛇床子(ひるむしろ)、苔、雪間(ゆきま)から姿を見せる若草、木ダニ、酢漿(かたばみ)は、綾織りのような模様になっているのが、他の草よりも良い。

危う草は、岸の額のような狭い場所に生えているということだが、本当頼りがいのない草である。いつまで草は、これまた短命で儚い感じの草である。岸の額よりも、こちらのほうが崩れやすいだろう。しっかりした石造りの白壁には、生えないのだろうと思うのが良くない点である。ことなし草は、願い事を叶えてくれる草なのかと思うと、面白いものだ。

忍ぶ草、は非常にしみじみとした情趣を感じさせる。道芝は、とても面白い名前だ。茅花(つばな)も趣きがあるね。蓬(よもぎ)もとても風情がある。

山菅(やますげ)。日かげ。山藍(やまあい)。浜木綿(はまゆう)。葛。笹。青つづら。なづな。苗。浅茅(あさぢ)など、これらもとても素晴らしい草である。

蓮の葉というのは、他のあらゆる草よりも優れていて立派である。妙法蓮華経の名前にもその蓮が使われているように、蓮の花は仏様にお供えして、その実は数珠(じゅず)の玉として貫き、念仏を唱えて往生極楽に生まれ変わる縁にしようとするものなのだから。また、他の花がない初夏の季節に、緑色をした池の水に、紅の蓮の花が咲いているのも、非常に趣きがある。翠翁紅(すいおうこう)という言葉で、詩に歌われているほどである。

唐葵(からあおい)は、日の光の動きに従って花が光のほうに向くのだが、これは草木とは思えないような心のあり方である。さしも草。八重葎(やえむぐら)。つき草、簡単に心変わりしやすいという感じの名前が嫌なところであるが。

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