『枕草子』の現代語訳:55

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

このウェブページでは、『枕草子』の『ねたきもの 人のもとにこれよりやるも~』の部分の原文・現代語訳を紹介します。

参考文献(ページ末尾のAmazonアソシエイトからご購入頂けます)
石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

[古文・原文]

91段

ねたきもの

人のもとにこれよりやるも、人の返事(かへりごと)も、書きてやりつる後、文字一つ二つ思ひ直したる。

とみの物縫ふに、かしこう縫ひつと思ふに、針を引き抜きつれば、はやく後(しり)を結ばざりけり。また、かへさまに縫ひたるも、ねたし。

南の院におはしますころ、「とみの御物なり。誰も誰も、時かはさず、あまたして縫ひてまゐらせよ」とて、賜はせたるに、南面(みなみおもて)に集りて、御衣(おんぞ)の片身づつ、誰かとく縫ふと、近くも向はず縫ふさまも、いともの狂ほし。命婦(みょうぶ)の乳母(めのと)、いととく縫ひ果ててうち置きつる、弓長(ゆだけ)のかたの身を縫ひつるが、そむきざまなるを見つけで、とぢめもしあへず、惑ひ置きて立ちぬるが、御背合はすれば、早く違ひたりけり。笑ひののしりて、(女房)「早くこれ縫ひ直せ」と言ふを、(乳母)「誰、あしう縫ひたりと知りてか直さむ。綾(あや)などならばこそ、裏を見ざらむ人も、げにと直さめ。無文(むもん)の御衣なれば、何をしるしにてか、直す人誰もあらむ。まだ縫ひ給はぬ人に直させよ」とて、聞かねば、「さ言ひてあらむや」とて、源少納言(げんしょうなごん)、中納言の君などいふ人たち、物憂げに取り寄せて縫ひたまひしを、見やりてゐたりしこそ、をかしかりしか。

おもしろき萩(はぎ)、薄(すすき)などを植ゑて見るほどに、長櫃(ながびつ)持たる者、鋤(すき)など引き下げて、ただ掘りに掘りて去ぬる(いぬる)こそ、佗しうねたけれ。よろしき人などのある時は、さもせぬものを、いみじう制すれど、「ただすこし」など、うち言ひて去ぬる、言ふかひなく、ねたし。受領などの家にも、もののしもべなどの来て、なめげに言ひ、さりとて我をばいかがせむ、など思ひたる、いとねたげなり。

見まほしき文などを、人の取りて、庭におりて見立てる、いとわびしくねたく、追ひて行けど、簾の許(もと)にとまりて見立てる心地こそ、飛びも出でぬべき心地すれ。

[現代語訳]

91段

癪にさわるもの(不快でもどかしいもの)

人の所にこちらから歌を詠んでやるのも、人の歌に対する返歌であっても、その歌を書いてから使いの者を送った後に、文字を一つ二つ直したくなった時(もう使いを送ってしまって文字を直せないのに、直したい文字・言葉を思い出して後悔した時)。

急ぎの着物を縫うのに、上手く縫うことができたと思ったのに、針を引き抜いたら、糸の終わりを玉で結んでいなくて抜けてしまった時。また、裏返しで縫ってしまったのも、不快なものだ。

南の院に中宮様がいらっしゃった時、「急ぎのお召し物です。みなさん、時を移さず、大勢で手分けして着物を縫ってください」ということで、着物の生地を賜ったので、南側の部屋に女房たちが集まって、着物の片身ごろずつを、誰が早く縫えるかと競争して、近くで向かい合わずに離れて縫っている様子も、とても興奮していて狂おしい。命婦の乳母が、一番早く縫い終わって下に置いた。ゆきの長いほうの片身を縫っていたのだが、裏返しになっているのに気づかず、糸の縫い止めもしておらず、焦って混乱して立ち上がったのだが、背中を合わせてみたら、全く合わずに違っている。みんなで大いに笑って騒いで、女房が「早くこれを縫い直してください」と言うと、乳母は「誰が縫い間違えをしたと認めて縫い直すものですか。綾などであれば模様があるから、裏表を見ないような人でも、なるほどと思って直すでしょう。無文のお着物なのだから、何を目印にして裏表を決められるのでしょうか。誰も直す人などいません。まだ縫っていない人に縫い直しをさせなさい」と言って聞かないので、「そのように言って済まされるでしょうか」と言って、源少納言、中納言の君などという人たちが、物憂い感じで取り寄せてお縫いになられたのを、こちらから見ていたのは面白かった。

趣きのある萩や薄などを庭に植えて見ていると、長櫃を持った者が鋤などを引き下げてやって来て、ただ草木を掘りに掘って持っていくのは、虚しいし癪にさわることだ。それなりの身分の男の方がいる時などは、そういった無法なことはしないのだが、厳しく制止しても、「ほんの少し」などと言って掘って去っていく、言っても意味がなくて、癪にさわる(イライラする)。受領の家などでも、然るべき家門の下僕がやって来て、こちらを侮ったような口を聞き、怒ったとしても俺たちをどうにもできやしないなどと思っているのは、本当に癪に障ってしまう。

見たいと思っている手紙などを、人が横取りして、庭に下りて読んでいるのは、ひどく情けなくて癪にさわる。追いかけていっても、簾の元にとどまってその様子を見ているしかない気持ちは、飛び出していきたいような気持ちである。

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[古文・原文]

92段

かたはらいたきもの

客人(まろうと)などにあひて物言ふに、奥の方にうち解け言(うちどけごと)など言ふを、えは制せで聞く心地。思ふ人のいたく酔ひて、同じ事したる。聞きゐたりけるを知らで、人の上言ひたる。それは、何ばかりならねど、使ふ人などだに、いとかたはらいたし。旅だちたる所にて、下衆(げす)どもの戯れ(ざれ)ゐたる。

にくげなるちごを、おのが心地のかなしきままに、うつくしみかなしがり、これが声のままに、言ひたる事など語りたる。才(ざえ)ある人の前にて、才なき人の、物覚え顔に人の名など言ひたる。殊によしとも覚えぬわが歌を人に語りて、人のほめなどしたるよし言ふも、かたはらいたし。

[現代語訳]

92段

側にいていたたまれないもの(口出しできずに困るもの)

お客などに会って話をしている時、奥の方で身内が打ち解けた話などをしているのを、制止することができずに聞いている気持ち。愛する男がひどく酔って、同じ事を喋っている。聞いていたのを知らないで、その人の噂話を話していた時。それは、大した身分ではなくても、使用人などであっても、とてもいたたまれないものである(居心地が悪くて困るものである)。旅で宿泊した所で、下男たちがふざけて騒いでいる時。

憎たらしい赤子を、親の自分だけが可愛いと思う気持ちのままに、褒めて可愛がり、赤子の声を真似して、赤子が言った言葉を語っている時。学問のある人の前で、学問がない人が、物知り顔で歴史上の人物の名前などを語っている時。特別に良いとも思われない自分の歌を人に語って、人が褒めてくれたなどという話をするのも、いたたまれない。

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