『枕草子』の現代語訳:68

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

このウェブページでは、『枕草子』の『あはれなるもの。孝ある人の子。よき男の若きが、御嶽精進したる』の部分の原文・現代語訳を紹介します。

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石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

[古文・原文]

115段

あはれなるもの

孝ある人の子。よき男の若きが、御嶽(みたけ)精進したる。たて隔てゐてうち行ひたる暁の額(ぬか)など、いみじうあはれなり。むつましき人などの、目さまして聞くらむ、思ひやる。詣づる程の有様(ありさま)、いかならむなどつつしみおぢたるに、平らかに詣で着きたるこそ、いとめでたけれ。烏帽子のさまなどぞ、少し人わろき。

なほいみじき人と聞ゆれど、こよなくやつれてこそ詣づと知りたれ、衛門の佐信孝(えもんのすけのぶたか)といひたる人は、「あぢきなきことなり。ただ清き衣を着て詣でむに、なでふ事かあらむ、必ず、よも、あやしうて詣でよと、御嶽さらにのたまはじ」とて、三月晦日(つごもり)に、紫のいと濃き指貫(さしぬき)、白き襖(あお)、山吹のいみじうおどろおどろしきなど着て、隆光が主殿の亮(とのものすけ)なるには、青色の襖(あお)、紅の衣、摺りもどろかしたる水干(すいかん)という袴(はかま)を着せて、うち続き詣でたりけるを、帰る人も今詣づるも、珍しう怪しき事に、すべて昔よりこの山にかかる姿の人見えざりつと、あさましがりしを、四月朔日(ついたち)に帰りて、六月十日の程に筑前の守の辞せしになりたりしこそ、実に(げに)言ひけるに違はずも、と聞えしか。これは、あはれなる事にはあらねど、御嶽のついでなり。

[現代語訳]

115段

憐れに悲哀をそそるもの

喪に服している孝の徳がある人の子。身分が高い若い男が、御嶽精進をしている。部屋を隔ててお勤めをしている明け方の礼拝の音など、とても物悲しい感じがする。親しい女などが隣の部屋で目を覚まして聞いている思いを想像する。さて参詣するその道中で、どのようになるだろうかと身を慎み不安になっていたのに、無事に参詣できたのはとてもめでたいことだ。烏帽子の様子などは、少し見栄えが悪いけれど。

またどんなに高貴な身分の人でも、とても粗末な身なりでお参りすると聞いていた。しかし、衛門の佐信孝(えもんのすけのぶたか)という人は、「それはつまらない慣習である。ただ清浄な衣を着て参詣すれば、何がいけないことがあろうか。よもや御嶽山の蔵王権現は、必ず粗末な身なりで参詣せよとはおっしゃっていないだろう」と言って、三月三十一日に、紫のとても濃い指貫に、白い狩衣、山吹色のとても派手で仰々しい内衣などを着て、当時主殿の亮だった息子の隆光には、青色の狩衣、紅の内衣、それに乱れ模様を摺った水干袴を着せて、その恰好で連れてお参りした。それらに会ったお参りに行く人も帰っている人も、珍しくて怪しい恰好だと見入って、一体全体昔からこの金峰山(きんぷさん)詣でにこんな派手な姿の人は見たことがないと、驚き呆れていたのだが、四月一日に京に帰って来て、六月十日の頃にその時の筑前の守が辞任してその代わりに任官したのは、本当に言った通りになったと評判になったものだった。これは、憐れな物悲しいことではないけれど、御嶽山の話のついでに書き留めたものである。

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[古文・原文]

115段(終わり)

九月つごもり、十月朔日の程に、唯あるかなきかに聞きつけたる蟋蟀(きりぎりす)の声。鶏の、子抱きて臥したる。秋深き庭の浅茅(あさじ)に、露の色々、玉のやうにて置きたる。夕暮、暁に、河竹の風に吹かれたる、目覚まして聞きたる。また、夜などもすべて。山里の雪。思ひかはしたる若き人の仲の、せく方ありて、心にもまかせぬ。

[現代語訳]

115段(終わり)

九月の末日、十月一日の頃に、ただあるか無いかほどに聞くことができたコオロギの鳴き声。鶏の、玉子を抱いて寝ている姿。秋も深まった庭の浅茅(あさじ)に露が色々に輝いて、玉のように置いている情景。夕暮れ、明け方に、河竹の風に吹かれたそよぎを、目を覚まして聞いている。また、夜などもすべてそんな感じである。山里の雪。お互いに思いを寄せ合っている若い男女の仲が、その間を割こうとする親などがいて、思い通りに逢えない状況。

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