29.凡河内躬恒 心あてに〜 小倉百人一首

優れた歌を百首集めた『小倉百人一首』は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した公家・歌人の藤原定家(1162-1241)が選んだ私撰和歌集である。藤原定家も藤和俊成の『幽玄(ゆうげん)』の境地を更に突き詰めた『有心(うしん)』を和歌に取り入れた傑出した歌人である。『小倉百人一首』とは定家が宇都宮蓮生(宇都宮頼綱)の要請に応じて、京都嵯峨野(現・京都府京都市右京区嵯峨)にあった別荘・小倉山荘の襖の装飾のために色紙に書き付けたのが原型である。

小倉百人一首は13世紀初頭に成立したと考えられており、飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院までの優れた100人の歌を集めたこの百人一首は、『歌道の基礎知識の入門』や『色紙かるた(百人一首かるた)』としても親しまれている。このウェブページでは、『29.凡河内躬恒 心あてに〜』の歌と現代語訳、簡単な解説を記しています。

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鈴木日出男・依田泰・山口慎一『原色小倉百人一首―朗詠CDつき』(文英堂・シグマベスト),白洲正子『私の百人一首』(新潮文庫),谷知子『百人一首(全)』(角川文庫)

[和歌・読み方・現代語訳]

心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花

凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)

こころあてに おらばやおらん はつしもの おきまどわせる しらぎくのはな

心を込めて折るのであれば折れるのだろうか、初霜が綺麗に置いた目(心)を惑わせるこの白菊の花を。

[解説・注釈]

凡河内躬恒(おおしこうちのみつね,生没年不詳)は三十六歌仙の一人に数えられ、『古今和歌集』の撰者にもなった人物。平安時代前期には、紀貫之と並ぶような歌壇の実力者であり、自然の幻想的な美を引き立たせるような歌を詠んでいる。

菊の花は平安時代から輸入された花で、当時は『白色・黄色の小さな菊』しか存在しなかったとされるが、この歌は『白菊の美しさの本意(本質)』を『霜の白さ』と比較することで表現しようとしている。凡河内躬恒は『白菊の冷たく清らかな白さ』を『初霜の冷たく清らかな白さ』と間違えてしまったように歌っているが、本当に白菊と初霜を見間違えるはずはなく、これは『創作上のメタファーの技巧』を上手く効かせた歌なのである。

白菊という自然の美しさの本質は『透き通るほどに清らかで冷たい白さ』にあると考えた作者は、その『清らかさ・冷たさを持った幻想的なまでの白さ』を、晩秋に置く初霜の白さと重ね合わせて表現しているのである。

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