野田サトル『ゴールデンカムイ 2巻』の感想

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『アイヌの黄金』を求めて雪山を移動する不死身の杉元(杉元佐一)とアシリパに、尾形上等兵をやられた日本陸軍が迫ってくる。杉元とアシリパは密猟者と勘違いされたのだった。雪の斜面を登りやすいようにアザラシの皮を貼った樺太式(露国式)のスキーで猛追してくる陸軍、杉元は黄金のありかが示された『刺青人皮(いれずみにんぴ)の地図』をアシリパに託して二手に分かれて逃げることにした。

『止め足』という雪上の足跡を消すテクニックで、木の上に登って軍の追っ手を巻こうとしたアシリパだったが、東北マタギの生まれの兵士がいたためにばれてしまう。こういった雪山の上の移動の技術やアイヌの様々な文化・歴史を学べるのも『ゴールデンカムイ』の面白い所だが、アシリパは生肉を細かく叩いて刻むチタタプの料理を作る時に『板目のまな板』は使わない(生肉に木屑が入るから)といった豆知識も紹介されていたりする。

顔の特徴的な傷から『不死身の杉元』であることを見破られてしまった杉元は、一か八かでヒグマの眠る巣穴に飛び込んでいく。凶暴極まりない巨大なヒグマとの戦闘シーンも盛り上がる見所になっているが、『ゴールデンカムイ』に登場するヒグマは超絶パワーを発散するモンスターのような存在である。

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東北マタギを祖父に持つ兵士が、落ち着いて迫ってくるヒグマを銃撃するが、ヒグマは『頭部』が弱点ではないということを知らなかったために手痛い反撃を受けてしまう。分厚い頭蓋骨を持つヒグマは、脳を直撃する一撃を加えない限り致命傷にはならず、アイヌの人たちはヒグマの頭部を狙う習慣はないのだという。杉元はアシリパから教えて貰っていた『ヒグマは巣穴に入ってきた人間を決して殺さない』という情報に一命を救われるわけだが、並の神経ではヒグマが眠っている巣穴の中に自分から飛び込んでいくことはできないだろう。

アシリパはアシリパで既に絶滅したと思われているエゾオオカミのレタラの援助で逃げ切ることができるのだが、真っ白なエゾオオカミのレタラはアシリパの盟友であると同時に守護神のような存在としても描かれている。杉元は瀕死の兵士に殺された母親のヒグマと一緒に巣穴にいた『子熊』を連れて帰って育てることにするのだが、アイヌの集落には生け捕りにした子熊をずっと生かしてはおけない厳しい掟があった。

2巻ではアイヌの人々の集落である『アイヌコタン』を杉元が訪ねて歓待されるが、アイヌの村落・住宅・文化・言語についてもそれとなく学べる良さもある漫画である。アシリパの亡くなったエカシ(祖父)は村長のような地位にあった人物で、フチ(祖母)も村民から尊敬されていて大きな影響力を持っている。フチ(祖母)はそれとなくアシリパとの結婚をアイヌ語で杉元に勧めるのだが、照れたアシリパはわざと正しいアイヌ語の意味を伝えずに、味噌をオソマ(大便)とする翻訳をして誤魔化すなど微笑ましい。

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祖母がアシリパに杉元佐一との結婚を勧めたように、アイヌは異民族の人との結婚が禁じられておらず、和人(日本人)やロシア人との結婚・混血がよく見られたという。わざと赤ん坊(小さな名前)に汚い名前を付ける文化・習慣があるというのは、近世以前の日本の幼名(捨松・拾など)や前近代の中国にもそういった文化があったように記憶しているが、アイヌの幼名はオソマ(大便)やフウラテッキ(臭く育つ)などもっと強烈である。病魔が近寄らないようにわざと汚い名前をつけるそうだが、アシリパの幼名の『エカシオトンプイ(祖父の尻の穴)』はちょっと強烈過ぎて笑ってしまう。父親がつけたアシリパという名前には『新年・未来』という意味がある。

子熊を育てたらアイヌの伝統儀礼によって『神の国に送り返す(客観的には供犠として殺害する)』のだが、アイヌの宗教信仰はあらゆる自然界の動植物や事物、自然現象に神(カムイ)が宿っているというアニミズム(汎神論・精霊崇拝)に近く、神の国からあらゆる動植物や事物が『仮の姿』を取って人間(アイヌ)の世界に送られてきていると考える。

熊や狼、ウサギなどの動物は、神の国では元々は人間の姿をしているのだが、動物の皮と肉を持って遊びに来ていると解釈され、『送り返す盛大な宗教儀礼』によって、再び神の国から人間の世界へ遊びに来てくれる(貴重な動物資源が再生産される)という解釈がされているのだ。熊の神であるキムンカムイは、動物の神(カムイ)の中でも位が高いものとされ、熊を神の国に送り返す豪勢な儀礼は『イオマンテ』と呼ばれている。

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アイヌの人たちが好んで食べたというカワウソのオハウ(汁物)には、肉の臭みを消す行者ニンニク、肉の旨みを強めるニリンソウ、大根、ゴボウが入っていて栄養たっぷりで美味しそうだが、アシリパの『ヒンナ(美味しい)』のセリフが聞けるアイヌの食文化の紹介もこの漫画の読みどころになっている。カワウソの頭部の丸ごと煮は非常に美味とされたというが、当時の和人だけでなく現代の日本人にもビジュアル面でのグロテスクさがきつい料理である。

アシリパとレタラ(白いの意味)の出会いの物語についても描かれる。ヒグマに襲われていた小さなエゾオオカミだったレタラを助けたものの、野生のエゾオオカミはやはり飼い犬には慣れず、仲間の遠吠えを聞いて山に帰っていったレタラは少し距離を置いてアシリパを見守り続けている。祖母やみんなに愛されているアシリパを危険な目に遭わせるわけにはいかないと思った杉元は、アシリパが眠っているうちに、独り静かにアイヌコタンの集落を後にした。

奉天会戦の砲弾で頭蓋骨を吹き飛ばされ、顔面に酷いやけどを負った鶴見中尉も登場する。鶴見中尉は自らの上官をあっさり殺害するような怪物的な人物で、戦争の負傷によって情緒不安定となり強い怒り・攻撃性を制御しづらいようなところがある。小樽で食事中だった杉元は、鶴見中尉が率いる一軍に急襲されて拉致拘束される。不気味な表情で呼吸する鶴見中尉は『俺はお前の死神だ。お前の寿命のロウソクは私がいつでも吹き消せるぞ』と恫喝し、突然恐ろしい形相に変わって団子の串で杉元の頬を貫くが、不死身の杉元はまばたき一つせずに受け流す。

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鶴見中尉はアメリカから最新兵器を買い入れて北海道を占領する軍事クーデター計画を立てており、杉元佐一のタフな戦闘能力に目をつけて勧誘してくる。戦場では獅子奮迅の働きをした軍人の英雄だったかもしれないが、帰国すれば傷痍軍人になったり貧乏生活を余儀なくされて放浪するばかりの身の上……そういった映画『ランボー』のような国への不満のロジックで鶴見中尉は杉元を誘うのだが杉元にはそんな気持ちは毛頭ない。

北海道を本州から切り離して独立させる軍事クーデター計画のために、鶴見中尉は『アイヌの黄金』を求めている。そのための有望な戦力として『不死身の杉元』をリクルートしたがっているのだが、杉元は無数の戦傷を受けてはいるが、そういった国家権力に対する復讐のような情念は持ち合わせていない。アイヌの黄金を得たいという思いも、昔好きだった(戦死した親友の嫁となった)梅ちゃんの治療・援助のためという目的につながっているだけである。

鶴見中尉らに拘束されていた杉元だったが、能面のような無表情の双子の兵士(洋平+浩平)を一瞬で打ちのめして脱出を図ろうとするが……。アイヌの黄金を巡る軍部との熾烈な争い、杉元佐一とアシリパの人間関係、暗躍する元新撰組の土方歳三翁の影、次巻からの展開が楽しみになる内容だった。

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