古代ギリシアの哲学者の思想と生涯

西欧文明社会における理性の営みの起源は、紀元前の古代ギリシア世界にまで遡ることができ、断片的な文献で確認可能な哲学の始まりも古代ギリシアの自然哲学者達にある。哲学以外にもアルファベットなどの言語、悲劇・喜劇の演劇、絵画や彫刻といった芸術などギリシア文明社会が後世に与えた影響は計り知れないものがある。また、多種多様な価値観を持つ市民の集合体である国家(共同体)をどのように統治すれば良いのかという“政治体制のあり方”を意識し始めたのも古代ギリシア人達であった。

古代ギリシアの小規模な都市国家には、現在の民主主義の原形となる特権階級である市民が行う民主政治があった。同時に、絶対権力者である王が支配する独裁政治の王政があり、市民から圧倒的な支持を得た権力者が王のような圧倒的権力を委譲される僭主制という政治形態もあった。

古代ギリシア世界では、紀元前2世紀にポリュビオスという稀代の歴史家が登場し、『歴史』全40巻を著述してその中で政体循環史観を唱える。

政体循環論では、共同体を統治する政治体制には『王政・貴族政・民主政』の3つがあるとし、同じ政治体制が長期間継続すると、権力機構が腐敗したり社会制度が老朽化したりすることで必然的に堕落するとされる。

王政は、王を僭称する“僭主政”へと堕落し、貴族政は少数の貴族が独裁する“寡頭政”へと堕落し、民主政は市民が詭弁家に扇動される“衆愚政”へと堕落することで異なる政治形態に移り変わり、3つの政治形態はぐるぐると相互に循環を繰り返すというのがポリュビオスの政体循環史観である。

英邁な君主がいなくなり暴政を行うようになった王政は、やがて人々を抑圧する僭主政治へと転落する。腐敗した僭主政治は、少数の有力な貴族階級によって打倒されて、貴族政治が開始される。有能な貴族達が行う貴族政治も、次第に、自分達の利益だけを優先する寡頭政治へと堕落してしまう。そして、少数の貴族が政治権力を独占する貴族政治は、その政治に不満と憎悪を持ち出した圧倒的多数の大衆の反乱蜂起によって打倒される。

しかし、大衆はやがて遊興と怠惰に流され始め、主体的に政治問題を思考する事に疲れてしまう。大衆の政治離れが加速するにつれて民主政治は衆愚政治へと堕落し、再びカリスマ的な指導力を持つ王(独裁者)による一括統治を待望するようになる。自分たちの頭で考えて意思決定することを放棄した大衆は、英雄的な人物へと権力を委譲して王政が再び始まる。このように、3つの政治形態は絶えずぐるぐると変遷し循環するという歴史観を、ポリュビオスはギリシアの歴史的推移を見ながら構想したのである。

古代ギリシアの各地域にある都市国家は、ありとあらゆる政治形態を経験していく中で生成消滅を繰り返し、より良い政治形態は何かを模索していく。そして、様々な政治体制の中で生活し思索する古代ギリシアの哲学者たちが、西欧哲学の基盤を構築していったのである。

一神教のキリスト教が西欧世界を席巻する前の古代のヨーロッパは、個性的な神々が活躍する多神教の宗教が主流であり、ギリシア神話の伝統を受け継いだ古代ギリシアの都市の宗教もその例外ではなかった。

ギリシア神話の神々の系譜は、カオスという空隙(混沌)から誕生した。人間的な感情を持つゼウスを主神として、嫉妬深いヘラ、美しく強靭なアポロ、酒神で陶酔と狂喜をもたらすディオニュソス、永遠の処女で都市国家アテナイを守護するアテネなど、ギリシア神話の神々は超越的な能力を持つだけではなく実に人間的な個性を併せ持った神々なのである。ギリシア神話の詳細については、宗教学の項目でまた新たに書いていきたいと考えている。

『現在に至るまでの西洋哲学史は、プラトンの注釈である』と述懐した数理哲学者のホワイトヘッド『プラトンには全てがある』と喝破した近代哲学の脱構築を推進したジャック・デリダなどを引用するまでもなく、世界や人間の基本的原理を探求しようとする哲学的エッセンスが古代ギリシア世界には満ち満ちている。

ここでは、ギリシア人植民都市のイオニア地方で隆盛した自然哲学と、それ以前の古代ギリシア世界に誕生した原初的な哲学的営為に焦点を当てて解説していきたい。

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