行動経済学とフレーミング:比率差原則・損失回避

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人間の意思決定や感情変化は『フレーム(frame)』と呼ばれる思考の枠組みによって規定されるが、このフレームというのはカウンセリングや認知心理学でいう『認知(物事の捉え方)の枠組み』として考えることができる。人間の選択的な意思決定や感情・気分の変化は、客観的なただ一つの現実の出来事によって一義的に決定されるのではなく、『客観的な出来事に対するフレーミング(枠組みを通した認知)』によって決定されるということである。

認知療法のカウンセリング(心理療法)では、認知(物事の捉え方)によって感情や行動が大きく変化するというアルバート・エリスのABCDE理論などが参照されることも多いが、行動経済学における『フレーミング(枠組みを通した見え方)』というものも、認知療法の『認知(物事の一面的な捉え方)』に近い考え方である。フレーミングは客観的な物事の一面的な捉え方であり見方であるが、その最大の特徴は『フレーム』を変えれば物事の別の捉え方ができることであり、選択的な意思決定のあり方(損得の判断基準において何を選ぶか)までも変えてしまうということである。

人間のフレームは客観的な損得(どちらにメリットがあるか)を判断することが難しいが、その典型的な類型として『比率差原則』というものがある。例えば、以下のようなケースを考えてみよう。

1.いつも行くショッピングモールAで4000円で売られているシャツが、30分かかる隣町のショッピングモールBでは2000円で売られている。あなたはBのショッピングモールまで行くだろうか。

2.いつも行くショッピングモールAで30000円で売られているプラチナのネックレスが、30分かかる隣町のショッピングモールBで28000円で売られている。あなたはBのショッピングモールまで行くだろうか。

恐らく過半の人は、1のケースでは隣町のショッピングモールBまで足を運ぶが、2のケースではいつも行っているショッピングモールAで買っても変わらないと感じるだろう。確かに、1のシャツは4000円の5割引(50%減)で2000円にまで値引きされており、かなりお得に感じる。それに対して、2のプラチナのネックレスは30000円の1割引にも満たない約6~7%減の28000円であり、それほどお得な値引きには感じられない。しかし、客観的・絶対的な値引き額は1でも2でも“2000円”であり、本当に欲しいと思っているものや必要なものであれば、どちらもBに行ったほうが同じくらいお得ということになる。

人間のフレーム(認知の枠組み)は『絶対的な価格差の数字(値引きの客観的な金額)』よりも『相対的な価格差の比率(値引きの比率・割合)』のほうを重要視して注目する特徴があり、実際の損得の金額が同じであっても、比率・割合の差が大きければ大きいほどより得(損)な気分を味わいやすいのである。これを『比率差原則』と呼んでいる。フレームを通して物事を見たり意思決定(選択)したりすることを『フレーミング』と呼ぶが、フレーミングのプロセス(過程)は無意識的であり意識することが極めて難しいという特徴を持つ。

行動経済学が示す人間のフレームの基本的傾向は『損失回避』であり、人間が“利益による快感”よりも“損失による苦痛”をかなり強く感じることを明らかにしたのが、アメリカの経済学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トヴァスキーが発見した『プロスペクト理論』である。例えば、以下のようなケースを考えてみる。

A利得の選択:資金5000円を持っている時に、次のどちらのくじ(利得が決まるくじ)を選ぶか。

1.50%の確率で5000円が得られるが、50%の確率で何も貰えない。

2.100%確実に2500円が得られる。

B損失の選択:資金10000円を持っている時に、次のどちらのくじ(損失が決まるくじ)を選ぶか。

1.50%の確率で5000円を損するが、50%の確率で何も損しない。

2.100%確実に2500円を失う。

過半数の人はAの利得の選択では、2の100%確実に2500円を得られるくじを選ぶことになるが、Bの損失の選択では、1の50%の確率で全く損しないくじ(しかし50%の確率で5000円を損するくじ)を選ぶことになる。

しかし、最終的な損得を考えてみると、Aの利得の選択では1を選ぶと『確率50%で10000円か5000円か』、2を選ぶと『確率100%で7500円』になる。Bの損失の選択では1を選ぶと『確率50%で10000円か5000円か』、2を選ぶと『確率100%で7500円』になるので、どちらの選択命題でも最終的な損得の確率は一緒なのである。

Aの利得の選択で確実に2500円を得る2のくじを選んだ人は、Bの損失の選択で確実に2500円を損する2のくじを選ぶ方が本当は合理的である。だが、人間は損失を何としてでも回避したいというフレームが強いので、損失を選択する状況下では金額が少なくても『100%確実に損をする選択』を避ける傾向がでて、確率50%程度の可能性があれば『1円も損しない可能性があるくじ』のほうを選んでしまうことが多い。

反対に、利得を得られる時には『1円も得られない可能性があるくじ』ではなく『金額(比率)が少なくても確実に利得が得られるくじ』を選びやすい。日本人は特に1円も儲からない(下手をすれば損をする)可能性がある『金融投資商品(株・投信)』よりも、ほんのわずかな利率であっても確実に利息がつく『定期預金(元本保証型の預貯金)』を好む傾向が顕著である。

フレーミング(枠組みを通した認知)は意思決定を必要とする場面・状況で大きな影響を及ぼすが、どういったフレームが実際に選ばれるのかは『アクセシビリティ(アクセス・使用・発想の容易性)』に依存している。値引きセール(安売り)における意思決定では、『絶対的な値引き金額』よりも『相対的な値引きの比率・割合』のほうにアクセスしやすいので、人は値引きの比率・割合が高ければそちらに注意を引かれて買ってしまうのである。

利得と損失に関わる意思決定では、『最終的・論理的な損得の確率』よりも『1円でも損したくないという損失回避(1円も利得が得られないという選択の回避)』のほうにアクセスしやすいので、人は最終的・論理的な結果(確率)が同じでも『利得の選択』と『損失の選択』では違った選択(不合理な選択)をしてしまうのである。

また、投資や賭けでは『前回の投資(賭け)で儲けているか損しているかという履歴』が大きくフレームに影響してくる。前回の投資(賭け)で儲けていれば、その儲け(利得)の範囲内であれば、次の投資(賭け)に積極的な人が多くなる。しかし、全く同じ確率で勝ち負けが決まる条件の投資(賭け)であっても、前回の投資(賭け)で損をしていれば、『その損失分を補填する以上の利得』が予想されなければ次の投資(賭け)はもうしないという人が多くなる。

このように、前回の投資・賭けの損得によって次の投資・賭けをするかしないかの選択が変わってくることを『経路依存性』と呼び、前回の投資・賭けの損得(勝ち負け)に関係なく、一回一回の投資(賭け)の条件によってその都度新たな選択をしていくことを『経路独立性(マルコフ過程)』と呼ぶが、実際の投資(賭け)はかなり経路依存性を強く持っている。

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