ピーター・F・ドラッカーの『ポスト資本主義』

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現代経営学とマネジメントを研究したピーター・ドラッカー
ポスト資本主義としてのネクスト・ソサエティ

現代経営学とマネジメントを研究したピーター・ドラッカー

ピーター・F・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker,1909年11月19日-2005年11月11日)はオーストリア生まれの経営学者・社会学者であり、ドラッカー自身は自らの職業アイデンティティを著書『すでに起こった未来(The Ecological Vision)』の中で社会生態学者であるとしている。ピーター・ドラッカーは20世紀でもっとも偉大な経営学者と呼ばれたり、企業組織管理の実践的ノウハウとしての“マネジメント”を開発した人物と言われたりするが、アメリカでも日本でももっとも多くその著書が読まれた経営学者である。ピーター・ドラッカーはベニントン大学やニューヨーク大学、カリフォルニア州クレアモント大学院などで教授職を務めたアカデミシャンでもあるが、大学教育で実績を挙げたというよりも世界のビジネスシーンや大企業の経営者・管理職などに非常に大きな影響を与えた。

晩年になってからも精力的なコンサルタント業務を継続し、世界的な大企業や非営利団体(NPO)をはじめ、政府機関や地方自治体に実践的かつ効果的なコンサルティングを提供していた。社会生態学者であるピーター・ドラッカーの理論と思想は、経済学・経営学の分野だけに留まらず、集団組織と人間個人が相互作用するあらゆる社会活動にまで及び、未来の社会構造や経済状況を予測して有益なビジョンを描き助言を行う“ビジョナリー(visonary)”としても活躍した。

ドラッカーは企業経営や管理者向けセミナーなどで頻繁に用いられるさまざまな概念を考案しており、現在でも『ナレッジ・マネジメント(企業の情報とノウハウの社員間の共有)』『コア・コンピタンス(比較優位性を持つ中核的な長所・有能性)』『民営化』といったキー・コンセプトは政治経済の各種場面で用いられることが多い。小泉元首相が掲げた郵政民営化の公約なども、元を遡れば公的部門による高コストな公共事業を民間部門の企業活動に委託することで経済効率が格段に上がるというピーター・ドラッカーの民営化のコンセプトに範を取ったものと言える。

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ポスト資本主義としてのネクスト・ソサエティ

未来の社会構造を予見するビジョナリーとしてのピーター・ドラッカーは『経済人の終わり――新全体主義の研究』の中でナチス・ドイツのファシズム(ナチズム)の台頭を予見し、『断絶の時代――来たるべき知識社会の構想』の中では米ソの東西冷戦構造の終結や先進国の高齢化社会を予想していた。冷戦構造の終結や資本主義の優位、企業人の成長を示した『断絶の時代』は、イギリスの新自由主義的な市場原理・民営化を重視した政治改革である『サッチャリズム』やアメリカの『レーガノミクス』にも影響を与えたと言われる。

その一方で、ピーター・ドラッカーが最終的な人間社会・経済構造の到達点と見ていたのは企業人や資本(金銭)が支配する『資本主義(capitalism)』ではなかった。ピーター・ドラッカーは『ヒト・モノ・資本(蓄積された金銭)』のリソースの大小によって、経済的な成長力や優位性が規定される『グローバルな資本主義』よりも更に先進的な『次の社会構造(ネクスト・ソサエティ)』があると考えた。

ピーター・ドラッカーは、20世紀後半の激動の時代を数百年に一度起こるか起こらないかの『歴史の転換点』と捉え、政治体制・経済構造・社会制度の連続的なパラダイムシフトによってポスト資本主義としての『知識社会』が幕を開けると考えた。こういったドラッカーの独創的かつ先鋭的な未来予想図の詳細は著書である『ポスト資本主義社会――21世紀の組織と人間はどう変わるか』『ネクスト・ソサエティ――歴史が見たことのない未来がはじまる』で明らかにされているが、邦訳されているドラッカーの著書の大半はダイヤモンド社から出版されている。

社会主義との経済競争に打ち勝った資本主義の次に来るネクスト・ソサエティ(next society)としてドラッカーは『知識社会』を構想したが、知識社会とは簡単に言えば『ヒト(労働力)・モノ(資源材料)・カネ(資本)』以上に富を生み出し組織を効率化する『高度な専門化された知識』こそが重要になる社会のことである。

ネクスト・ソサエティである『知識社会』の成立要因としては、『情報技術とインターネットの急速な普及』『単純労働が低賃金化する雇用構造の変化』『アントレプレナーシップ(起業家精神)・国際金融の重要性』などがある。先進国では生産者(労働者)と消費者の数が減少していく『少子高齢化社会の到来』も知識社会の成立に関係する重要なファクターであり、人口減少の高齢化社会では『高度な専門知識・マーケティング・広告戦略』を駆使した付加価値やブランドイメージの創造というのが何より必要になってくる。

ピーター・ドラッカーは既に死去してしまったが、21世紀に突入した現代社会ではドラッカーが予測したようなネクスト・ソサエティの片鱗が少しずつ現れ始めており、インターネットで単純に検索できるような『形式知』ではなく、実際のビジネスやマーケティングの場面で有効活用できる『実践知・専門知の共有』が巨大組織ではますます重要な課題になってきている。

『知識』『資本』の代替的役割を果たす知識社会では、企業組織というのは『高度化・専門化された知識』を有機的に結びつけて成果を出すための共同作業の場に過ぎなくなり、知識の共有と活用をベースにして巨大企業が運営されるようになる。

社会経済的に有効な知識を自由自在に使いこなすことができる巨大企業の影響力は相対的に強まるが、ネクスト・ソサエティを実現する知識社会では『質を重視する社会』『量的な資本主義経済』を逆説的に統御するようなシステムが形成される可能性があると予想されている。このドラッカーの知識社会の構想は、企業の社会的責任(CSR)やエコロジー企業の発想などにもつながるもので、『社会的な評価・環境的な正統性』などを得られない企業は幾ら優れたビジネスモデルをもっていても『次の社会』の側から淘汰されることになるのである。

『知識(knowledge)』が中核的なリソースとなる知識社会は、資本主義社会と同じく『競争原理』が強く働く社会であるが、その競争原理は『資本の大小・ビジネスモデルの効率性』に働くというよりも『知識の優劣・倫理の有無』に対して働くことになるので資本主義社会の競争とは似て非なるものとなる。ネクスト・ソサエティはグローバリゼーションが進展したボーダーレスな社会であり、教育と知識の重要性が飛躍的に高まった社会であるが、アメリカ的な経済合理性だけではなく、人材の知性・アイデアや企業組織の社会的貢献意識がより重要な評価軸になってくると期待されるのである。

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