商法改正とコーポレート・ガバナンス

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2002年の商法改正:監査役設置会社と委員会等設置会社の選択肢の発生

企業活動の競争力(収益力)と健全性(遵法精神)を向上させ企業価値の上昇を図るコーポレート・ガバナンス(企業統治)の概略については、『企業価値を高めるコーポレート・ガバナンス(corporate governance)』の記事で記しました。米国流の競争原理が厳しく働く資本主義社会では、企業価値の増大を目指すコーポレート・ガバナンスは、株主利益の向上を追求するコーポレート・ガバナンスを意味しており、株主至上主義の意味合いを帯びています。簡単に言えば、『株主の利益に貢献する経営を経営陣は行えているのか?』を絶えず監視・管理する機構を備えていることが、CEO(最高経営責任者)と取締役の役割を分離する米国型コーポレート・ガバナンスの基本条件なのです。

株価や地価が急落したバブル崩壊後に、銀行や証券会社の杜撰な会計処理や莫大な不良債権が明らかになり、北海道拓殖銀行や山一證券、三洋証券といった大規模な金融機関が経営破綻、自律的な経営再建を諦めざるを得ない状況に追い込まれた長銀や日債銀は国有化され、長銀は外資に買収されました。バブルが崩壊する以前に右肩上がりの順調な成長を続けていた日本企業には、『企業の経営責任と監督責任を分離して緊張感のある経営をするというコーポレート・ガバナンス』の発想は殆ど無く、日本の伝統的な企業文化(経済環境・経営風土・経済制度・商習慣)にアングロ・サクソン的な株主利益最優先のコーポレート・ガバナンスはそぐわないと考えられていました。

日本の従来型の株式会社経営では、株主利益よりも従業員の安定雇用や生活保障が重視されていました。その従業員利益優先(終身雇用制度・年功序列賃金)の日本型コーポレート・ガバナンスを支えてきたシステムは、企業の財務諸表を精査する主要取引先銀行の融資によって企業活動をコントロールする『メインバンク制度』や関連企業で持ち株会社を作るなどして相互の経営状況を穏やかに監督する『持ち株制度』、官僚主導の監督官庁による規制や指導を受け容れて企業活動を行う『官僚主導の規制監督システム』でした。

確かに、かつて高度経済成長期にあった日本の大企業が米国型企業統治を行わずに高い成長率と利益率を示したように、上記した日本の伝統的コーポレート・ガバナンスは、株式会社の競争力と成長力が十分に維持されていて、業績を順調に伸ばせている時には問題が表面化しません。しかし、市場経済のグローバリゼーションによって企業間の国際競争が激化したり、株式市場からの資金調達に投資家の厳しい評価が下されるようになったりすると、企業価値の増大(競争力・効率性・利益率・信頼性・遵法精神の向上)を実現するコーポレート・ガバナンスの必要性が急速に高まります。

日本の経済社会と企業活動を活性化させて長引く不況を抜け出すという時代の要請を受けて、コーポレート・ガバナンスと株式発行(株取引)に関係した商法改正が2002年に行われました。株取引関連の商法改正の詳細は説明しませんが、株式会社はストック・オプションに限定せず新株予約権を発行できるようになり、議決権制限株式など種類株式制度が見直され、転換予約権付株式が導入されるという改正が為されました。コーポレート・ガバナンスに関係する商法改正では、米国型の株主(株主の代理人としての取締役)が企業経営陣を監督する形態を取る『委員会等設置会社』『重要財産委員会』の制度が設置されました。

最近、新興IT企業や外資系企業で良く耳にする役職名に、CEO(Chief Executive Officer, 最高経営責任者)、COO(Chief Operating Officer, 最高執行責任者)、CFO(Chief Financial Officer, 最高財務責任者)、CTO(Chief Technical Officer, 最高技術責任者)、CMO(Chief Marketing Officer, 最高営業責任者)、CIO(Chief Information Officer, 最高情報責任者)などがありますが、これは株式会社の業務執行や経営監督を行う役員の職域と責任を明確化するためのアメリカ的な内部職制を採用していることを意味します。

しかし、その一方で、日本の会社法や商法では、CEOやCFOといった役員の身分・責任に関する規定はなく、委員会等設置会社の企業統治を選択している株式会社ではCEOの正式名称は執行役や代表執行役などで表されます。現在のところ、対外的にグローバル・スタンダードの内部職制・先端的な統制機関を持っていることを示すに留まっているといえます。日本で会社法に規定があり正式な役員名となっているのは、『取締役・代表取締役・社外取締役・執行役・代表執行役・監査役・社外監査役・会計参与』となっています。

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2002年の商法改正以前には、コーポレート・ガバナンスは伝統的に監査役制度の機能拡大や権限強化によって実現されると想定されていましたが、事実上は、上述したメインバンク制度や官僚主導の規制・指導、関連企業の株の持ち合いによって企業統治が為されていました。また、業務執行と経営活動に最高責任を持つ代表取締役を監督する役割をもつ者は、改正以前の商法では取締役会監査役と定められていました。しかし、日本の企業風土では長きにわたって、経営執行(業務執行)の責任と経営監督(業務・財務・投資の監視)の責任が混同されていて、執行役(経営執行の責任者)と取締役(経営監視の責任者)の役割を同時にこなしているような経営者が少なくなかったのです。

ある事柄が正しいか間違っているか、ある活動内容が優れているか劣っているかを判断・評価する場合に、身内が身内を監査するシステムや自分で自分を評価する制度では、どうしても判断が曖昧になったり評価が甘くなってしまいます。企業活動や経営実績に関する評価も同様の問題を抱えていて、経営者自身や経営者周辺の役員幹部が経営内容や業務執行の是非を評価する場合には、どうしても経営者側の利益にたった判断を下しやすくなってしまいます。

そこで、株主利益の増大と確保を至上命題とするアメリカ型の株主資本主義では、『株主総会で経営者に企業経営を委任して、経営内容が悪ければ解任するという原則』を重視するコーポレート・ガバナンスを実施しています。具体的には、企業からの独立性の高い株主利益を代表する取締役を企業に送り込んで、企業の経営者(執行役)の業務執行(事業活動)や経営状況(業績・財務)を厳しく監督するという内部統制のシステムを作り上げるという事になります。2002年の商法改正では、従来通りの監査役を設置する日本的な『監査役設置会社』か企業組織を改変して新たに企業内部の人事からの独立性の強い社外取締役などを設置するアメリカ型の『委員会等設置会社』かを選択できるようになりました。

適切なコーポレート・ガバナンスとは、経営責任と監督責任の所有者を明確に分離して、利益相反を起こしやすい経営者と株主の利益を(株主利益を出来る限り損なわずに)調整することにありますが、日本の企業文化の中では、株主至上主義的なコーポレート・ガバナンスよりも業務活動や経営実務に当たっている執行役(経営者)や従業員の利益も株主同様に尊重する傾向が強く出ています。

しかし、株主利益を最優先する企業経営のあり方には、『長期的利益よりも短期的利益を優先しがちになる傾向』『厳しい株主からの要請によるコンプライアンス逸脱の恐れ』があります。株価上昇や株主への配当金を至上命題とする経営方針は米国型コーポレート・ガバナンスの特徴でもありますが、株主利益を向上させて多額の経営報酬(インセンティブ)を得るために手段を選ばないというモラル・ハザード(企業倫理の破綻)が起きる危険性も高くなります。

記憶に新しいところでは、2001年に株価を意図的に操作する為に行われた大手エネルギー会社エンロンの粉飾決算事件があり、その粉飾決算の会計実務を遂行した名門会計事務所アーサー・アンダーセン社は廃業に追い込まれました。その翌年2002年には、大手通信会社ワールドコムの不正経理が発覚して、アメリカの株式市場に大きな動揺をもたらしました。日本でも2006年に、ホリエモンこと堀江貴文元社長が主導したとされる偽計取引や粉飾決算などが東京地検特捜部に摘発されて、一連のライブドア事件が日本の証券市場とライブドア株を所有していた個人投資家に大きなショックをもたらしました。

株主利益を重視して、経営陣の経営状況や財務内容への監視を強化するコーポレート・ガバナンスで危惧される最大のポイントは、株価を上げるために行われる不正経理や財務諸表で業績を良く見せるための粉飾決算の問題です。アメリカでは前述したエンロンとワールドコムの巨額粉飾決算事件を受けて、2002年にコンプライアンスを強化するコーポレート・ガバナンス改革の為にSOX法(Sarbanes-Oxley Act, 企業改革法)が制定されました。

この不正経理による粉飾決算を防止して証券市場の公正性・信頼性を担保するためのSOX法では、透明性と信頼性の高い財務諸表を情報開示させるための規定が多く盛り込まれていることが特徴であり、違法な手段で株主利益の上昇を図る株価操作などを行いにくくしています。信頼性の高い財務諸表を提出させる内部統制の充実、公正な監査を行える企業からの独立性が高く質の高い社外取締役(監査役)の設置、経営と監視の責任の明確な分離と経営者の追う責任の厳格化、企業内部の不正告発の推奨と内部告発者の利益の保護などがSOX法(企業改革法)に盛り込まれています。

グローバル化する競争経済や資金調達のための株式市場に適応する為のコーポレート・ガバナンスは、『株主総会・取締役・監査役など経営組織分野』『新株発行・社債発行など資金調達分野』『貸借対照表・損益計算書・資産評価・利益配当に関係する金融分野と財務会計』『企業の合併買収(M&A)・株式交換・株式移転など企業の組織再編分野』などの企業分野と密接な関係があります。経営責任と監視責任を明確に分離する株式会社のコーポレート・ガバナンスは、企業の収益力や成長性の上昇によって、株式会社の所有者(オーナー)である株主の利益を最大化することを目的としています。しかし、当然のことながら、企業価値の増大は株主利益(株価)の上昇のみにあるわけではなく、コンプライアンス(法令遵守)とCSR(企業の社会的責任)の遂行を促進することや企業利益を環境保護などの形で社会還元すること、財務諸表の透明性や適切な情報公開を心がけることもコーポレート・ガバナンスの充実につながってきます。

コーポレート・ガバナンスには、以下のような要素があります。

コーポレート・ガバナンスの要素

1.株式会社の事業活動や金融投資を適切に監視できる経営管理機構の整備。

2.株式会社の健全性・効率性・信頼性を毀損する経営者へのサンクション(制裁)の設定。株主代表訴訟と取締役の株主への責任。

3.株式会社の事業活動の理念と目的の確認とインセンティブ(報酬・誘引)の確保。株主利益と従業員利益、利益の社会還元の実現。
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