一日作さざれば、一日食らわず(いちじつなさざれば、いちじつくらわず):一日不作、一日不食:百丈懐海

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一日作さざれば、一日食らわず
(いちじつなさざれば、いちじつくらわず)

百丈懐海(ひゃくじょうえかい)

[出典]
『伝燈録』

[意味・エピソード]

百丈懐海(ひゃくじょう えかい,749-814)は、中国の唐の時代に自給自足の生活を送ったとされる禅僧であり、南宗禅・洪州宗の始祖である馬祖道一(ばそどういつ)の法を継いだストイックな人物である。

西山慧照(せいざんえしょう)の下で出家した百丈は、衡山の法朝律師(ほうちょうりっし)に戒律の『具足戒(ぐそくかい)』を授けられたとされる。馬祖道一から律宗の法を受けたが、馬祖の没後に江西省洪州の百丈山に住んで、律院から独立した『禅院』を初めて設立したとされる。百丈は禅門・禅宗寺院の規範(規矩・清規)を初めて定めた宗匠でもあり、禅宗寺院規範の集大成である『百丈清規(ひゃくじょうしんぎ)』を著している。

百丈懐海は労働規範を重視して、自分たちで自分たちの食べる物を生産すべしとする『自給自足』の体制と生活を実際に実践していたとされる。元和9年(814年)1月17日に没し、長慶元年(821年)に大智禅師と諡号されている。

禅僧の規範の集成である『百丈清規(ひゃくじょうしんぎ)』には、『作務(さむ)』『普請(ふしん)』という労働規範の実践が説かれており、百丈は高僧・高齢となって崇敬を集めるようになってからも自分自身で作務をして働くことをやめなかったのだという。『作務』とは日常生活で必要になる家事・雑事の労働、特に日常を生きるために必要な肉体労働のことであり、『普請』とは道路や橋、建物の建設のように社会・共同体のために成員がみんなで力を合わせて働く労働のことである。

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百丈は老齢になって身体が衰えてもこの作務(肉体労働)の実践をやめなかった。百丈は毎日の食物を自分で生産するために、田畑の耕作労働の作務を率先垂範して行っていたのだが、衰えても必死に働く百丈の姿を見かねた弟子たちが農具(鎌)を隠して畑仕事の作務ができないようにしてしまった。弟子たちは百丈の健康を案じて、もう働かずにゆっくり休息してほしいと願ったのである。

百丈は農具を探したが見つからなかったので、その日の食事を一切とらなかった。心配した弟子たちが師匠の百丈に『なぜお食事を召し上がらないのですか?』と尋ねると、百丈は『一日作さざれば一日食らわず(働いていない日は、その日一日は物を食べないのだ)』と答えた。それを聞いた弟子たちは、以後、老齢の師・百丈の労働を止めることがなくなり、自分らもますます作務の労働規範の実践に励んだのだという。

『易経』にも、労働規範に当たる『天行健なり、君子以て自強して(自ら努力して)息まず(やまず)』という言葉が残されている。ロシア革命を起こした共産主義者レーニンが好んだとされる『働かざる者、食うべからず』というスローガンは、キリスト教の聖書を出典にしているといわれるが、百丈の『一日作さざれば一日食らわず』と似た響きを持っている。キリスト教の『新約聖書』には、『天父は常に働きたまう、故に子も働くなり』という労働の規範的な自明性を説く言葉が残されている。

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『無門関(むもんかん)』第二則には、百丈と関係した『百丈野狐(ひゃくじょうやこ)』という公案が残されていて、『野狐禅(やこぜん)』という言葉を生み出したエピソードになっている。

百丈が説法をしていた時に、野狐に変えられたという一人の老人と出会う。この老人は大昔の僧侶であったが、自分が仏法を修めて大悟したと思い込んでいた。ある修行者から『修行をして大悟すれば因果律の制約を免れられるでしょうか?』と問われて、『不落因果(因果律の制約を受けなくなる)』と答えたために、その身を野狐に変えられて、五百生(五百回の生まれ変わり)をしてようやく今日の老人の姿に辿り着けたというのである。

百丈はこの老人から助けを求められ、『修行をして大悟すれば因果律の制約を免れられるでしょうか?』という同じ質問を突き付けられたが、百丈は即座に『不眛因果(ふまいいんが,因果の法則に対して目くらましすることはできない:因果法則は超えられない)』と答えた。この言葉によって老人はようやく真実の悟りに到達して、野狐の畜生の生から離脱することができたのだという。

この問答の後に、百丈は寺の裏山で死んでいた狐(老人の本性だった野狐)を仏法に依拠して火葬し弔ったのだという。このエピソードから仏教の禅宗では、真実禅の悟りに至らないダメな禅、禅と似て非なる邪禅のことを『野狐禅(やこぜん)』と呼ぶようになった。

参考文献
有馬頼底『茶席の禅語大辞典』(淡交社),秋月龍珉『一日一禅』(講談社学術文庫),伊藤文生『名僧のことば 禅語1000』(天来書院)

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