バルドル:アースガルドの美貌の貴公子

輝く美貌を持つ光の神バルドル

北欧神話のバルドル(Balder)は、父オーディンと母フリッグの間に生まれたまばゆく輝く光の神である。バルドルはギリシア神話における太陽の神アポロンに相当する位置づけにある神で、豊かな金色の髪、透き通った青い瞳(白い睫毛)を持つアースガルドで一番美しいとされる男神であった。バルドルはネプの娘ナンナと結婚して、息子のフォルセティを生んでいる。ブレイザブリク(ブレイダブリク)という美しく広い館に居住しており、フリングホルニという自分の船に乗って移動していた。

バルドルは圧倒的に美しい光輝く外見を持っていただけでなく、性格も他の神や人間に優しくて思いやりがあり、頭脳も抜きん出て明晰で弁論術にも秀でていたため、裁判官の役割を果たすことがあったという。平和主義的な優しくて温和な性格を持つバルドルは、神々の戦争の調停役を買ってでたり、病気や怪我で苦しんでいる人間を見ると薬草を与えて治療したりした。光の神バルドルは、理想的な外見と精神(中身)のバランスが取れた超越的な神でもあったが、戦争や争いごとは好むことが無かった。

容姿も性格も能力も優れていた美貌の貴公子バルドルだったが、ある日から不吉な影が迫ってきて殺されそうになる悪夢にうなされるようになり、毎晩繰り返される悪夢によって本当に自分が殺されるのではないかという不安に取り付かれる。息子バルドルのただならぬ様子を見て心配した主神オーディンは、死者の国ニヴルヘルを訪問して、死者の巫女を復活させ『バルドルの未来の運命』について聞いてみた。

死者の巫女は、『バルドルが盲目の神ホズ(バルドルの兄弟)に殺されること』『盲目の神ホズ(ヘズ)に対してリンドとオージンの子ヴァーリが復讐すること』を決定した未来の予言としてオーディンに伝えた。オーディンはこの絶望的な予言を妻の母神フリッグに報告して、息子のバルドルを死(ホズの暗殺)の危険から守るためにどうすれば良いのかを話し合った。

母神フリッグは、自分が死んでしまうという不吉な悪夢に毎晩のようにうなされるバルドルを見て心配になり、『世界中の生物・無生物』に対してバルドルを決して傷つけないようにするという約束をさせた。母神フリッグが万物に対してさせた約束(契約)によって、バルドルはどんな武器でもモノでも傷つけられることがない『不死身の神』になっていたはずだったが、フリッグの約束が唯一及ばなかったものが『ヤドリギの枝』であった。

母神フリッグが万物に対して結ばせた『バルドルを傷つけないという契約・約束』が、どうしてヤドリギにだけ及ばなかったのだろうか。その理由は、ヤドリギが契約を結ぶことができないほどに若かったからとか、フリッグが弱々しく殺傷能力が無さそうなヤドリギを契約の対象から外していたからとか言われる。フリッグがヤドリギだけと契約していないことをどこからか知った邪神ロキが、ヤドリギをバルドル暗殺の凶器にすることを思いついたのである。

サクソ・グラマティクスの歴史書『デンマーク人の事績』では、バルドルはオーティヌス(オーディン)の息子である半神の勇猛で攻撃的な戦士・バルデルスとして描かれており、完璧な光の神という属性は与えられていない。バルデルスの頑強な肉体はどんな武器でも貫くことができないが、森に住む神(サチュルン)のミミングが持つ剣であればバルデルスを傷つけることができた。『デンマーク人の事績』では、ロキの陰謀によってホズの投げたヤドリギで死ぬのではなく、ホテルス(ホズ)の乳兄妹・ナンナをめぐってホテルスと正面から戦うというストーリーに変えられており、最終的にはバルデルスはホテルス(ホズ)に敗れて死ぬことになる。

ロキの陰謀によるホズを使った“バルドルの暗殺”

火の神・邪神であるロキは、完璧な美しい外見と優れた能力を持ち、両親やみんなから好かれて愛されている光の神バルドルを、かねてから強く嫉妬して憎しみの感情を抱いていた。ロキの嫉妬と憎悪に根ざした悪感情(殺意)のオーラが、バルドルが毎晩のように見る『自分に危険が差し迫って死んでしまう悪夢』の原因にもなっていたのである。

ロキは母神フリッグの『バルドルを傷つけないという契約・約束』がヤドリギだけには及んでいないということを聞き知って、遊技場で神々が遊んでいる時に、盲目の神ホズ(ヘズ)をそそのかして『鋭く尖らせたヤドリギ』を投げつけさせるという暗殺計画を立てた。万物との契約によって、何をぶつけられても傷つかない身体になったバルドルを神々が祝福して、色々な物や武器を投げつける娯楽を行っていたのだが、ロキはそこにバルドルの兄弟でもある『盲目の神ホズ』を差し向けたのである。

ヤドリギにバルドルを傷つける力があるとは知らない盲目のホズは、ロキにそそのかされて、鋭く矢のように尖らせた『ヤドリギ(ミスティルテイン)』をバルドルに面白半分で投げつけると、これが命中してバルドルは死んでしまうのである。如何に神であっても、戦死ではない暗殺(事故)によって死んでしまったバルドルは、オーディンの主宰するヴァルハラ宮殿に入ることはできず、地下の冥界ヘルヘイムに送られてしまった。

母神フリッグが余りにバルドルの死を嘆き悲しむので、バルドルの弟ヘルモーズが冥界ヘルヘイムへ行って、冥界の女王ヘルにバルドルの生命を復活させて欲しいと頼み込んだ。女王ヘルは『全世界の者すべてが、バルドルのために涙を流してその死を悲しんでいるのであれば生き返らせてあげよう』と言ったが、またもや、ロキが変化した巨人の女セック(ソック)が泣かなかったのでバルドルは復活することが無かった。

陰謀を企んだロキは、神々に捕まえられて懲罰を受けることになったが、光の神バルドルが死んだことによって、『ラグナロク(最終戦争)』の時が着実に近づいていた。ラグナロクではオーディンらの神々も死んで世界は滅亡してしまうが、バルドルは兄弟のホズと共に新世界で甦って一緒に暮らすことになると伝えられている。無実の神聖な人間が殺されてしまい、その後に最終戦争を経て復活するという物語性は、後のキリスト教の最後の審判や復活の教義に影響されているとも言われている。

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