太陽の神アポロンと狩猟の神アルテミスのエピソード

ゼウスと愛人レトの間に産まれたアポロンとアルテミス

精力絶倫なギリシア神話の主神ゼウスは、智慧の女神メティスを妊娠させて飲み込み、自分の頭部から智慧と戦いの女神アテナを誕生させました。その後も、掟の女神テミスとの間に、季節の女神ホラを生み、記憶の女神ムネモシュネとも交わってオルフェウスの母となる詩の女神ムサを生みます。更に、豊穣の女神デメテルとも関係を持って、ハデスの妻となり冥界の女王となるペルセポネーを作ります。ゼウスは、神の女性である女神だけでなく、レダやセメネ、アルクメネといった人間の女性とも交わって、数多くの子どもを作ります。

非常に嫉妬深くて浮気相手に対する残酷な復讐を企てる正妻のヘラと結婚してからも、ゼウスは浮気や不倫を繰り返しますが、ヘラが最も強い嫉妬と憎悪を抱いたのがゼウスの愛人レトです。女神レトは、太陽(光明)と音楽、弓矢の神であるアポロンと狩猟と妊娠(妊婦)の神であるアルテミスを双子として産むのですが、ヘラはギリシアの神々の中でも特に優れた能力を持つアポロンとアルテミスを産もうとするレトが妬ましくて仕方がありませんでした。

ゼウスの子を身ごもった女神レトの出産を何とかして妨害しようとしたヘラは、世界中の土地でレトを出産させてはならないとする命令を発しますが、レトは妹のアステリアが姿を変えたオルテュギア(うずら岩)と呼ばれる岩の上で出産しようとします。レトの妹アステリアは、ゼウスから愛人になるよう求められたのですが、その要求を毅然としてはねつけて鳥の鶉(うずら)になって逃げたのですが、その為に、ゼウスから罰を与えられて海に浮かぶ岩に変えられてしまいました。海を流れ漂う岩であるオルテュギアとなったアステリアは、ヘラの命令した土地の定義に当てはまらず、また、ゼウスの浮気を断固として拒否したアステリアにヘラは同情していたので、ヘラがオルテュギア(うずら岩)での出産を妨害しにやってくることも考えにくかったのです。

しかし、オルテュギアの上で出産しようとするレトを妨害するために、ヘラは出産の神エイレイテュイアを宮殿に閉じ込めました。レトは幾度も陣痛に見舞われますが、出産の神がいないので、なかなか子どもが胎外へと出てきません。お産に苦痛の声を上げて力み続けるレトを救助しようと虹の女神イリスは、ヘラの目を盗んでエイレイテュイアを連れて行き、レトの出産を支援しました。出産の神エイレイテュイアが来たので、レトは無事に出産を終わらせることができ、初めにアルテミスを産み、続いてアポロンを産むことに成功しました。

アポロンは、『神託・音楽・弓矢の神』であると同時に『太陽(光明)の神』であり、地上に生まれ落ちたその時から、目映いばかりの高貴な黄金の光を、全身から放ち神としての地位と能力の高さを示していました。森林に住む狩猟・弓矢の女神となるアルテミスも、清らかで高潔な処女神としての圧倒的な美しさを漂わせており、周囲を敬服させる気品と武勇を兼ね備えていました。

狩猟と森林の女神アルテミスは、妊婦の安産を支援する守り神としての性格も持ち、ギリシア神話に登場する女神の中でもアテナやヘラ、アフロディーテと並ぶ偉大な女神と考えられています。レトの出産を助けた功績を評価されたオルテュギア(うずら岩にされたアステリア)は、アポロンの絶大なる能力によって、移動されエーゲ海の中心に固定されて、デロス島(明るい島)と呼ばれるようになりました。後に、都市国家アテナを中心にした軍事同盟であるデロス同盟の拠点が置かれる島が、このオルテュギアが固定されたエーゲ海上のデロス島になります。

アルテミスは、妊婦(出産)の神ですが、妊婦から流産や死産で子どもを奪うこともあれば、妊婦の安産を促進するような恩恵を与えることもあります。アルテミス自体は、誰とも結婚せず誰とも性的関係を持たない『永遠の処女神』であり、潔癖な人格と倫理的な高潔さを絶えず維持しています。森林の最奥部にある清らかな泉で水浴するアルテミスの裸体をうっかり覗き見た狩猟の達人アクタイオンは、羞恥と怒りに燃えるアルテミスによって鹿へと姿を変えられ、アクタイオンが連れていた猛犬たちによって食べられるという残虐な罰を与えられました。

未来の予言を行う神託の神であるアポロンは、ギリシア世界最大の聖地であるデルフォイ(デルポイ)に祭られる神となりますが、アポロン以前には大地母神ガイアが人間に神託を与える役目を担っていました。古代ギリシアでは、パルナッソス山の麓に位置するデルフォイ(デルポイ)は、大地母神ガイアのヘソと言われ、世界の中心地であるということで信仰の対象となる『荘厳な聖地』と考えられていました。

その為、国家の命運を分ける戦争や王位継承の判断をする時や個人の人生を大きく左右する仕事や結婚の重要な決定をする時には、デルポイにあるアポロン神殿に出向いて、ピュティアと呼ばれる霊媒の巫女から、アポロンの神託(予言)を受けていました。アポロン神に仕える清らかな穢れなき処女のピュティア(巫女)は、地底から吹き出てくる火山性のガスを吸い込んで、意識朦朧としたトランス状態になりアポロンの神託を人間へ伝えたといいます。

竪琴を美しく奏でるのが得意だった音楽の神アポロンには、戦いと智慧の女神アテナが、機織りの天才少女アラクネを蜘蛛にしてしまったのと同じようなエピソードがあります。技術の女神アテナが発明・製作した笛を拾ったシレノスのマルシュアスが、アポロンに音楽の技術の勝負を挑んで打ち負かされ、生きたまま木に逆さづりにされて皮を剥がれるという逸話です。

シレノスというのは、馬の耳と馬の脚、尻尾を持つヒョウキン者でユーモアに富んだ会話が得意な精霊のことですが、自分の笛の腕前に自惚れてアポロンに勝負を挑んだシレノスのマルシュアスは、生きたまま皮を剥がれるという残酷な処罰を受けてしまいました。音楽と弓矢、神託の神アポロンは、自分への敬意を忘れて、分不相応な傲慢な態度を取る相手に対しては、情け容赦のない無慈悲な対応を取ったり、残虐な厳しい罰則を科したりする『畏敬すべき神』としての性格を持っているのです。

弓矢の神アポロンの子・医術の神アスクレピオス

アポロンは、卓越した竪琴の演奏者としての技術を持つ『音楽の神』であり、未来の出来事を予見する能力を持つ『神託の神』でもあります。そして、どんなに遠方にいる相手でも一撃で射殺することの出来る弓矢の達人であり、アポロンは『弓矢の神』としてもその名を轟かせています。アポロンの弓矢は、自らを侮辱し軽視する傲岸不遜な相手に確実な『死』をもたらしますが、アポロンが大量に弓矢を射ると人間社会に『死に至る疫病』を流行させることも出来ました。

アポロンは、弓矢による死と疫病(感染症)を引き起こす恐ろしい神ですが、それと同時に、あらゆる病気や怪我を瞬時に治療して完治させることが出来る『医術の神』としての側面も持っていました。アポロンは、テッサリア地方のラリッサという国の王プレギュアスの娘コロニスを深く愛して、後に医学の神となるアスクレピオスを身ごもらせます。しかし、絶世の美女として近隣の国々にまで知られていたコロニスは、浮気心をついつい抱いてしまうことが多く、コロニスの貞淑な純愛を信じられないアポロンは真っ白な羽のカラスに彼女を監視させていました。

コロニスが人間の男イスキュスと浮気していた現場を見た真っ白なカラスは、ただちにアポロンの元へ舞い戻ってコロニスが他の男と関係を持ってしまった事実を伝達します。カラスの報告を聞いて激昂したアポロンは、自分を裏切って密通したコロニスを許すことが出来ずに、ラリッサに向けて弓矢を放ちコロニスの生命を奪ってしまいました。しかし、弓矢を撃ち終わった後に、一時期の激情に駆られてコロニスを殺してしまった事を強く後悔したアポロンは、自分に余計なことを伝えたカラスを恨んでそれまで真っ白だったカラスの羽を真っ黒に変えてしまいました。ギリシア神話のエピソードでは、元々真っ白だったカラスの羽が黒くなったのは、コロニス浮気の件でアポロンの不興を買ってしまったからだとされています。

アポロンが射殺してしまったコロニスの遺体は火葬にされましたが、アポロンとの間に出来た子どもアスクレピオスは、今にも燃え尽きようとする母親の胎内で生命を保っていました。燃え盛る火葬の炎の中に手を差し込んだアポロンは、コロニスの母胎からアスクレピオスを取り出し、その養育をテッサリアのペリオン山に住むケンタウロスの賢者ケイロンに依頼しました。ケイロンは最高の知識人として知られるケンタウロスで、ケンタウロスというのは人間の上半身と馬の四つ脚の下半身を持つ怪物です。

ケンタウロスは一般的に好色で貪欲な性格を持ち、凶暴で好戦的な振る舞いを示すのですが、不死身のケイロンだけは例外で、世界のあらゆる事柄に精通した高度な知性と冷静な思慮深さを併せ持ったケンタウロスとして知られていました。ケイロンは当時最高の知識人であると同時に、理想的な家庭教師でもあり、多くの神々や英雄の才能を開花させる英才教育を行いました。あらゆる病気を瞬時に治すアポロンの医術の能力を継承しているアスクレピオスの才能に気づいたケイロンは、アスクレピオスに医学と医療の英才教育を施し、アスクレピオスは当代一の名医へと成長していきました。

医聖となったアスクレピオスは、重病に苦しむ人々を病から救い、重症の怪我人を回復させ、既に死んでいる人々に治療を施して再生させました。不世出の医師として縦横無尽に、病人・怪我人・死人を救済するアスクレピオスの姿を見ていた主神のゼウスは、『既に死すべき運命にある人間を生き返らせるアスクレピオスのような超越的な医師の存在を許していると、人間個人の死によって保たれている人間社会の秩序が崩壊してしまう』と考えました。生と死という人間の運命を医術によって自由自在に操作し、既に死すべき運命を驚異的な医療の技術で捻じ曲げてしまうアスクレピオスによって世界の秩序や調和が崩れてしまうと心配したゼウスは、アスクレピオスを殺すことを決断し、雷の一撃を飛ばしてアスクレピオスの生命を奪います。

最愛の妻コロニスが残していった忘れ形見であり、医術の達人として自慢の息子でもあったアスクレピオスを殺されて、父親のアポロンは激怒し悲嘆に明け暮れますが、最高の権力を有するゼウスには逆らうことが出来ません。そこで、アポロンはゼウスの武器である雷霆を創ったキュクロプス(単眼巨人)たちを、得意の弓矢で次々と射ち殺していきました。ゼウスにキュクロプス殺害を指弾されたアポロンは、罰則として一年間という期間を人間の僕として働かせられることになりましたが、無慈悲にアポロンの息子アスクレピオスを殺害したことを反省したゼウスは、アスクレピオスの魂を天空に引き上げて、人々を病苦の絶望から救済する『医術の神』としました。

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