『古事記』『日本書紀』の日本神話

スポンサーリンク

日本神話の伝説的エピソードのあらすじ

神社と神道

ここでは、『古事記』『日本書紀』の記述を基にした日本神話の粗筋(あらすじ)とエッセンスを紹介していきますが、日本神話は古代日本の主権者・祭祀者であった“天皇家の皇統”との深いつながりを持っています。『古事記』と『日本書紀』の特徴は、神々が活躍した時代である“神代(かみよ)”と神武天皇が紀元前660年に初代天皇に即位してからの“人代(ひとよ)”との境界線が曖昧であることであり、『天皇の血統』は神々の世界の後胤であるという伝承になっています。

明治期以降の近代日本(戦中まで)で天皇陛下が『現人神(あらひとがみ)』とされた根拠もこの日本神話にあるわけですが、当然ながら現代の歴史学・科学では(人間ではない)神の子孫としての天皇が認められているわけではありません。しかし、初代神武天皇が即位したとされる紀元前660年2月11日にちなみ、現代でも2月11日は『建国記念日』となっています。初代・神武天皇から第44代・元正天皇(女帝)までの漢風諡号は、奈良時代後期の文人・淡海三船(おうみのみふね)が命名したとされており、それ以前は神武帝であれば神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)といった和風諱号で呼ばれていました。

『古事記』は日本最古の歴史書であり、元明天皇の勅命を受けて和銅5年(712年)に太安万侶(おおのやすまろ)によって献上されたもので、神代の天地の時代から推古天皇(592年即位)の時代までが書かれています。“上・中・下”の全3巻で構成されており、驚異的な記憶力を持つ稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗誦していた『帝紀』(天皇の系譜)と『旧辞』(昔の伝承)を太安万侶と舎人親王が書写したと推測されています。仏教が538年(552年)に日本に伝来してからは、日本の神代の神々は仏が仮の姿を取って化身したものだったとする『本地垂迹説』が日本各地に広がっていき、神道と仏教の世界観が混合する神仏習合(シンクレティズム)が起こりました。

スポンサーリンク
楽天AD

『日本書紀』は舎人親王らの編集で養老4年(720年)に完成した日本最古の正史であり、神代から持統天皇(697年即位)の時代までを漢文・編年体によって記述しています。全30巻・系図1巻の長編であり、その続編として『続日本紀(しょくにほんぎ)』が菅野真道(すがのまさみち)らによって延暦16年(797年)に完成しています。『続日本紀』は文武天皇元年(697年)から桓武天皇の延暦10年(791年)まで95年間の奈良・平安時代の歴史を扱っており、これも全40巻の大著となっています。

神武天皇はニニギノミコトの曾孫(山幸彦の孫・ウガヤフキアエズノミコトの子)とされますが、ニニギノミコトは天照大御神(アマテラスオオミカミ)の孫なので、神武天皇は神々の血統を引くものとして位置づけられています。日本神話は天地と神々の始まりを物語的に語り、天つ神の命令でイザナギとイザナミが日本の国生みをする神秘的な場面を描き、死んだイザナミが送られた黄泉国(死後の世界)までもおどろおどろしく表現しています。太古的な生命力と創造力を躍動させつつ、日本の皇統の歴史へと接続しているとされる『日本神話の世界』には、興味深い伝説やテーマが多く含まれています!

日本神話の伝説的エピソードのあらすじ

神社と神道

スポンサーリンク
Copyright(C) 2018- Es Discovery All Rights Reserved