心理学史の資料とアーカイヴ

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心理学史の研究は、過去に書かれた自伝や伝記などの記録を調査するものというイメージがありますが、決してそれだけではありません。歴史研究をする場合には、『一次資料(primary sources)』『二次資料(secondary sources)』を区別しています。一次資料というのは、本人に関する直接的な資料のことです。例えば、本人の手紙、日記、原稿、本人に関する公文書のことです。本人の学術論文や実験装置も一次資料にあたります。

一方、二次資料というのは、本人に関する間接的な資料のことで、伝記や他人の手による覚書などの資料のことです。それらは、本人自身の言葉や文章によって再現された人生や理論ではありませんから、『伝聞・推定』といった不確定な要素がかなり入ってきます。また、自伝は本人自身の筆によって書かれるものですが、現在の時点から自分自身の記憶を頼りに人生を再現するので、曖昧で不確かな部分が出てきたり、記憶の内容が変化してしまう場合があるので二次資料とされます。

また、自伝の場合は、自分にとって不名誉なことや不利益になることを書き残さない場合も考えられるので、客観的な事実をありのままに残しているとは言いがたい部分が残ります。一次資料をどこで探すのかというと、海外の主要な大学には、心理学史研究の為の『アーカイヴ(archives)』(文献資料、写真資料、実験装置などの保管場所)があり、そこで資料を探すことが出来ます。

アメリカの有名な心理学史のアーカイヴは、オハイオ州のアクロン(Akron)大学にありますが、そこには心理学に関する貴重な古典や文献が集められています。文献資料以外にも古い精神物理学に使った実験機器や心理学者個人の一次資料などが綺麗に整理され収集されています。他の心理学史アーカイヴで充実している場所には、ドイツのパッサウ(Passau)大学、オランダのフローニンゲン(Groningen)大学などがあります。

残念ながら日本には、国立公文書館のような一般的なアーカイヴがあるだけで、心理学史専門のアーカイヴは出来ていません。アーカイヴに貴重な文献資料や研究装置を集めることには、公共機関が責任をもってその大切な資料を管理・保管することで、資料の散逸を防ぎ、効率良く研究者に資料を公開できるというメリットがあります。個人で重要な資料を持っていると、不注意や事故で資料が散逸するという危険もあるので、そういった危険から資料を守るという役割もアーカイヴにはあるのです。

学会と学術雑誌

心理学史について専門的に深く学ぼうとする研究者の多くは、独自の学会に所属して、学術雑誌に研究を発表していますが、世界最初の心理学史の学会は、1968年に設立された『国際社会行動科学史学会』(The International Society for the History of the Social and Behavioral Sciences)、通称カイロン(Cheiron)と呼ばれる学会です。

このとても長い学会の名前には、『心理学』という文字は含まれていませんが、この学会の構成員の大部分は心理学者であり、社会科学や行動科学の歴史を研究している国際的な学会なのです。心理学以外の分野の参加者を見ると、社会学、人類学、哲学、教育学、科学史などの研究者がカイロンに参加しています。1968年のカイロン設立以前にも、1965年に『社会行動科学史雑誌』(Journal of the History of the Behavioral Sciences)という学術雑誌が出版されました。

その後、1982年にカイロンの欧州版『欧州人間科学史学会』(European Society for the History of the Human Sciences)が設立されました。そして、カイロンと同じ『社会行動科学史雑誌』を学会誌として研究活動を進めています。心理学史の研究者の数はあまり多くないので、こういった国際的な学会活動が必要となるのですが、その他にもアメリカ、イギリス、ドイツ、スペインなどにも心理学史専門の学会が存在していて、学術雑誌を発行しています。日本には、残念ながら、まだ心理学史を専門とする学会は存在していません。

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