認知心理学の誕生と発展

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認知心理学成立の背景

認知心理学は、確かに画期的な新しい視点を導入した心理学といった性格を持ちますが、心理学の認知的な方向性そのものは心理学史のかなり早い段階から見られていました。例えば、ヴントの主意的心理学、ティチナーの構成心理学、そして機能心理学の中でも、認知的な方向性は重要なものとして捉えられ、(その研究方法は違えども)精力的に認知の研究は進められてきました。また、認知心理学の考え方の底流には、“理性主義”の考え方があり、認知心理学では理性主義に見られる生得的な概念やシステムをモデル化しようとします。この点は、客観的に観察可能な行動を研究対象とする“経験主義”的な行動主義心理学とは異なるところでしょう。

そういった理性主義という観点から見ると、認知心理学というのはその誕生において『反行動主義的な性質』を持っていたと言えそうです。また、認知心理学が勢いを増すのと同時に、哲学など人文学や社会科学の領域で『構造主義(structuralism)』が起こってきたことも重要な学問史全体の流れです。構造主義とティチナーの構成主義(構成心理学)は同じ“structuralism”を用いますが、日本語に訳すときは人文学全般の構造主義とティチナーの構成心理学を混同しないように、ティチナーのほうは『構成心理学』という風に訳すことが慣習になっています。

一般に構造主義というと、文化人類学のレヴィ・ストロースや言語学のソシュール、社会科学(哲学)のミシェル・フーコー、精神分析のジャック・ラカンなどが有名ですが、心理学の中でもっとも有名な構造主義者とされるのはピアジェです。アメリカで、ハルやスキナーの新行動主義が流行していた1930年代~1950年頃までは認知心理学的な研究はあまり振るいませんでしたが、その後、1950年代からはまた認知的な研究が盛んになってきました。

とはいえ、1950年代以前の新行動主義の時代にも認知的な研究がまったく無かったわけではなくて、バートレットの想起の研究やピアジェの認知の発達的研究などがありました。認知心理学は、心理学の中でも特別に科学性の高い分野ですので、自然科学や工学の情報処理理論からとても大きな影響を受けてきました。まず、工学の分野でウィーナーサイバネティクス(cybernetics)が認知的な研究に影響を与えました。ウィーナーは、情報処理の構造と機能に関わる領域をサイバネティクスと定義(1948年)して、機械的あるいは生物的システムがどうやって目標に到達し、システムの平衡を維持するためにフィードバックをどのように利用するのかなどを研究しました。

1949年には、ベル研究所のシャノンがでて、全ての情報を電子工学的に処理する方法としての“情報理論”を提唱しました。上記のように工学の分野における情報処理理論は、認知心理学に多大な影響を与えてきました。そういった工学の理論的影響を合わせて、コンピューターの登場人工知能(artificial intelligence)の研究も認知心理学の発展に大きく寄与したと考えられます。

20世紀にコンピューターが飛躍的に発展した背景としては、真空管やトランジスタがコンピュータ部品として応用可能になったという科学技術的な進歩と戦争による『暗号化・解読の必要性』が考えられます。つまり、戦争の中で、味方に秘密裏に指令を伝える為に暗号化した情報を送ったり、敵の情報を事前に知るために暗号を解読したりする必要があったのです。『コンピュータのような機械も考えることができるのだろうか?』という問いを発して、人工知能分野の研究の先駆けとなったイギリスの数学者チューリングも、第二次世界大戦中には電子計算機の原理を応用してドイツ軍の暗号を解読しました。

また、人工知能分野への関心の高まりと共に、思考、理性、知能、知覚といった心理学的概念の曖昧さがあらわになってきて、そういった概念の更なる深い研究が必要となってきました。人工知能の可能性や是非を巡る議論は、心と身体、心と物質、心と脳といった関係についての論争『心身問題・心脳問題・クオリア問題』を再燃させ、新たな問題も提起する結果となりました。

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認知心理学の展開

これまで「どれだけの分量をどれだけの時間で覚えられるか」といった現象的な側面ばかりが強調されていた“記憶”を、情報処理という観点からモデル化する試みによって書かれた論文に次のようなものがあります。まず、G.A.ミラーの論文で『マジカルナンバー7±2:私たちの情報処理能力の限界について』というものがあり、もう一つはブロードベントの論文『人間の注意と直接記憶に関する機械的モデル』です。こういった心理学と工学の情報処理理論の横断的研究が進展するにつれて、“情報処理”あるいは“認知”という用語が非常に幅広い分野で使用されるようになっていきました。

知覚に及ぼす人格・気質や社会的要因の影響を研究するというニュールック心理学(new look psychology)ブルーナーらの手によって開拓され、1960年代以降、様々な認知的理論の文脈の中でニュールック心理学的な事柄が検討されるようになりました。また、ブルーナーは、1956年に『思考の研究』を共著で著して、概念学習について考察し、人々は刺激に対してただ単に反応するのではなく、能動的に新しい概念を形成する能力があることが確認されました。

更に、社会心理学者のフェスティンガーは、『認知的不協和理論』(1957)を著し、人間は自分が既に手に入れている利得は高い評価をして、自分が欲していて手に入らないものは価値の引き下げをするという認知を解明しました。フェスティンガーは、認知的不協和理論によって、対人認知研究の分野を切り開きました。1960年に、G.A.ミラーとブルーナーによって、ハーヴァード大学に“認知研究センター”が開設されました。そして、1960年、G.A.ミラーは共著『プランと行動の構造』を書いて、それまでの行動主義モデルに代わる『行動の記述単位としてのTOTE』を考えました。行動主義モデルでは、行動を考える際の最小単位は『S-R』でしたが、G.A.ミラーはそれでは不完全でおおざっぱな行動記述しか出来ないとして“TOTE”を提案したのです。

TOTEとは、『テスト(Test)―操作(Operation)―テスト(Test)―出口(Exit)』の構成要素からなるフィードバック回路のようなもので、サイバネティクスの影響を色濃く受けているようです。TOTEでは、行動は常に目的・目標といった一定の基準にコントロールされていて、TOTE単位自体がより上位のTOTEやより下位のTOTEから構成される階層的な構造を持っていると考えられました。こういったTOTEのような情報処理の回路は、認知心理学だけではなく、神経科学といった隣接分野とも密接な関わりがあります。情報処理理論は、脳の情報伝達過程の説明モデルとしても応用できますし、脳機能の局在といった現象とも適合しています。TOTEに見られる『階層化された下位モデル』という考え方は、脳を介在した情報処理過程である『感覚系→連合野→運動系』といった情報の流れとして共有されています。

コフカの『ゲシュタルト心理学の原理』に示唆を得たナイサーは、1967年に『認知心理学』というそのままの名前の著書を書いて、認知心理学の名を普及させるのに貢献しました。ナイサーは、非常にゲシュタルト心理学との関係が深い人で、修士の学位もゲシュタルト心理学者ケーラーの下で取得しています。また、ナイサーは、ヒューマニスティック心理学者マズローのいたブランダイス大学で心理学を教え、後年になって『(ヒューマニスティック心理学ではなく)認知心理学こそが心理学の第三勢力である』と主張したとされます。

バンデューラの認知心理学

科学的な心理学として行動主義の方法論を欠かす事は出来ないので、認知心理学の台頭によっても、行動主義的な心理学そのものが根本から否定されるといった状況はまず考えられません。だから、行動主義は認知心理学的な修正や訂正を受けて、より進展していくことになります。学習理論によって有名な新行動主義のスペンスの弟子のカナダ人バンデューラは、臨床心理学で学位を取りましたが、モデリングを基軸とした『社会的学習理論』を提唱しました。

モデリングは、1930年代から行われていた観察学習の研究の発展型であり、それまで観察学習はモデルと同一の反応を実際にした時に強化を受ける(学習が進む)と考えられていました。これに対してバンデューラは、モデルの反応をただ単純に観察しただけでも学習が出来て、実際に遂行したり、強化を受けたりしなくても学習が成立するという新しい観察学習モデルを提示し、はじめ『代理学習』と名付けました。バンデューラの代表的著作は、1971年の『モデリングの心理学』であり、この著作の中で“S-R理論”の刺激と反応は直接的に結びついているのではなくて、その間には認知的過程があるはずだと考えました。

スキナーの考える行動モデルは『強化子を統制するものが、行動を統制する』といった機械論的なものでしたが、バンデューラの説くモデリング理論では『社会のモデルを統制するものが、行動を統制する』という事が出来ます。バンデューラは、対人間の認知過程を学習理論に大幅に導入しました。そして、1977年には『自己効力感――行動変容の統一的理論に向けて――』を著して、社会的認知理論の適用領域を拡大し、現在では教育心理学や臨床心理学の場においても重要な理論として扱われています。

以上、見てきたように、認知理論はそれ自体は革命的な性質よりも復古的な性質を持つもので、コンピュータによる比喩の多用や情報処理理論は確かに新しいものですが、認知的な研究そのものが真新しいわけではないのです。

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