報酬・資源の分配原理と公平感(公正感)の感じ方

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このウェブページでは、『報酬・資源の分配原理と公平感(公正感)の感じ方』の用語解説をしています。

J.S.アダムスの公平原理(衡平原理)と不公平感の解消

M.ドイッチュの集団の性格による分配原理の変化と手続的公正


J.S.アダムスの公平原理(衡平原理)と不公平感の解消

人は『金銭・資源の報酬』が、誰にどのくらい配分されるのかということに強い興味と感情を持っている。金銭(資源)の報酬がどのようなルール(基準)に基づいて配分されているのかということを『分配原理』という。この分配原理が『公平・公正な基準』としてポジティブに受け取られれば、人は自分と他者の取り分(分配率)に納得する。反対に、『不公平・不公正な基準』としてネガティブに受け取られれば、人は自分と他者の取り分(分配率)に納得せず怒り・嫉妬・怨恨の感情を持ちやすいのである。

代表的な分配原理には、以下の3種類がある。

公平原理(衡平原理)……それぞれの人の成果や貢献の度合いによって報酬(資源)を分配する原理。

平等原理……結果を問わず、それぞれの人に均等・平等に報酬(資源)を分配する原理。

必要原理……それぞれの人の必要性(ニーズ)に応じて必要な分だけ報酬(資源)を分配する原理。

社会心理学者のJ.S.アダムスが、1960年代に自身の『公平理論(衡平理論,equity theory)』に基づいて提唱したのが『公平原理(衡平原理)』である。集団を構成している構成員は、自分が集団に貢献した度合いである“インプット”に見合った“報酬・成果(アウトカム)”を受け取った時に『公正感(その報酬の割り当てが正しいという納得感)』を感じるというのがJ.S.アダムスの公平理論である。

帰属集団にどれくらい貢献しているかという自分のインプットとアウトカムの比は、自分と類似した能力・成果を持つ他者とほぼ等しくなっているが、これが『公平(衡平)な状態』と呼ばれるものである。公平な状態が成り立っている時には、以下の等式が成り立っているとされる。

Os/Is=Oa/Ia

Os=自分のアウトカム(報酬の大きさ),Is=自分のインプット(貢献度),Oa=他者のアウトカム,Ia=他者のインプット

この等式の両辺が等しくない時には、『自分よりも相手が得をしている(自分のほうが損をしている)』という“不公平(不衡平,inequity)の感覚”が生じやすくなり、人はできるだけその不公平(不衡平)な状態を解消して公平(衡平)な状態に近づけようとする本性を持っているのだという。

『不公平(不衡平)な状態』を解消する方法としては、以下のようなものが指摘されている。

1.自分のインプットを変える……努力する量・頻度を増やしたり減らしたりする。

2.自分のアウトカムを変える……報酬の増減あるいは地位の上昇・降格に関わる要求を集団に対して行う。

3.自分のインプットやアウトカムを認知的に歪曲する……やり甲斐のある仕事(労働時間の短い楽な仕事)だから報酬は少なくても良いと思うなど、事実を自分が納得できるように解釈していく。

4.自己と他者との比較を避ける……自分の苦労と他人の苦労を比較せず、自分の報酬と他人の報酬を比較しないようにする。頑張った自分が報われていないという不満を抱かないで済むように自他の比較をやめる。

5.比較する他者のインプットとアウトカムの比を変える……他者により多くの努力・貢献を求めたり、もっと大きな成果を出せるように圧力をかけたりする。

6.自分のインプットとアウトカムの比にほぼ等しい他者とだけ自分を比較する……自分よりも楽をして多くの報酬を得ているような他者、自分よりも苦労して少ない報酬しか貰えていない他者を見ないようにする。自分と似通った能力・価値観・報酬の相手とだけ関係を持つようにする。

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M.ドイッチュの集団の性格による分配原理の変化と手続的公正

社会学者のM.ドイッチュは、J.S.アダムスの『公平原理(衡平原理)』が採用されない集団についても考察している。J.S.アダムスが提唱した自分の貢献度(成果)に応じて報酬を受け取るという『公平原理』は、経済的な生産性・効率性を重視して構成員に競争をさせている集団ではおよそ普遍的な原理として当てはまる。だが、構成員の親密かつ良好な持続する人間関係が中心になっている共同体的な集団では『平等原理』のほうが採用されやすくなる。

平等原理が最も良く当てはまる典型的な集団は『家計を共にする家族・親族』であり、農業・漁業などの共同作業を生業にしている昔ながらの『伝統的な村落共同体』である。自分のほうが能力が高くて成果を出しているのだからもっと報酬を貰いたい、自分のほうが集団に対する貢献の度合いが大きいのだから相手はもっと報酬が少なくて良いはずだといった『公平原理』は、家族・夫婦を典型的なものとして極めて親密かつ良好な人間関係(集団関係)にある人たちには適用されないということである。

逆に、親密で良好な持続的人間関係にある相手(配偶者・子供など)に対して『公平原理』を厳密に適用しようとする人は、『心のない冷たい人・自分さえ良ければよい人』という道徳的な非難を浴びせられやすくなる。通常、自分のほうが能力があって収入が多いのだから、『自分はステーキを当然の報酬として食べるが、能力の劣る妻(夫)はふりかけご飯で十分だ』というような杓子定規な公平原理をふりかざす人は、結婚生活(夫婦関係)が即座に破綻するか経済的DVとして法的処罰を受ける恐れもある。

集団の構成員が個人主義的な価値観を持って“競争”している場合には『公平原理(衡平原理)』が適用されやすいが、集団の構成員が共同体主義的な価値観を持って“協力”している場合には『平等原理』が適用されやすいのである。また、国家(行政)のように集団の構成員を平等に保護しようとする集団単位・社会福祉の分野では、構成員の生活・収入・家族関係の状況を調査した上でその必要性に応じて財源を分配する『必要原理』が採用されやすい。

W.デーモンは、人はその精神発達段階(発達年齢)によって『望ましいと思う分配原理』が変わることを、4~12歳の子供を対象にした社会調査に基づいて明らかにした。望ましいと思う分配原理は4歳から12歳へと年齢が高くなるにつれて、『利己的原理(自分さえ良ければいい)→平等原理(みんな一緒に同じように分けよう)→公平原理(衡平原理,能力・努力・貢献に応じて分配比率を変えたほうが良い)』へと変化していく。

この年齢による分配原理の変化は、自己アイデンティティが確立した大人になるほど『自己と他者の境界線』が明確になっていき、『自他の能力・成果・努力の差異』について敏感になること(不公平を是正したいという動機づけが高まること)を示唆している。

B.メイジャーK.デューは、男女の性別やジェンダーに基づく分配原理の違いを指摘している。男性は女性よりも“能力・成果・実績”を重視した『競争的な公平原理』を選びやすく、女性は男性よりも“安心・必要・配慮”を重視した『協力的な公平原理』を選びやすい傾向が顕著に見られるのだという。

報酬・資源を誰にどのような基準に基づいて分配するのが正しいのかという感覚を『分配的公正(distributive justice)』という。現在では“分配された結果”よりも“分配されるプロセスとその背景にある基準(原理)”がどれだけ正しいかという『手続的公正(procedural justice)』のほうが重視されるようになっている。分配のプロセスが正しくて納得できるという『手続的公正』が実現されればされるほど、人々はその集団のために貢献したいという参加意欲の動機づけが高まり、『集団価値モデル』に基づく援助行動や貢献活動が増大する傾向が見られるようになる。

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