偏見・差別・ステレオタイプの心理学的な説明

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このウェブページでは、『偏見・差別・ステレオタイプの心理学的な説明』の用語解説をしています。

社会心理学的に見た偏見(prejudice)・差別(discrimination)・ステレオタイプ(stereotype)の定義

“偏見・差別”に対する『社会文化・集団の水準の研究』と『個人単位の水準の研究』


社会心理学的に見た偏見(prejudice)・差別(discrimination)・ステレオタイプ(stereotype)の定義

複数の個人が相互作用して思い込みを持つ人間社会には、古来からネガティブな影響力を発揮する『偏見(prejudice)』『差別(discrimination)』が途絶えたことがない。

同じ国家・民族・集団に所属する個人の間でさえ偏見・差別は付いて回るものだが、それが異なる国家・民族・集団に対する偏見・差別になると『誤解・思い込み・決めつけの度合い』が激しくなって、時に『攻撃性・敵意・排除』にまでエスカレートしてしまう。

社会心理学では偏見や差別の根底にあるものとして、『ステレオタイプ(stereotype)』を想定している。ステレオタイプとは、ある社会的集団やそのメンバーに対して、個人が抱くことの多い定型的(一般的)かつ審判的な信念・期待などの認知(他者の属性と性質・特徴の結びつきの捉え方)のことである。

個人は『特定の属性・集団帰属を持つ他者に対する思い込み』とも言えるステレオタイプの認知に基づいて、その集団やメンバーに対する感情・評価を発生させて、更にその感情・評価に基づいたバイアス(偏り・歪み)のかかった行動をすることになる。ステレオタイプには、“日本人は礼儀正しくて経済的にも裕福だ”といった『肯定的な認知に基づくステレオタイプ』と“イスラム教徒には原理主義のテロリストに共感する人も多い”といった『否定的な認知に基づくステレオタイプ』の両方がある。

心理学的な解釈においては、偏見(prejudice)と差別(discrimination)は以下のように考えることができる。一般的な言葉の使い方としても、『差別』のほうが『偏見』よりも『実際の行動や発言が伴っていることが多い,特定の属性や特徴を持つ他者に対して憎悪感情や攻撃欲求が持たれやすい,時に実際の犯罪や排除運動、テロなどに結びつくこともある』といった意味を帯びている。

偏見(prejudice)……ある特定の集団やその成員(メンバー)に対する、ステレオタイプの認知に基づいたネガティブ(否定的)な感情・評価のことである。

差別(discrimination)……ある特定の集団やその成員(メンバー)に対する、ステレオタイプの認知に基づいたネガティブ(否定的)で選別的(排他的)な感情・評価のことである。

偏見は一般にステレオタイプに基づくネガティブ(否定的)な感情・評価とされているが、このネガティブな感情(評価)に認知(考え方)・行動を加えて『否定的な態度(attitude)』を偏見とする考え方もある。

心理学における態度(attitude)とは、『認知・感情・行動』の三成分が形成するその人の一貫性のある認知行動パターンのことである。偏見は『認知・感情(評価)』からなり、差別は『行動』からなるという一般的定義に加えて、偏見が『認知・感情(評価)・行動』の三成分すべてを含む態度からなるという考え方もあるということである。

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“偏見・差別”に対する『社会文化・集団の水準の研究』と『個人単位の水準の研究』

ステレオタイプを前提とする偏見と差別の心理学的研究のアプローチは、大きく分けて以下の4つの問題認識のあり方(偏見・差別を分類する視点)に分類することができる。

1.社会文化・社会集団の水準での『偏見・差別』の分析的な研究

2.個人単位の水準での『偏見・差別』の分析的な研究

3.偏見・差別の対象となっている集団・成員(メンバー)を否定・攻撃する動機付けを持っているケースの分析的な研究

4.偏見・差別の対象となっている集団・成員(メンバー)を否定・攻撃する動機付けを持っていないケースの分析的な研究

上記の4つの問題認識のあり方(偏見・差別を分類する視点)を組み合わせると、以下のような心理学的研究のアプローチを想定することができる。

1.社会文化・社会集団の水準の研究+特定の集団・成員の否定的な動機付けがある=現実的葛藤理論・社会的アイデンティティ理論

2.社会文化・社会集団の水準の研究+特定の集団・成員の否定的な動機付けがない=社会的学習理論

3.個人単位の水準の研究+特定の集団・成員の否定的な動機付けがある=精神分析を理論的背景に持つ精神力動的・力動心理学的なアプローチ(E.フロムの権威主義的パーソナリティー,スケープゴート理論)

4.個人単位の水準の研究+特定の集団・成員の否定的な動機付けがない=認知科学的・認知心理学的なアプローチ

現実的葛藤理論(realistic conflict theory)とは、偏見や差別の本質を『希少資源・土地財物などを巡る集団間の競争的で敵対的な関係性の結果』として見なす理論である。現実的な利害損得を巡る葛藤は、外集団から自集団が奪われたり殺されたりするという脅威として認知される。その反動として、自集団に対する自己アイデンティティ感覚の強化や外集団に対する嫌悪・憎悪感情などが生み出されてしまうのである。現実的葛藤理論は『自集団中心主義(自民族中心主義,エスノセントリスム)』を説明する理論でもあり、他の集団・民族を否定・排除しようとする動機づけと結びついている。

社会的アイデンティティ理論(social identity theory)とは、個人の自己アイデンティティとその個人が所属する社会的集団(社会的コミュニティ)が密接不可分に結びついているという理論であり、個人が自分の所属している『内集団』と『外集団』を区別するところから偏見や差別が生まれてくると説明する。

自己の存在価値や生きがいとも結びついた自己アイデンティティが、帰属する社会的集団と深く結びついているので、個人は自己アイデンティティを強化して高揚させるために、『内集団の肯定的なステレオタイプ』を形成しやすくなる。内集団の肯定的なステレオタイプと贔屓(ひいき)によって、外集団の否定的なステレオタイプに基づく偏見・差別が生まれやすくなり、『内集団の脅威・敵としての外集団という認知』が敵対的で攻撃的な偏見・差別をエスカレートさせてしまうのである。

社会的学習理論(social learning theory)とは、社会文化・社会集団の水準の研究で否定的な動機づけを仮定している。社会的学習理論では、ステレオタイプに基づく偏見・差別の原因を、ある社会の中での集団間の違いの観察による社会的学習やマスメディアの流す情報・宣伝、インターネットで触れる情報・宣伝、家庭・学校の教育、仲間とのコミュニケーションの影響に求めている。広義の観察学習や教育行為、コミュニケーションを介在した『社会化(socialization)のプロセス』によって、誰もが多かれ少なかれある特定の集団・成員(メンバー)に対するステレオタイプを社会的に学習してしまうのである。

精神分析を前提にした『精神力動的・力動心理学的な理論(psychodynamic theory)』は、個人単位の水準の研究であり、否定的な動機づけがあると仮定している。精神分析(力動精神医学)では、偏見・差別を個人の内面(無意識)にある葛藤や現実に対する不適応の症状と見なしている。

権力・上位者(強者)による個人の欲求の抑圧を前提にした『スケープゴート理論(scapegoat hypothesis)』はとても分かりやすい理論であり、自分よりも強くて権力・権威がある集団や他者によって自分の欲求が抑圧されたり自尊心(プライド)が傷つけられた時には、スケープゴート(犠牲)にできる社会的弱者を攻撃する偏見・差別が生まれるというものである。

『弱い者が夕暮れ、更に弱い者を叩く・俺はお前たちのような惨めな弱者と同類ではない』といった観のあるスケープゴート理論であるが、社会的弱者やマイノリティは自分よりも強い権力者・上位者・マジョリティに対してはなかなか抵抗することができず、かえって自分よりも弱い立場にある社会的弱者に偏見・差別の攻撃的なまなざし・言動・態度を向けてしまうのである。

スケープゴート理論では、ステレオタイプに基づく偏見・差別が『支配権力や社会格差の不満・怨恨に対するガス抜き』『社会的弱者のストレス発散・不満解消』として構造的に消費され続けてしまうということになる。

偏見・差別の原因を個人のパーソナリティー構造に求めるのが、エーリッヒ・フロムが提示した『権威主義的パーソナリティー(authoritarian personality)の理論』である。権威主義的パーソナリティーとは、自分自身の弱者としての社会的立場や劣等感を忘れるために、『権力者・権威者・力のある集団』と自分を心理的に一体化・同一視しようとするパーソナリティー構造である。権威主義的パーソナリティーの人は、自分の地位や立場を相対的に高めるために『社会的弱者(経済的な貧しさ・職業的地位の低さ・影響力の弱さ)に対する偏見・差別・侮蔑』を持つようになりやすいとされる。

権威主義的パーソナリティーの性格傾向の特徴は、『権威(権力)に対して従属的で無条件に尊敬する・弱者(劣等者)に対して差別的で無条件に蔑視する』というものであり、それに加えて『頑固・融通が効かない・懲罰的』といった特徴も併せ持つ。権威主義で厳格・懲罰的(指示的)な親に育てられた人が、権威主義的パーソナリティーの性格構造を形成しやすいと考えられている。

これは厳格な態度の親から理不尽な命令・懲罰を受けた時に『親への敵意・否定・怒り』が生まれるが、その反発の感情を親に向けては表現できないこと(攻撃・懲罰を恐れて反論できないこと)が関係しており、『抑圧された敵意・怒り』が自分よりも弱そうに見える(自分に対して反撃することができないように見える)相手・集団に向け変えられているのである。権威主義的パーソナリティーは人間関係の図式においては、『強者に弱くて弱者に強いという傾向』が顕著になってくる。

『認知科学的・認知心理学的アプローチ(cognitive approach)』は、個人単位の水準の研究で否定的な動機づけを仮定していないものである。認知的なアプローチは、人間の持つステレオタイプの形成過程を『認知の段階的なメカニズム』によって科学的に解明しようとするものであり、精神分析のように『葛藤・動機といった主観的な感情』を問題にするアプローチとは対照的なところがある。

認知的アプローチでは、脳内の生物学的な情報処理に基礎を持つ『認知の一般法則』を前提にしながら、どのような認知プロセスを経由してステレオタイプが形成されて対人認知・社会的判断(社会的行動)に影響を与えることになるのかという『ステレオタイプ化(stereotyping)のプロセス』を研究対象にしているのである。

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