メディア効果論と暴力的なコンテンツの影響

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メディアが視聴者に与える影響を検証するメディア効果論

犯罪性促進説を支える理論とメディア規制の論点


メディアが視聴者に与える影響を検証するメディア効果論

テレビやゲーム、インターネットなどの『映像表現』を伴うメディアが、それを見る視聴者(利用者)の行動や認知、意識、感情に及ぼす影響をまとめてメディア効果といい、その影響がどのようなものかを調べる理論を『メディア効果論(メディア強化説)』と呼んでいる。特に、『新聞・雑誌・ラジオ』といったマスメディアが発展して大衆娯楽として普及してきた20世紀初頭から、マスメディアが流す『暴力的な情報・性的な情報』が視聴者の攻撃性・性的欲求を過剰に高めるのではないかという『強力効果説』が主張されたりその効果が実験的に検証されたりしてきた。

現在までのメディア効果論の実証研究では、暴力的・性的なメディアを見ると誰もが有意に(短時間で)攻撃性や性的欲求を強めてしまうという意味での『強力効果説』には否定的な結果がでているが、特定の性格特徴や気質・性癖・暴力性(短気)・気分(情緒不安定)を持つ人たちの攻撃性・性的欲求については高まる可能性があるとも考えられている。強力効果説は『弾丸理論』『皮下注射論』と呼ばれることもあるが、現在ではメディアの影響は『限定効果説』のフレームワークで考えられることが多くなっている。限定効果説は、1960年代にアメリカの社会学者ジョセフ・クラッパーによって、実証的な社会調査をベースにした上で提唱された仮説である。

限定効果説では、メディアは複数の社会的・情報的・映像的な影響源の一つとして『間接的・確率的な影響』を視聴者に与えることで、『既存の視聴者の心理状態・動機づけ』を強める可能性があるものという風に考えられるようになっている。限定効果説を支える重要なパラメーター(媒介要因)には『選択的メカニズム』『対人ネットワーク』があるが、それぞれ以下のような意味を持っている。

一方、限定効果説を批判的に検証する新しいメディア効果論が1970年代から提唱され始めた動きもある。この新しいメディア効果論は、メディアの映像・情報がもたらす可能性がある『多様な影響』について考慮したもので、『新強力効果説』とも呼ばれている。新強力効果説に分類される仮説には『議題設定機能仮説』『沈黙の螺旋過程仮説』のようなものがある。

犯罪性促進説を支える理論とメディア規制の論点

テレビの暴力映像は間接的あるいは確率的に『視聴者の暴力性』を高めるという可能性が『限定効果説』でも指摘されているが、暴力的な映像・コンテンツが『視聴者の犯罪性向(他者・社会への粗暴な攻撃性)』を高めるかどうかについては大きく以下の二つの仮説がある。

現在でも、『犯罪性促進説』『カタルシス説(自己浄化説)』のどちらが正しいのかの最終結論は出ていないが、同じ暴力的・性的なメディアを閲覧しても著しく攻撃性・怒りの感情・性的欲求が高まって制御できなくなる人は極めて稀であることから、暴力的・性的なメディアに犯罪性の促進効果があるとしても限定的であるとする見方が有力である。

カタルシス説を支持する経験的根拠として良く出されるものとしては、アダルトコンテンツや性風俗業が法律的に容認されている地域よりも、それらが厳格に禁止されていて女性の性的自由が抑圧されているイスラーム圏やアフリカ諸国のほうが性犯罪が多いということがあるが、この原因が『メディア情報・性の抑圧』によるものなのか『貧困・無知・風習・女性の権利(男性社会)の要因』によるものなのかは慎重な検討が必要だろう。

暴力的メディアが『犯罪性・攻撃性』を高めるとする犯罪性促進説の理論的根拠としては、主に以下の3つが挙げられることが多い。

一つは、アルバート・バンデューラが提起した『社会的学習理論(モデリング)』であり、暴力的メディアの映像・状況を視聴者が観察することによって、『暴力の正当化・必要性・手段性(方法論)』を間接的に観察学習して模倣(真似)してしまうというものである。

二つ目は、L.バーコウィッツが主張した認知的新連合理論(cognitive neoassociation theory)であり、暴力的メディアの視聴覚刺激によって攻撃的な認知・感情が活性化されてしまい、他者に対する悪意や攻撃的態度を強めてしまうという考え方である。L.バーコウィッツの認知的新連合理論は、C.A.アンダーソンの暴力的メディアが一般的に攻撃欲求を高めてしまうという『一般的攻撃モデル(general aggression model)』へと発展させられている。

三つ目は、D.ジルマンが提案した『興奮転移理論(excitation transfer theory)』であり、暴力的メディアの視聴が生理的興奮を高めて、攻撃的行動を動機づけしやすくなるという。D.ジルマンは人間は生理的興奮が高まっていると、合理的な判断能力が低下して、本能的欲求に基づいた行動が動機づけられやすくなってしまうと考えていた。これらの3つの理論仮説は相互補完的であり、L.バーコウィッツの認知的新連合理論とD.ジルマンの興奮転移理論は、暴力的メディアの直接的・短期的な悪影響について説明し、A.バンデューラの社会的学習理論(モデリング)は間接的・長期的な悪影響について説明しているとされる。

暴力的・性的なメディア情報が『暴力的な犯罪性・加害的な性的欲求』を高めてしまうという犯罪性促進説を支持する人には、『暴力的・性的メディア』に対して法的な規制をかけ、未成年者が閲覧できない環境を整備すべきだという意見が見られることが多い。パターナリズム(権威的な保護主義)の視点から法規制の導入が訴えられることのある暴力的メディアの代表として、『テレビ・ゲーム・インターネット』などがある。近年では年齢・世代・地域の違う匿名の相手と自由にコミュニケーションできるネットの特性が各種の暴力的・性的な犯罪(好ましくない相手との出会い)を誘発するとして、『メール・SNS・LINE』に対しても未成年者の利用は望ましくないとする価値観を持つ人も増えているようである。

一方で、メディアやコンテンツの規制は先進国の憲法が保障する『表現の自由・知る権利』に抵触するという問題、『暴力的・性的メディアの影響』が間接的(限定的)かつ確率的なものであり、大多数の人はそれらのメディアを視聴しても犯罪を犯さないという問題があり、一律的な未成年者に対する法規制に対しては慎重にすべきだという意見も強くある。現状では、強制力のある罰則つきの『法規制』よりも、業者が自発的に表現・販売形式を工夫するという『自主規制』で対応するのが主流となっている。

暴力的・性的メディアの自主規制の取り組みとしては、『深夜枠の時間帯での放送(テレビ)・売り場のゾーンニングによる区分け(雑誌やDVD)・R18など対象年齢を指定するレイティングシステムの導入(映画やゲーム)・有害情報のフィルタリング(インターネット)』などがあり、性格形成や倫理観の確立の途上による未成年者に対する悪影響を抑えようとしている。法規制・自主規制のような規制の方法以外にも、各種メディアから受け取る映像・情報をどのように適切に受け取るべきかを学んでいく『メディア・リテラシー教育(media literacy education)』の取り組みが模索されている。

リテラシー(literacy)とは『読み書き能力』のことであるが、メディア・リテラシー(ネット・リテラシー)でいうリテラシーとは『情報の意味や価値を正しく解釈できる能力・情報から悪影響を受けずにメディアにアクセスできる能力(フィクションと現実の区別がきちんとできる能力)』のことである。教育活動や体験学習を通してメディア・リテラシーを高めることで、『規制の強度・必要性を減らすこと(=フィクションや創作物を悪影響を受けずに一時の娯楽・刺激に供する作品として楽しむこと)』ができる。

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