ゲシュタルト心理学の歴史と理論

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ゲシュタルト心理学の全体論(ホーリズム)の視点と理論
ゲシュタルト心理学の成立と歴史


ゲシュタルト心理学の全体論(ホーリズム)の視点と理論

ゲシュタルト心理学(Gestalt Psychology)は、部分(要素)に分割できない“心理現象の全体性”を取り扱うホーリズム(wholism,全体主義)の心理学であり、この全体的なまとまりのことをドイツ語で“gestalt(形態)”と呼んでいる。ゲシュタルト心理学は20世紀初頭のドイツで、実験心理学の始祖として知られるヴィルヘルム・ヴントの要素主義(構成主義)の心理学に対するアンチテーゼとして誕生したが、そのホーリズムの特徴をもっとも良く表しているのがマックス・ヴェルトハイマー(Max Wertheimer, 1880-1943)『仮現運動(かげんうんどう)』である。

マックス・ヴェルトハイマーら3人が1912年に報告した仮現運動(『運動視の実験的研究,1912』)とは、光の視覚刺激を短い時間間隔で連続的に呈示されることで、物理的には実在しない運動を知覚するという現象のことである。この仮現運動は人間の知覚機能が、連続的に与えられる視覚情報の隙間(すきま)を自動的に補完して、『全体的なまとまりのある流れ』として運動を知覚していることを示唆している。現象は部分と部分とを区別してバラバラに知覚されるのではなく、全体としてまとまった形で知覚されるのだが、この仮現運動のような知覚は視覚だけでなくメロディーを認識する聴覚にも見られる。音はバラバラの音符として知覚されるのではなく、全体的なまとまりを持ったメロディーとして知覚され、『音の要素の構成』が変わっても同じメロディーのように聞こえる『移調(いちょう)』という現象も知られている。

『全体論(ホーリズム)』の視点を持つゲシュタルト心理学を代表する3人の心理学者は、マックス・ヴェルトハイマー、ヴォルフガング・ケーラー、クルト・コフカである。ヴォルフガング・ケーラー(Wolfgang Kohler,1887-1967)『チンパンジーの洞察学習』で知られており、チンパンジーが行う人間に近似した状況や関係の洞察学習(全体的な見通しを持つ洞察)は、19世紀までの連合主義的な部分と部分とを組み合わせる試行錯誤学習では説明することができないとした。

3人の中でW.ケーラーだけが、ナチスドイツの迫害を受けない『非ユダヤ系のドイツ人』だったが、ケーラーもアメリカ合衆国に渡米・移住して、スワースモア大学教授に就任している。ヴェルトハイマーもコフカもユダヤ系の心理学者であり、反ユダヤ政策を激化させるナチスドイツの迫害を恐れてアメリカに移住している。クルト・コフカ(Kurt Koffka,1886-1941)はゲシュタルト心理学を発達心理学に応用して『ゲシュタルト心理学の原理』という著書を書いており、ジェイムス・ギブソンの『アフォーダンス理論』にも影響を与えている。

クルト・レヴィン(Kurt Lewin,1890-1947)集団力学(グループ・ダイナミクス)の研究も、集団を構成する各個人の行動の総和は、集団全体の行動とは異なっているというゲシュタルト心理学と同じような結論に達している。ゲシュタルト心理学は19世紀までの要素還元主義とは異なる全体論の視点に立った心理学であり、特に知覚・学習の分野において『部分の総和は全体とは異なる』というゲシュタルト(全体性)の原理を確立している。ゲシュタルト心理学の誕生と同時期に、J.B.ワトソン(1878-1958)の古典的行動主義も出現しており、行動主義では客観的に外部から観察できない『意識・思考・感情・気分などの内面心理』を排除することで、『S-R理論(刺激に対する反応の図式)』における実証科学の外観を整えた。

ワトソンの後に、C.L.ハルやB.F.スキナーが現れてS-R理論を改訂した『新行動主義(neo-behaviorism)』が確立し、目に見えない『意識の内容(思考・欲求・意図・感情など)』も操作的に定義することで人間の行動を科学的に分析しようとした。

ジークムント・フロイト(1856-1939)が神経症患者の臨床経験を踏まえて創始した『精神分析(psychoanalysis)』も、人間の精神状態(行動選択)は無意識の内容や幼少期の過去のトラウマによって決定されるという『無意識の決定論』に立っており、19世紀的な『意識中心の心理学(要素還元主義の心理学)』とは異なっている。『ゲシュタルト心理学・行動主義心理学・精神分析』という20世紀の心理学の勢力は、意識中心の心理学や要素還元主義の研究法から離脱しているという共通の特徴を持っている。

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ゲシュタルト心理学の成立と歴史

ゲシュタルト心理学のコンセプトである『全体の流れ・まとまりを部分(要素)に優先させる』という考え方は、19世紀以前の絶対精神の個別的・歴史的な展開を説明したG.W.F.ヘーゲルの『精神現象学』の哲学にも見られたが、心理学としてゲシュタルト(全体的な形態)という概念を初めて用いたのはオーストリア・グラーツ大学の心理学者C.V.エーレンフェルス(C.V.Ehrenfels,1859-1932)とされている。C.V.エーレンフェルスは『ゲシュタルト質について(1890)』の論文の中で、音楽のメロディーはそれを構成している音の要素をただ集めたものとは異なるとして、その全体論的な性質を『ゲシュタルト質』と命名している。

エーレンフェルスの師であるA.マイノング(1853-1920)を含む『グラーツ学派』は、F.ブレンターノ(1838-1917)の志向性の理論の影響を受けており、ゲシュタルト質は『意識の志向性』によって知覚されると考えていたが、その意識の志向性を否定したのがヴェルトハイマー、ケーラー、コフカらの『ベルリン学派』だった。

グラーツ学派は実際に知覚される客観的な感覚情報である『基体』『ゲシュタルト質』を区別して、ゲシュタルト質は意識の作用によって知覚されると考えたが、ベルリン学派は基体とゲシュタルト質は区別することはできず、基体(感覚情報)の本質としてゲシュタルト質が存在すると考えた。マックス・ヴェルトハイマーは『運動視に関する実験的研究(1912)』で仮現運動(ファイ現象)について報告し、仮現運動は眼球運動との連合によって起こっているだけではないかというH.L.F.v.ヘルムホルツ(1821-1894)やヴィルヘルム・ヴント(1832-1920)の反論を、『真ん中の光が左右に同時に分かれる仮現運動が起こる視覚刺激』を用いて否定している。

ゲシュタルト心理学は、刺激と反応の間の1対1の対応関係(S-R結合)を『恒常仮定』と呼んでこれを反証しようとしたが、その研究過程で発見されたのが『知覚の恒常性(恒常現象)』『移調(音の要素を変えてもメロディーの聞こえ方は一緒になる現象)』である。上記したようにヴォルフガング・ケーラーは、1913年からカナリア諸島のテネリフェ島の類人猿研究所で『チンパンジーの学習実験』を行い、チンパンジーがそれまで試みたことのない見通し(洞察)の学習で、天上から吊り下げたバナナを手に入れられることを発見した。これは従来の『試行錯誤学習』に対して『洞察学習』と呼ばれるが、この全体の状況を見渡してから行動を選択するという学習方法は、コフカと共にいた新行動主義のE.C.トールマン(1886-1959)“環境の認知のプロセス”を織り込んだ学習理論にも影響を与えている。

E.C.トールマンは、人間の行動は刺激に対して反応を返すというだけの単純な『S-R理論』では十分に説明することができず、刺激と行動の間に『環境認知(状況認知)のプロセス』を入れる『認知媒介仮説(S-O-R理論)』を提唱したりした。E.C.トールマンはクルト・コフカのゲシュタルト心理学の影響を受けたことから、その理論体系の中に『サイン=ゲシュタルト期待,場期待』といった行動を誘発する鍵となる目的的な概念を取り入れている。認知革命の時代と呼ばれる1950年代を経て発達した認知心理学(cognitive psychology)は、知覚心理学・サイバネティクス・人工知能(AI)・情報処理理論・言語学研究など様々な分野の影響を受けているが、ゲシュタルト心理学も認知心理学の科学的な知覚モデルに『プレグナンツの原理』などで理論改訂の示唆を与えた。

プレグナンツの原理(プレグナンツの法則)とは、視野に与えられた図形が、全体として最も単純な形態あるいは最も規則的で安定した秩序ある形態にまとまろうとする傾向を法則化したものであり、M.ヴェルトハイマーは『良い形態の法則』と呼んだりもした。プレグナンツとは『簡潔さ』という意味であり、『近接の要因・類同の要因・閉合の要因・良い連続の要因・良い形態の要因』などがプレグナンツの法則(知覚の傾向性)として指摘されている。

1967年にはU.ナイサーが認知心理学の記念碑的著作とされる『認知心理学(1967)』を上梓しており、ゲシュタルト心理学は更にクルト・レヴィン(1890-1947)の社会心理学研究(グループ・ダイナミクス研究)にも大きな影響を与えている。K.レヴィンの『コンフリクト理論(葛藤理論)』や『グループ・ダイナミクス(集団力学)』とゲシュタルト心理学は関係しているのだが、特に集団力学では集団内にいる『個人の行動』は『集団の場(成員相互に働く心理的な力学)・リーダーシップ』によって規定されることを実験的に明らかにしている。

ゲシュタルト心理学の歴史の流れや理論的な特徴は、現在でもアメリカなどで研究されている『全体論的心理学(holistic psychology)』として継承されている。

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