幻肢(phantom limb)・幻肢痛(phantom pain)

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このウェブページでは、『幻肢(phantom limb)・幻肢痛(phantom pain)』の用語解説をしています。

幻肢・幻肢痛とはどのような知覚現象なのか?
幻肢・幻肢痛が起こる脳内(中枢神経系)のメカニズム


幻肢・幻肢痛とはどのような知覚現象なのか?

怪我・事故・病気によって四肢を切断しなければならない状態になり医療措置(あるいは大怪我)で切断すると、約95%以上の確率で『幻肢(phantom limb)』と呼ばれる症状が出現する。事故や病気ではない先天的な四肢欠損症の人にも幻肢の感覚が生まれることは珍しくなく、幻肢は『幻影肢(げんえいし)』と呼ばれることもある。幻肢とは既に失われて無いはずの“身体の部分”をまだあるという風に知覚する体験で、如何にも本物(リアル)という身体の存在感を伴っている現象のことである。幻肢は年齢に関係なく子どもにでも起こる。

幻肢は立ったり座ったり、歩いたりすると、その動作に付随するようにして『実際は無いはずの身体の部分』が確かに存在していて動いているような感覚を生じるものである。反対に、無いはずの身体の部分が“確かにそこにある”というリアルな感覚があるのだが、全く自分の動きに追随して動いてくれない(動かすこともできない)という『麻痺した幻肢』というものも多く見られる。幻肢の部分が自分の意思で全く動かせないという感覚がある場合には、その存在しないはずの身体部位に非常に激しい痛みが生じることがあり、その不思議な痛みを『幻肢痛(げんしつう)』と定義している。幻肢痛以外にも、脊髄の切断後に起こってくる性的オーガズムや疲労倦怠感などの不可解な症状が起こってくることもある。

四肢切断後に『失われた身体部位に対する想像上(脳内)の認識』はさまざまに変容するので、その存在や感じ方は多種多様であり曖昧な感覚を伴うことも多い。麻痺した幻肢では腕や脚がだらりと下にぶら下がっているような感覚を感じる事も多く、“telescoping”といって失われた肘から先の腕の部分が肩の奥に向かってめり込んでくるような不快・痛みあるいは、(自分の腕であるはずなのに自分の腕ではない別の生き物のような)恐怖を伴うような感覚が起こってくることもある。幻肢・幻肢痛は正確には『四肢(手足)』に限定されるものではなく、『顔面・乳房・内臓・性器』など体幹から外に飛び出しているような部位であればどこにでも起こる可能性があるものである。

幻肢体験の多くは外的(物理的)な刺激によって引き起こされるが、他人から顔に手で触られると、あたかも『無いはずの自分自身の手』で触っているような感覚が起こったり、逆に他人から指を触られることで『無いはずの自分自身の顔面の一部』が触られているような感覚が生じたりもする。女性の乳がんの外科手術で、乳房を切除したような場合には、同じ側の背中や肩などを触られることで、自分の乳房が確かにそこに存在しているという幻肢(幻肢痛)の感覚が発生することがある。膝から下の脚を切断したような事故のケースでも、太腿の部分を他人から手で触られることで、まるでそこから下の脚が以前のように存在していると感じてしまうのである。

四肢の幻肢は『切断端』に麻酔注射をすることで消失させることができ、反対に切断端を再び物理的に刺激することで幻肢を再現することができる。四肢や身体部位に欠損のない被検者に対して、末梢神経を麻痺させる麻酔を施すと一時的に幻肢(幻肢痛)の感覚を引き起こせることも知られており、『末梢神経への刺激の入力・消失』が幻肢が起こる原因の一つだと推測される。

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幻肢・幻肢痛が起こる脳内(中枢神経系)のメカニズム

幻肢(幻肢痛)の原因が中枢神経にあるのか末梢神経にあるのかの『二元論的な判断』はどちらかだけが正しいとは言えず、前述した『末梢神経への刺激の入力・消失』『中枢神経への情報の入力あるいは独自の神経伝達回路の形成』と相互作用しながら幻肢(幻肢痛)という不思議な知覚現象を生み出していると考えるのが適切である。脳の中枢神経と幻肢の関係では、脳の『体性感覚野』を破壊することで幻肢の症状が消失することも分かっており、必ずしも末梢神経への情報入力が幻肢発生の必要条件になっているわけではないからである。

切断面に近い神経末端部にある神経腫を取り除いても幻肢は消えず、脳に近い部分まで深刻な脊髄損傷を受けている患者でも幻肢は起こることから、『末梢神経への刺激の入力・消失』だけで幻肢のメカニズムを解釈するのは誤りである。普段は使われていないと思われる『幻肢を生む脳内の神経回路』が自発的に活動し始める仕組みが人間にはあると考えられる。そして、この幻肢と関係した脳の神経回路は『末梢神経の入力情報の消失(=四肢などの欠損状態)』によって起動するようなメカニズムになっており、再び失われた身体部位と誤認させられるような情報の入力によって『新たな幻肢・幻肢痛の感覚』が引き起こされると推測できるのである。

幻肢・幻肢痛を引き起こしている脳の中枢神経は『体性感覚野』にあると合理的に予測することができるが、それは体性感覚野には身体のどこを触っているか、他人に触られているかを識別するための『体部位再現地図』が備わっているからである。体性感覚野にある体部位再現地図では、『指と顔・太腿と下腿・乳房と胸や肩』の感覚を感じる部位が隣り合っていて、そのどちらか一方の身体部位が欠損して脳への情報の入力が断たれると、顔への刺激が指への刺激であるという風に脳が誤認して、幻肢(幻肢痛)が引き起こされてしまうのである。体部位の感覚を区別する大脳皮質の部分は少し重なり合っている部分もあるのだが、健常者で身体が欠損していなければ局所の神経回路が相互的に感覚を抑制することで、『顔は顔・指は指』という感覚の分類地図の線引きをしっかりと行っているのである。

幻肢痛の治療では『鏡の箱』を用いた治療法が良く知られており、“失われた手”の位置を箱で覆って隠しながら、“残された手”を箱の側面の鏡に映して、残された手を色々な触り方で触ることで、『安定した視覚的な幻肢の情報』を脳に少しずつインプットしていくというものである。この治療法の仕組みの興味深いところは、『幻肢がもう存在しないという現実』を患者の脳に無理に受け入れさせるのではなく、逆に『幻肢が本当に存在しているかのような視覚情報』を脳にインプットして刷り込んでいくことで、“安定した幻肢の感覚”を手に入れて幻肢痛を和らげることができるというところだろう。

即ち、『鏡の箱』による幻肢治療というのは、“鏡に映っている実際にあるほうの手”を“失われたはずの手”としてしっかり誤認させていき、脳が認識している幻想を現実(擬似的な現実)に変えてしまうという特異なメカニズムを持つ治療法なのである。

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