精神医学的(心理学的)な意識と無意識
意識水準にまつわる障害
意識内容にまつわる障害
意識(consciousness)とは精神生活の基盤であり、現在想起することの可能なあらゆる心的内容の全体である。意識水準は『覚醒・睡眠・昏睡・昏迷』など様々なレベルになり得るが意識水準(意識の清明度)が高くなればなるほど、想起できる心的内容の量が多くなり質が良くなる。『知覚・感覚・認知・表象・思考・記憶・感情・意欲・推測』などあらゆる心的機能と心的内容を含む意識は、一般的な感覚では“心”に近いものとして認識されている。意識は、外部環境と情報の入出力(インプットとアウトプット)をする起点であるが、インプットされた情報は認知過程による影響を受け、アウトプットする情報は思考・記憶・推測・感情などの影響を受ける。
アメリカの心理学者ウィリアム・ジェイムズ(W.James, 1842-1910)は意識は時間と相関して変化するとして『意識の流れ』を提起したが、器質力動説を説いたH.エー(H.Ey)も意識に時間概念を取り入れて、現時点における意識内容である『共時的な意識』と過去から現在へと至る記憶の時間構造を持つ『通時的な意識(自我構造)』とを区別した。現象学的な哲学の思考形態を精神医学研究に持ち込んだカール・ヤスパース(K.Jaspers, 1883-1969)は、精神病理学において意識の志向性を重視した。K.ヤスパースは、実在しない対象を心的に知覚するような『実体意識性』は幻覚症状と密接な関連があり、内面的な思考や表象の作業を意味するような『思考意識性』は妄想症状と深い関連があると考えたのである。
善悪の判断基準や正義・不正の感覚と関連する意識を『道徳意識(moral consciousness)』と呼ぶが、精神分析の創始者であるシグムンド・フロイト(S.Freud, 1856-1939)はエディプス期(男根期:4~6歳頃)のエディプス・コンプレックスを経験することで超自我(superego)という良心(道徳意識)が形成されると考えた。善悪を分別して『~すべし・~すべからず』という命令を与える内面倫理の超自我(superego)は、善悪の区別なく本能的欲求(生理学的欲求)を満たそうとするエス(es)を抑制するが、超自我もエスも無意識領域に所属すると考えられている。無意識(unconsciousness)とは、意識的に想起したりアクセスすることが極めて困難であるか不可能な心的領域であり、フロイト以降の精神分析学理論の系譜では無意識が意識や行動を決定するという心的決定論が採用されることとなった。
意識障害では意識水準の低下や混濁を中心に考えることが多いので、『道徳意識の障害』は通常、反社会性人格障害の文脈や精神障害の別のカテゴリーで語られることが多い。善悪を判断することができず社会秩序を破壊するような反社会的行動を取る人物の性格については、古典的な性格心理学でも研究課題とされてきた。そういった道徳意識の障害は、サイコパス(精神病質)の犯罪心理学や統合失調症の破瓜病、情性欠如型の性格類型と見なされることが多いが、今後も引き続き、異常心理学や臨床心理学の重要な研究テーマとなるだろう。心理療法やカウンセリングの分野でも、反社会的な性格行動パターンを示すクライエントに対する矯正プログラムの開発や良心や道徳性を回復させるヒューマニスティックな心理療法に期待が集まっている。しかし、累犯者の更生に寄与するカウンセリングや精神療法の体系化(標準化)は困難な道のりであり、社会福祉制度に基づくソーシャルワークとの相互作用が期待されるところである。
注意過程(attention process)も意識に含まれるが、最近は注意力・集中力が散漫になる障害と落ち着いた態度を維持できない多動の症状が複合した注意欠陥多動性障害(ADHD)の症状が、学校教育を受ける子供や職業生活を営む成人の間で問題となっている状況がある。反射的・随意的な注意過程の障害としては、注意力が低下する「注意散漫(distracted)・注意減退(hypoprosexia)・注意集中不能(aprosexia)」があり、注意の対象が次々と移り変わる「転導性(distractibility)」を示すこともある。統合失調症の発病期ではあらゆる外部刺激に過敏に反応して妄想・疲弊を生じる「注意過剰(hyperprosexia)」が起こることもある。
両側の側頭葉損傷によって発症するクリューヴァー・ビューシー症候群では、統合失調初期に見られる注意過剰に似た外部刺激への過敏性が亢進して強迫行動を形成する「変形過多(hypermetamorphosis)」が見られることもある。頭部損傷では様々な意識障害が起こり得るが、左右両半球のどちらかが完全に損傷(破壊)されると無視症候群(neglect syndrome)と呼ばれる半側空間無視が発生し、自己の身体や空間の半側(右半球損傷なら左半側)を知覚できなくなる。現在では非人道的と見なされている精神外科が全盛の時代には、錯乱・興奮・激越を示す統合失調症の治療として、エガス・モニス(1875-1955)のロボトミー手術(前部前頭葉切截術)が実施されていたが、その副作用として自分自身や周囲の環境への関心・意欲を完全に失う「無為・自閉」の意識障害が見られた。生きながらにして死んでいるような無気力で無関心な状態が永続的に続く感情鈍磨と無為・自閉の副作用が見られやすい為、精神病の錯乱興奮状態を鎮静させることを目的とするロボトミーは先進国では実施されなくなっている。
記憶障害と合併する意識障害で最もよく知られているのが、アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症で見られる「見当識障害・失見当識(disorientation)」である。見当識(orientation)とは、現在の自分に関する情報と置かれている状況を正しく把握する心的機能であり、『時間・場所・自己アイデンティティ・基本的人間関係』を理解できている状態であれば見当識が保たれているといえる。現実と妄想の境界線が曖昧になり、「現実の自分」と「妄想の自分」の両方の見当識が保たれている病的な意識状態を「二重見当識」という。離人症(depersonalization)を含む解離性障害では、この世界に確かに存在しているという現実感覚(リアリティ)や自分が間違いなく自分であるという自己アイデンティティが揺らぐ現実意識の障害が前面に出てくる。
意識水準(意識レベル)とは、意識がどれだけ清明(明瞭)であるのかという「清明性(awareness)」のことであり、意識がどれだけはっきりしているのかという覚醒水準(wakefulness)のことである。意識は、常に「~に対する意識」という志向性を持っていることは上述したが、志向性とは別に、どれくらいはっきりと意識が覚醒しているのかを示す清明度を持っている。医学的・生理学的に意識水準(意識レベル)としての清明度を測定する場合には、以下のGCS(Glasgow Coma Scale)の指標をよく使っている。GCSは1974年にイギリスのグラスゴー大学で開発されたものである。
GCS(Glasgow Coma Scale)は、開眼(E)、言語反応(V)、運動反応(M)といった意識の覚醒水準を示す三徴候を用いて、意識レベルを数量化して表したものである。
このテストの点数が低いほど、意識レベルが低くなっており、意識障害の状態が重症であることを示す。15点満点(正常)で採点し、最低点の3点をマークした場合は「深昏睡」という状態に陥っていることになる。「8点以下」の場合には医学的に重症の意識障害として診断される。
開眼(eye opening)
自発的に開眼する:4点
呼びかけで開眼する:3点
痛み刺激を与えると開眼する:2点
開眼しない:1点最良言語反応(best verbal response)
見当識(現実検討能力と知的機能)の保たれた会話:5点
会話に混乱がある:4点
混乱した単語のみ:3点
理解不能の音声のみ:2点
なし:1点最良運動反応(best motor response)
命令に従う:6点
合目的な運動をする:5点
逃避反応としての運動:4点
異常な屈曲反応:3点
伸展反応:2点
全く動かない:1点JCS(Japan Coma Scale:3-3-9度方式)
意識レベルⅢ:刺激しても覚醒しない
300:痛覚刺激による反応が全く無く、全く動かない
200:痛覚刺激によって、手足を少し動かしたり顔をしかめたりする(除脳硬直を含む)
100:痛覚刺激を回避しようとして、はらいのける動作をする意識レベルⅡ:刺激すると覚醒する
30:痛み刺激で辛うじて開眼する
20:大きな声、または体をゆさぶることにより開眼する
10:呼びかけで容易に開眼する意識レベルⅠ:覚醒している
3:名前、生年月日がいえない。
2:見当識障害(時間・場所・人)がある。
1:だいたい意識清明だが、今ひとつはっきりせずぼんやりとしている。
意識レベルの清明度(明るさ)や覚醒度が低下した状態を一般に「意識混濁(clouding of consciousness)」というが、比較的軽度の意識混濁で見当識が保たれており、思考力・集中力・注意力が低下しているぼんやりとした状態を「昏蒙(benumbness)」と呼ぶことがある。昏蒙(こんもう)はカール・ヤスパースが定義したテクニカル・タームであり、ヤスパースは覚醒と意識喪失の中間段階の意識状態として昏蒙を考えていたようである。
あらゆる精神活動が停止した重度の意識混濁を「意識喪失(意識消失, loss of consciousness)」と呼ぶが、意識喪失の中には完全に意識を失った昏睡(coma)だけでなく、不随意的な生命維持のための運動を伴う自動症とがある。睡眠状態に陥りやすい意識状態としては、呼びかけへの若干の応答があるが外部刺激をなくすとすぐに眠り込んでしまう傾眠があるが、昏睡へと移行している途中の段階で見られる半分眠っているような状態で強度の刺激に辛うじて反応するものを「昏眠(sopor)」という。
「昏睡(coma)」とは、重度の意識障害を全般的に指す概念であるが、昏睡の重症度(深さ)によって以下のような「量的な分類」をすることが可能である。
覚醒昏睡(開眼昏睡)……強い刺激に対して開眼反応のある昏睡で、せん妄や妄想、興奮などを伴うこともある昏睡の中では軽度の昏睡である。
典型昏睡……感覚‐運動系や生理学的な反射などは失われているが、呼吸器系・循環器系・体温調節など脳幹が制御する生命維持機能(植物機能)が損なわれていない一般的な昏睡である。典型昏睡に陥った人を、一般に植物人間と呼ぶこともある。
深昏睡……呼吸器系・循環器系・体温調節など脳幹が制御する生命維持機能(植物機能)の一部が損なわれている昏睡。
過昏睡……自発呼吸停止・循環機能停止・体温低下が見られる致死的な昏睡状態であり、人工心肺や人工呼吸器といった医学的な生命維持装置の力を借りなければ生命を維持できない状態である。生命倫理学的な考察対象となり、臓器移植医療でドナーの条件ともなる「脳死」と呼ばれる状態と同義である。
遷延昏睡……不定型な過渡期の昏睡状態であり、深昏睡の植物状態の回復期に見られたり、頭部外傷の怪我によって短期の昏睡として起こることもある。
アプサンス(欠神, absence)……てんかん発作の一種である極短時間(数十秒)の意識混濁(意識喪失)で、かつてはてんかん性眩暈と呼ばれていた。「小発作」と呼ばれることもある意識障害であり、眼球が上に向いて、まばたきや舌なめずりなど付随的な自動症状を伴うことがある。
前段では、意識レベルの清明度の高低によって起こる「意識水準にまつわる障害」を取り扱ったが、ここでは意識内容の変性・異常によって起こる「意識内容にまつわる障害」を説明する。しかし、意識レベルの障害と意識内容の障害を完全に切り離すことはできず、意識内容の障害(変性)が起こる多くの場合には、軽度の意識混濁(clouding of consciousness)が見られる。意識レベルが低下する意識混濁に、多種多様な精神症状や異常体験が加わった変性意識状態(トランス状態)を「意識変容(alteration of consciousness)」と呼び、意識内容の障害の多くは意識変容によってもたらされるのである。
意識変容の全般的な症状を表す病理概念にアメンチア(amentia)というものがあるが、T.メイナート(T.Meynert)によってアメンチアは急性の精神錯乱状態を意味する概念として使われるようにもなった。K.コンラッド(K.Conrad)は、意識変容の症状の一つである譫妄(せん妄)とアメンチアを区別することをせず同義のものと扱っており、意識混濁を伴う思考の統合性の障害を「譫妄・アメンチア症候群(delirant-amentielles syndrome)」と呼んでいる。現在の精神医学でもアメンチアの厳密な定義がなされているわけではないが、アメンチアとは「意識混濁を伴わない思考障害(思考散乱や困惑状態)」と考えられている。一般にアメンチアは、身体疾患が原因となって起こる症状精神病や脳の病変や異常によって起こる器質精神病の副次的な意識障害の症状として発生する。
K.コンラッドはせん妄(譫妄)をアメンチアから区別して定義しなかったが、一般的には、アメンチアは意識混濁(意識レベル低下)を伴わない思考障害、せん妄(delirium)は意識混濁を伴う思考・感情の障害と考えると分かりやすい。意識変容の一つであるせん妄は、通俗的には現実世界と空想世界の区別がつかなくなった「妄想状態」と同じ意味で使われることもあるが、せん妄は意識混濁に不安・恐怖・興奮・不穏を伴うという意味で妄想よりも幅広い意識障害の概念であるといえるだろう。
せん妄の症状の典型的な特徴は、思考のまとまりが損なわれ、注意力の散漫や集中困難が見られることであり、軽度の意識混濁と共に修正の難しい妄想が出てくることである。時に、自分の名前や自分の居る場所を答えられなくなる失見当識や記憶機能が損なわれる記憶障害を同時に呈することがある。ただし、せん妄より意識混濁や幻覚妄想の重症度が高くなり、失見当識や記憶障害がはっきりと見られるようになった時にはせん妄ではなく「錯乱(confusion)」と見なされることもある。錯乱状態では、現実的な状況認知が不可能になり、論理的な思考が解体して、話の筋道が成り立たなくなっている。また、統合失調症の陽性症状(幻覚妄想)で見られるような錯乱では、不安感や焦燥感以外にも、パニックや興奮、不穏、昏迷などを呈して、収拾のつかない急性錯乱状態(acute confusional state)に陥っていることも少なくない。
せん妄は、夜間の時間帯に発症しやすく、年齢別では高齢者と幼児に発生しやすいが、アルコール精神病や薬物依存症などの嗜癖でもせん妄が現れることがある。特に、アルコール依存症の増悪によって起こるアルコール精神病では、自分の周りを完全に包囲されて逃げ場がなくなっているという妄想を生じる「包囲せん妄」や、動悸や大量発汗などの自律神経症状と共に、手足がパーキンソン病のようにガタガタと震えて小さな虫や小動物の幻覚を見る「振戦せん妄」が起こりやすい。アメンチアやせん妄に似た意識変容として、てんかんの発作で起こるデジャヴュ(既視感)や解離を伴う「夢様状態(dreamy state)」やてんかん・酩酊・ヒステリー(神経症)などで起こる広義の「朦朧状態(twilight state)」がある。
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