統合失調症の主要な症状である持続性の『幻覚』と『妄想』は、統合失調症者の心理的・感情的な機能とまったく無関係ではないということが認知行動療法の研究によって分かってきています。
以前は、統合失調症の患者の話を真剣に聞いたり、心理療法的なアプローチをすることはほとんど効果がなく無駄だと思われている向きがありましたが、現在では、『精神病の陽性症状である幻覚や妄想』も認知心理学的な操作や働きかけに何らかの回復的な反応をすることがあると考えられています。
認知行動療法、認知障害治療訓練といった先端的な心理学的アプローチによって、良好な治療的効果が得られるならば、今後、精神病の薬物療法を力強く支援する方法論や心理モデルが発展していくに違いありません。
精神病の陽性症状に対する心理学的アプローチでは、患者が精神病的ではない正常な行動・発言をした時に賞讃するといった『行動療法のオペラント技法』はあまり使われていません。今まで使われてきたのは、幻聴を減らす事を目的にした『注意転導技法』、妄想の内容を変化させることを目的にした『信念修正アプローチ』、そして、段階的に不安や妄想を弱めていくことを目的に少しずつ強い刺激のある場面に適応させていく行動療法の『系統的脱感作法』などでした。
また、精神病の陽性症状を改善するための技法を複数同時に用いることはあまりなく、殆どの場合、認知療法的もしくは行動療法的なアプローチを単独で用いていました。臨床家の中には、個々の症状に有効だとされた一群の諸技法を使用することを試みて、統合失調症患者のための包括的かつ総合的な治療対処パッケージを作成した人たちもいました。
こういった研究の積み重ねで、心理学的アプローチは、精神病症状の対処にとって有用な役割があるということが明らかになってきました。
今でこそ、精神病に対する心理学的療法(非薬物での治療)が有効であるというデータが得られてきていますが、意外にも近年まで約50年間、統合失調症(精神分裂病)の人たちに対する心理療法は『禁忌(してはいけない・逆効果である)』という神話的言説が信じられてきました。現代でも保守的な精神医学者、臨床心理学者の中には、統合失調症には薬物療法以外はまったく効き目がないという強固な信念を持っている方もいるようです。何故、このような精神病には心理療法が効果がないという考え方が生まれたのかというと、精神分析学派と行動療法のオペラント学派の影響によって生じてきたと考えられます。
今まで、精神保健領域の専門家に推奨されてきた精神病者への対処戦略や治療プログラムでは、精神病の症状や精神病者の語る内容(幻覚・妄想)を直接論じることを避ける傾向があり、実際に専門教育の精神病者治療のプログラムでも幻覚・妄想の内容を直接論じることは否定されてきました。
しかし、それまで精神分裂病に心理療法は禁忌だと言われていたにも関わらず、認知行動療法の結果として精神病の症状が悪化したことを示すデータは存在していません。反対に、最近の研究では、心理学的介入は急性の精神病エピソード中であってさえも対処能力を促進し(Allen and Bass, 1992)、回復速度を早める(Drury, 1994)という可能性を示唆しているのです。
過去の臨床実践とは反対に、多くの研究者の主張では、今では、症状(幻覚・妄想)の内容やそれに関連した思考・感情を話し合うことが治療に際して、必要不可欠の要素であると言われてさえいます(Bentall, Haddock and Slade, 1994; Chadwick and Birchwood, 1996)。
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