心身症とは、心理社会的要因または環境からの精神的ストレスが原因となって発症する身体疾患の事です。広義の心身症は、診断や治療に際して、心理社会的因子への配慮が必要なあらゆる身体疾患の事を意味します。
心身症と神経症の区別は、曖昧で不明瞭な部分も多々あるのですが、一般的には、心身症は神経症と比較して、精神症状よりも身体症状の訴えが大きく、身体症状が特定の器官に固定して現れやすいとされています。
神経症になりやすい人の性格的な特徴として、些細な事が頭を離れず、一度悩みだすとずっとくよくよと悩み続けてしまう神経質な傾向があります。また、神経症と思われる人は、自分の心身の変化に非常に敏感で、精神面の症状を強く感情的に訴える事が多く、苦悩や喜怒哀楽の情動を積極的に言語で表現する事が多いようです。
一方、心身症になりやすい人の性格的な特徴は、神経症とは対極的で、自分の身体面での症状のみを控え目に訴える事が多く、精神的なストレスや悩みが自分の病気の原因となっているという考えを否定します。心身症の人は、一般的に神経症の人よりも、職業活動などの面において社会への適応がよく出来ている場合が多いのですが、自分の内面的な感情の変化には鈍感だったり無関心だったりする事があります。
社会適応が良いというのが心身症の人の特徴の一つなのですが、適応がいきすぎて、自分の意見や気持ちを完全に押し殺す事でうまく模範的な社会適応をしている『過剰適応』になってしまっている事もあります。過剰適応は、自分自身の喜びや楽しみといった『快の感情体験』を抑圧している状態ですから、それに無自覚であっても大きな心理的ストレスとなり、心身症やその他の精神疾患の原因となる可能性があります。言い換えれば、自己の意見や気持ちを表現しない事で、周囲の人たちや職場環境との摩擦や問題が起こる事を回避している状況とも言えます。
極端に感情の表出や起伏が少なかったり、自分の内面的な事柄を言語化して話す事が困難だったりする場合には、心身症に罹りやすい人の心理的特徴である『アレキサイミアまたはアレキシシミア(失感情言語症)』の状態にあると言えます。
アレキサイミアは、会話などの対人関係場面において以下の様な状態を顕著に示すものです。
心身症は時に、胃・十二指腸潰瘍、皮膚疾患の様に明確な器官の器質的病変を生じる事がありますが、神経症は通常、器質的病変がなく身体の機能的障害や精神症状の形で病態が現れます。心身症の背後には、各器官の機能を調節する自律神経系の働きの異常やバランスの崩れが必ずありますので、自律神経失調症が心身症の原因となっているという見方も出来ます。
日本心身医学学会(1991)による心身症の医学的定義は、『心身症とは、身体疾患の中で、その発祥と経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう』というものです。
代表的な心身症には、次のようなものがあります。
循環器・呼吸器系の症状 | 本態性高血圧症・低血圧症、狭心症、気管支喘息など |
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消化器系の症状 | 胃・十二指腸潰瘍、過敏性腸症候群、神経性嘔吐など |
内分泌・代謝系の症状 | 甲状腺機能亢進症、糖尿病、単純性肥満など |
神経・筋肉系の症状 | 緊張型頭痛、偏頭痛、痙性斜頚など |
眼科・耳鼻科領域の症状 | 眼精疲労、原発性緑内障、咽喉頭異常感など |
皮膚・泌尿器系の症状 | 慢性蕁麻疹、アトピー性皮膚炎、夜尿症など |
小児科領域の症状 | 気管支喘息、起立性調節障害、チックなど |
産婦人科領域の症状 | 更年期障害、月経前不快症候群、膣痙攣など |
外科領域の症状 | 慢性関節リウマチ、ダンピング症候群など |
歯科領域の症状 | 顎関節症、アフタ性口内炎、特発性舌痛症など |
更に、主要な心身症については、その病気になりやすい病前性格についての研究も進められています。
循環器系心疾患の高血圧症、狭心症、心筋梗塞に罹患しやすい性格として、フリードマンやローゼンマンの研究で示された『タイプA性格・タイプA行動パターン』と呼ばれるものがあります。
タイプA性格の特徴として、
などが挙げられます。こういった性格傾向は、人の上に立って仕事をする人には多かれ少なかれよく見られるものであり、他者との競争に勝つ事を要請される場面では肯定的に評価される事も多いと思われます。よって、当然の事ながら、タイプA性格であるという事そのものが性格的に悪い評価を得るという意味ではありません。
飽くまでも、アメリカの心身医学的臨床データを元にした研究の結果、タイプA性格の人は、そうでないどちらかといえば競争や社会活動に対して控えめな人よりも心疾患に罹る確率が高いという統計的傾向を示しているだけです。
ストレス性潰瘍とも呼ばれる事のある『胃・十二指腸潰瘍(消化性潰瘍)』に罹りやすい性格として、潰瘍性格といったものも指摘されています。
その特徴としては、
などが挙げられます。
他には、心身症としての喘息になりやすい性格として、『精神的自立が十分でなく、依存的で、自己中心的な傾向がある。一方で、社会的場面や学校場面において自己の感情や意見を抑圧してしまう側面もある』といった事が言われています。
いずれにしても、心身症患者に対しては、『心理面・身体面・社会面を包摂する総合的な視点』を持って治療的アプローチを図っていく事が大切です。心身医学の領域では、その様な立場から診断・治療を行う事を全人的医療アプローチと言います。
高度な科学技術と迅速な交通機関の発達により、私達の日常生活はスピード化して慌ただしく忙しくなり、その結果として多くの人たちの間で心理的時間的な余裕が失われています。
更に、個性重視の流れの中で、ライフスタイルと価値観の多様化が進行し、そして、それを先導する商品経済の拡大で、現代社会はますます複雑化し細分化していく事でしょう。私達を取り巻く社会環境は便利で華やかな外観とは裏腹に、その豊かさを維持していく為に働く人々に多くの『心理社会的なストレス』を与えています。
そのストレスから完全に逃れることは文明的な生活圏に住んでいる私達には決してできませんが、様々な社会的場面(仕事・所属する組織に関する場面)・対人関係におけるストレスにうまく対処していく事が出来るか否かが、心身症や神経症等の精神疾患になってしまうか否かを分ける一つのポイントとなるのではないでしょうか。
ストレスによる悪影響を受けない為に上手に対処する事を、『ストレス・コーピング(stress coping)』と言い、自分の欲求や希望が充足できない時や困難にぶつかった時に感じるフラストレーション(欲求不満)を我慢して、怒らずに耐える力を『フラストレーション・トレランス(欲求不満耐性)』(ローゼンツヴァイクの提唱概念)と言いますが、数多くのストレッサーに曝される現代人にとって、ストレス・コーピング能力とフラストレーション・トレランスを高めていく事は心身の健康維持の為に欠かす事が出来ません。
ストレス・コーピングは、何も特別な知識や技術が必要な対処法ではなく、皆さんが何気なく日常で行っている『入浴・アロマテラピー・カラオケ・旅行・おしゃべり・買い物・飲食・ドライブ・芸術や映画鑑賞・コンサート鑑賞etc...』といったストレス解消法そのものなのです。
謂わば、ストレス・コーピングとは、自分自身の心身の健康状態に目を向けてみて、ストレスとなっている出来事や環境をまず自覚することです。そして、そのストレスを緩和し解消する為に、自分の為だけに用意されたリラックスできる時間(休養・趣味・娯楽など自分が本当に欲する事に費やす時間)を用意することで、仕事上の義務や役割的行動・煩わしい人間関係から自己を解放してあげる事と言えるでしょう。
また、自己の健康管理法として、身体と心に無理のない自然な規則正しい生活リズムをつくっていく事も大切です。『睡眠・食事・休養』という心と体のエネルギーを蓄える生活行動を規則正しく十分な時間をとって行う事で、ストレスに押しつぶされずに健康的に社会生活を行っていく事が出来るのです。
現代のストレス社会の中で、心身の健康を完全に保つ事は難しいですが、限界すれすれまで自分を追い詰めるような生活を送らずに、いつも一定の時間的心理的な余裕を持って、気のおけない家族や仲間と共に楽しく過ごす時間を持つことが心身症や心の病気の予防には一番と言えるでしょう。