神経症(neurosis)

神経症とは、元々、末梢神経の器質的障害によって起こる病気の総称でしたが、フロイトの革新的な研究によって神経そのものには器質的病変がないのに、心理的原因によって起こる種々の症状の意味で用いられるようになりました。フロイトのO・アンナ嬢、家庭教師ルーシー、エリザベート等の症例に基づくブロイアーとの共著『ヒステリー研究』刊行以後、神経症は、神経の病気ではなく、心理的原因による『心の病気』となりました。

一般的な俗語としてのヒステリーは、『主として女性が、感情を制御できずに甲高い叫び声を上げたり、興奮して意味不明な言葉をわめき散らして暴れること』を意味しますが、フロイトの言う精神医学的なヒステリーはそれとは全く関係のない心因による手足の麻痺や震え、声が出なくなるなどの身体的症状を意味します。余談ですが、ヒステリーの語源は、ギリシア語で子宮を意味する『ヒステロン』という言葉で、フロイトがヒステリーを研究して男女共に起こり得る病気だと証明する以前には、ヒステリーは女性しか罹らない病気だという間違った認識をされていました。

現代的な精神病理概念では、DSM―Ⅳというアメリカ精神医学会のマニュアルに権威と信頼性が置かれていますので、不安障害や強迫性障害といった名称が使われ、医学分野では神経症という名称はあまり使われません。フロイトの時代には、心身症のような身体症状も神経症概念に包括されていましたが、現在では神経症は心因による精神症状を主とし、心身症は心理社会的因子の影響が考えられる身体症状とするという区別がなされています。精神症状と身体症状の程度の違いはありますが、神経症にもいろいろな身体症状が含まれます。

実際、両者の区分は言葉で線引きされている程には明確でなく曖昧な部分も多いのですが、心身症は、器質的病変が認められる事から基本的に身体医学の分野に属するとされています。

神経症は、生活環境・対人関係から受ける過剰なストレスや強烈な恐怖体験、自己の欲望(フロイトは性的欲望を極度に重視した)の抑圧、愛しい人との別離の悲哀感情、幼少期の親子関係の葛藤・愛情不足といった心理的原因神経症になりやすい性格や素質によって、『不安感、恐怖感、抑うつ感、情緒不安定、苛立ち(イライラ)、強迫観念に伴う強迫行為、強烈な悲哀感情、対人恐怖、社会恐怖、解離性健忘(一時的な記憶喪失)、多重人格』といった精神機能障害を基軸として、『手足の麻痺・痙攣・振顫(振戦・手足の震え)、失立(立てなくなる)、失歩(歩けなくなる)、失声・言語障害(喋れなくなる)』などの運動機能障害、『一時的な失明、一時的な難聴、味覚異常、嗅覚異常、手指の感覚障害、離人症』などの知覚機能障害、『吐き気・めまい・動悸・下痢・便秘』などの自律神経症状といった感じで非常に多岐にわたる症状を呈します。

実際の身体の器官に病変のある『器質』障害ではなく、機能面だけが障害される『機能』障害ですから、医学的諸検査をしても異常を見つけることが出来ないのです。
神経症は、前景症状(表面に現れる症状)によって、次のようなタイプに分類されます。

神経症となる心理的原因には、先天的要因(素質・体質・気質的な性格)後天的要因(環境・人間関係・ストレス・成長過程で獲得された性格)があり、その両者が複雑に関係していると考えられます。

神経症になりやすい性格として、一般的に『神経質な性格』が挙げられます。神経質な性格とは、環境の変化や心身の状態、他人の言葉や態度など『外部からの刺激』に非常に敏感で過剰に反応し、その為に細かな出来事でも気になって仕方がない性格であり、小さなミスや失敗をしてもそれが頭から離れずくよくよと悩み続けてしまったり、一つの物事に取り組むとそれを完全にやり終えるまで、他の事が出来なかったりする完全主義的な傾向のある性格を指します。

神経質な性格は、心理的ストレスや環境の変化に弱く、神経症の状態になりやすい面もありますが、その性格が生産的な方向に生かされれば、細部に至るまで配慮の行き届いた正確で完全な仕事をする事が出来たり、用心深く慎重に行動するのでうっかり大きなミスをしたりする事がなかったり、更には社会のルールをきちんと守る模範的な人物になったりといった良い面もあります。

神経質な性格の悪い面ばかりが出てしまうと、どうでもいいような些細な出来事をくどくどと並べ立てて周囲の人を困らせたり、自分自身がストレスや対人関係で参ってしまって神経症になってしまったり、完全主義が行き過ぎて無意味で非効率的な行動で時間や気力を浪費してしまったりする事態が生じてきます。

もう一つ、神経症になりやすい性格として、情緒不安定と自己中心的で依存的な未熟さを特徴とする『ヒステリー性格』と呼ばれるものがあります。

ヒステリー性格は、精神の発達が十分でない為に、苦痛を伴う心理的ストレスがあったり、困難な事態や欲求が満たされない状況に直面したりした時に、幼児的な精神状態へ退行して他者に依存的になるという特質を持っています。そして、解決すべき物事に対処する場合に、論理的に理性や理屈を用いて考える事が苦手で、理由や根拠はそっちのけで、感情的に自分の要求を訴えて周囲の人を強引に納得させようとする傾向があります。

周囲の人間を困らせてしまうヒステリー性格の特徴を分かりやすく言うと、自己中心的な価値観や考えを押し通そうとする為に感情的に興奮しやすい性格であり、わがままで虚栄心が強いと言えます。他人との競争意識が強く、負けず嫌いであるという性質によって、自分が素晴らしい人間、優秀である人間である事を自己顕示しようとして、大袈裟な表現や虚言を用いる事が多くなります。そのような性格が全面に出ている時には、幼児的な精神段階に退行しているので、わがままで依存的な反面、思考過程そのものは非常に単純明快で短絡的になります、つまり、自分のして欲しい事や欲しいものが手に入ればあっさり満足するといった具合です。

このように、ヒステリー性格は、感情的自己中心的で偏りの激しい性格ですが、その過剰な負けず嫌いや虚栄心が生産的に働けば学業や仕事で良い成績が残せる事もあります。また、ヒステリー性格の人に強い好意・愛情を抱いている恋人などの近しい存在で、その恋人が精神的に強く自立していて、相手から頼りにされて依存される事に喜びを感じ、わがままや感情的な訴えを苦痛に思わず、可愛らしく感じるようであれば、心理的に密着した熱いベタベタのカップルになるかもしれません。

精神分析理論では、神経症の形成過程を、精神の性的(リビドー)発達段階説をモデルとして説明しています。ここでは『リビドーの発達段階理論』について大雑把にしか説明しませんが、リビドーとは、フロイトが考案した概念で、生得的な性的欲動であり、生きる原動力としての本能的な性的エネルギーのことです。

フロイトは、人間の性的欲動(リビドー)が生まれてすぐの赤ちゃんの時期からあると考え、『小児性欲』を前提にした性欲の発達段階説を提唱しました。それは、性道徳の厳しい当時のヨーロッパを大きな衝撃の波に飲み込むような非常に大胆で道徳的問題のあるものでしたが、乳幼児の言動観察に基づいて提出された説で、その後も精神分析的研究で幾つかの修正や変更を受けながら一定の説得力を有している理論といえるでしょう。

『リビドーの発達段階理論』は、精神の成長・成熟過程を性的欲動(リビドー)の段階的な発達によって説明し、神経症の形成をリビドーの発達がある時点で停止停滞してしまった為であるとしました。このリビドーの発達停止を『固着』といい、固着は発達段階のある時点において性的欲動が全く満たされなかったり、反対に過剰に満たされすぎたりする事で起こるとされています。つまり、発達の段階で、極端に愛情不足な育てられ方をしたり、過保護で甘やかされ過ぎたりすると『その段階でリビドーが固着』してしまうのです。

フロイトは、リビドーの発達段階を、【年齢・リビドー(性的欲動)を感じる身体部位・達成目標・固着した場合の性格などの観点】から、以下のように分けました。

精神の成長発達が不十分で、各段階における達成課題が克服できずに、その段階への『固着』『退行』が起きると、神経症を形成する原因となります。
つまり、精神の発達が停滞して、ある段階にリビドーの固着があると、年齢的身体的には大人になっても、内面的精神的にはまだ未熟なままなので、困難な問題や苦しい事態に直面して大きな精神的ストレスがかかった場合には、欲求不満(フラストレーション)の状態に陥ります。そして、リビドーが固着している段階にまで退行して、幼児的なわがままな欲求が内面に生じ、思い通りにならない現実の状況と自分の良心や道徳心との間で葛藤が起こるのです。

その内面で起こる欲求・自我(現実検討能力)・超自我(道徳的な規制)の間の激しい葛藤の苦痛から逃れる為に、『抑圧』『逃避』『退行』を中心とする自我防衛機制が働いて、神経症の症状の発生へと繋がっていきます。

神経症の環境的要因とは、家庭・学校・職場などにおける急激な状況の変化や対人関係の問題が代表的なものとして考えられます。
親子関係、友人関係、夫婦関係、恋人関係、師弟関係、上司と部下の関係といった社会生活と家庭生活において避けられない対人関係場面で生じる様々な心理的ストレスにうまく対処して解消していく事が出来ずに、ストレスを貯め込み、心身の疲労が蓄積すると神経症にかかりやすい状況が生まれる事になります。

環境的要因は、もちろん、対人関係だけではなく、家庭では、引っ越しや転勤等の急激な住環境の変化など、学校では、学業成績の不振、受験や試験を控えた重圧、容姿や能力等を他者と比較しての劣等感、恋愛の失敗・失恋、異性関係のもつれなどがあり、職場では自分の能力以上の仕事を課されてのストレス、配置転換、仕事内容の変更などが大きな心理的ストレスとなってのしかかる可能性があります。

下に、『精神分析的な神経症概念』と『DSM-Ⅳに基づく精神疾患の分類』の対応を表で示しておきます。

神経症概念DSM-Ⅳの分類
ヒステリー転換性障害
解離性健忘
解離性遁走
不安神経症全般性不安障害
パニック障害
強迫神経症強迫性障害
恐怖症広場恐怖
社会恐怖
特定の恐怖症
離人神経症離人性障害
解離性同一性障害
抑うつ神経症大うつ病性障害
気分変調障害
心気症心気症

上記を見ると、神経症という病理概念が、非常に広範囲の精神の障害を含むものだという事がよく分かると思います。
伝統的な極めて大まかな分類では、心の病気を『精神病圏(統合失調症・うつ病といった内因性や脳の機能的原因による心の病気)』『神経症圏(環境変化・対人関係・生育歴などの心理的ストレスが原因の心因性の病気)』『境界例(精神病と神経症の中間にある境界線的な症状群)』『異常性格(本人が日常生活を送るのに支障や困難を感じ、周囲の人が著しく迷惑を受けるような性格の偏り)』というように分けていました。

『心気症(ヒポコンドリー)』というのは、医学的検査を受けて何処にも身体の異常がないのに、自分が癌・エイズ・心臓病などの重い病気に罹っていると強硬に信じ込んでしまい、医師の診断を受けても納得しないような状態のことです。

心気症の人は、頭痛や腹痛、動悸といった些細な身体の変調を感じたことをきっかけにして、『自分が死に繋がるような重篤な病気に罹っているから医者は本当のことを言ってくれないのだ』といった種類の『確信=訂正が難しい信念』を強く抱くようになり、自分が何らかの病気であると診断してくれる医者を探して、幾つもの病院を次々に回るドクターショッピングといった行動をするようになります。

誰でも体調の悪い時には『ひょっとしたら重い病気かもしれない』という心配を短い期間する事はありますが、この『私は重大な病気かもしれない』という不安が強くなり、いつもいつもその不安に悩まされて、医師の説明を聞いても安心できず、日常生活に支障が出てくる場合には心気症を疑う必要があります。

心気症は、神経質で繊細な感受性をもち、日常的に自分の身体に対する関心が強い人に起こりやすい病気で、そのような性格傾向のある人に心理的なストレスがかかる事で発症する事が多いようです。いつもと僅かに違う『脈の打ち方、心臓の鼓動、お腹の調子、下痢や便秘、頭の働きや痛み』などといった些細な身体の変化をきっかけにそこにばかり意識が集中していくことで心気症は進行していきます。

自分が悪いと思っている身体の部分に、意識や注意を集中する事で、更に悪い状態になっていくような働きを『精神的相互作用』と言ったりしますが、これは緊張しないようにしようと思って、心臓や呼吸に注意を向けすぎるとかえって心臓がドキドキしてきたりする事と同じ作用です。
不安障害、強迫性障害、恐怖症、解離性障害、うつ病などについては別枠で説明します。

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